サイコロシアン・ルーレット #6
「はっはっは……あっはっはっはっは!」
大笑。集まる剣呑な視線。ミハエルは意に介さず、大げさに拍手する。
「ほら、悪い目だったでしょう? 幼稚な楽観論で気分をごまかそうと、確率は無慈悲です。所詮あなた方は精神論に拠った古典ギャングだ」
「……」
ゴルデルは歯噛みする。ヴィーコはその心中を察する。結果が目の前にある以上、何を言っても負け犬の遠吠えに過ぎない。
その後ろで、キムは怒鳴りつけたい衝動を必死に抑え込んでいた。故郷を汚染し、エリックを、頼りないが愛されていた先輩を奪った男。込み上がる怒りは喉を裂きそうなほどだ。だが今の彼は単なる下っ端に過ぎない。トップ同士の会話に口を挟める身分ではないのだ。
「さて、場も暖まったところで続けましょうか」
ミハエルが気取った仕草で指を鳴らすと『会合の間』の扉が開き、喪服めいて黒いドレスの女性と、台車を押した黒服の男たちが現れた。黒服はたじろぎながらも2人の死体を台車に乗せていく。女性はそれらを一瞥もせず、部屋に不釣り合いなホワイトボートへ近づき、上下5つづつ並んだ枠に『0』を2つ書き入れた。ティムとエリックは数字に変わった。
「で、次は……ヨハン。あなたですね」
ミハエルは指で示した。列の左から2番目に……今は1番だが……並んでいた長身の若者は、反射的に悲鳴を漏らした。
「お、俺?」
「ええ、あなたが。決まってたでしょう?」
「い、いや。でも。こんなの……」
ヨハンはたじろいだ。状況への理解はまるで追いついていない。『食事に付き合ってくれ』そう言われてこのレストランに来た。すると噂程度の存在だった地下階に通され、突然『2番目に来たから、あなたが2番で』と指名されたのだ。覚悟など決まっているわけもない。しどろもどろのヨハンに、ミハエルはにこやかに笑いかけた。
「それとも、この場で確実に死にますか?」
ヨハンの背筋が凍る。ミハエルの細めたまぶたの合間、薄っすら見える瞳に感情の色はなかった。コイツはやる。鶏の首を折るような気軽さで、俺を撃つ。実際のところ、両組織のけじめの場に銃など持ち込めるのかは不明瞭だが、ヨハンの思考はそこへは辿りつかない。
(そ、そうだ。所詮ダイスだろ。確率は……よく分かんねえけど、よっぽど悪くなきゃ死なねえはずだ。あの2人はたまたまだ……いや、あいつらが悪い運を引いた分、俺は運が良くなってるはず……!)
絶対的な恐怖に晒された理性は、ロシアンルーレットへの恐怖を、それが内包するリスクを低減することに努めたのだ。眼前の不安から逃げるため、理想的な結末を迎える前提に、理屈にならない理屈を積み立てていく。彼がいつもそうしていたように。
クアドンの落ちこぼれは、いくらかのモラトリアムの後にゴルデル・ファミリーの一員となる。誰が命じるわけでもない。他に行き場がないため、自然とそこへ行き着くのだ。ヨハンにはそれが嫌だった。上意下達の世界に溶け込めば自分が失われるような気がしていた。けれどもそこから逃れるための資質を、彼は何一つ持ち合わせていなかった。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ……! 何で俺がこんな目に……!)
夜な夜な泣いて、叫んで、喚いて、暴れた。それで何が手に入るということもない。ヨハン自身もそれは分かっていた。それでも自分が何かになれる自信はなかった。審判の日が近づく中、彼はただ逃避に努め続けた。誰かが救い出してくれることを祈りながら。
そして出会った。外から来た組織に。別世界に。ドラッグに。『ブルーオーシャン』に。ヨハンは深く考えなかった。そして今、彼は死の淵に立たされている。
(大丈夫だ……! 俺は大丈夫だ。バンジージャンプとおんなじだ。度胸試しだ!)
心臓がバクバクと鳴る。胸を強く押さえ、痛みで紛らわせようとする。
ミハエルが笑いかける。
「で、どうするんです?」
「……分かったよ! 行きゃいいんだろ!」
ヨハンは吹っ切るように言った。汗が噴き出す。思ったよりも強い声が出た。ミハエルは驚きもせず振り返った。
「じゃ、さっさと済ませましょう。そちらは?」
「アイシャが行く」
ゴルデル・ファミリー側から小柄な女性が進み出ると、粛々とテーブルに向かい、着席した。彼女とヨハンには頭1つ分も身長差があったが、精神的優位は誰の目にも明らかだった。
「じゃ、始めようか。どっちが……」
「当然俺からだ!」
ヨハンは引ったくるように、少し汗ばんだダイスを取った。冷えた命の残り香に根源的な恐怖が湧き上がる。彼は必死に見てみぬフリをする。
「振ればいいんだろ、振ればよ!」
ヨハンはミハエルを振り返り、叫んだ。同意を求めているのではない。不満をぶつけることで精神の安定を図っているのだ。
「早くしなさ……」
「こんなもんで、この俺がッ!」
カァン! 叩きつけるようにダイスを碗に落とす。ミハエルが肩をすくめる。ダイスは一度宙に跳ね、それから円を描くように碗上を回った。
(1だ、1だ、1が出る! いや、2でも……)
カラン、カラン……回転が止まった。ヨハンは食うように覗き込んだ。
『1』
その数字に、少年は快哉した。
それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。