見出し画像

サイコロシアン・ルーレット #1

【連載マガジンを見る】

瞳孔を大きく見開き、荒い呼吸を繰り返す。視線の先には直径20cm程度の鉄の椀。そしてその隣には何の変哲もないリボルバー式拳銃と、布切れが1枚。

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

男の握りしめた右手にじっとりと汗がにじむ。手のひらから溢れた汗が腕を伝い、脇へと流れていく。その様子を見守るのは、テーブルの向こう側に座っていた少年……否、彼は今や地面から見上げている。代わりに南北の壁際に控えた4人の男女だ。そして……

「……知っての通り」

彼らの中央にある、ひときわ豪奢な椅子に座った厳かな表情の老人。彼がゆっくりと口を開くと、緊張に支配された場に冷たい空気が走った。

「この『ゲーム』はだな、おかしい。何がおかしいってな、言わんでも分かるな?」

男は荒い呼吸を繰り返しながら、彼の言葉を待った。

「天秤に乗せるもんが釣り合ってねェってことだ」

「その通りです」

対面の椅子の男が唐突に言った。彼の名はミハエル。老人とは対照的に年若く、切れ長の目元をフチのない眼鏡が覆い、軽薄な笑みを浮かべている。その両隣には、老人側と同じ数の男女。彼は足を組み、呆れたように老人を指差して言った。

「我々『ブルーオーシャン』の一員と、そちらのカビの生えた老木では……」

「エリック。お前さんはなァ、俺たち『ゴルデル・ファミリー』にとっては家族の一員ってだけじゃねえ。勘定に、交渉、帳簿の作成……縁の下の力持ちとして、絶対に欠かせねえ存在なんだ」

ゴルデルは無視して続けた。若者はやれやれと肩をすくめた。

「口の減らない老人だ!」

「口を開かにゃ生きてけん、そういう世界にいたからな。お坊ちゃん」

「あ……あ……」

エリックはロボットのようにぎこちない動きで、敬愛する親分を振り返った。瞳にわずかな輝きが戻り、救いを求めるかのように親分を見た。親分はニコリと笑い、言った。

「……だが、もう始めちまったし、お前もあの日、やると言った。今さら引き下がるってわけにゃァいかねえ。だから、やってくれるな?」

「あ、えっ、ああっ……」

エリックは答えようとした。だが、口からは言葉にもならない息が漏れるばかりだ。ゴルデルは厳かに目を光らせた。それでファミリーの一員には十分だった。エリックは息を呑み、碗に向き直る。

右手を掲げる。中に握りしめられたのは、何の変哲も無いダイス。

(神よ)

彼はゆっくりと手を開いた。わずかな汗とともに、ダイスが椀上に滑り落ち、カラカラと音を立てて転がり……やがて止まる。

『4』

エリックは絶望した。それは4発の弾を込めた銃を、自らのこめかみに突きつけることを意味する数字だった。

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。