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開拓星のガーデナー(一気読み)

第一話

やりやがった。

僚機のナパームが炎上させたのは、折り重なった樹獣の群れ。下には仲間のガーデナーもいたが、彼女は一切気に留めなかった。

「アッハッハ! キャンプファイヤーみてえだな!」

モニター越しに褐色肌の少女が笑う。惑星スダースの前回調査隊、唯一の生き残り。唯一の。ああ、きっとそういうことだ。

スダースは地球と酷似した大気の惑星だが、大部分が密林で、樹獣という巨大肉食植物が氾濫している。エンジン駆動の歩行マシン『ガーデナー』で奴らを焼き殺すのが、僕たちの仕事だ。

…もっとも、僕の本業は別にある。ジャーナリストだ。スダースの調査写真に人工建築物の痕跡を見つけ、スクープ欲しさで調査隊に…

「オイ、早く行こうぜ! 後ろ見といてくれよな!」

背中を僕に預け、彼女はマシンを進ませる。百戦錬磨の彼女がどうしてこうも、素人同然の僕を信頼してるのかというと…

「日本人は皆ニンジャの一族なんだろ?」

…そんな偏見が原因だった。

煌々とした火柱が、鬱蒼とした森の中央で燃え盛っている。だが、その炎が周りの木々に燃え移ることはない。惑星スダースの植物はそんなにヤワではないのだ。

火柱の根本にあるのは【彼】のガーデナー。ジム・ヘンダーソン。元軍人。歳は僕より少し上。カレーが嫌い。今しがた亡くなった同僚について、思い出せるのはそのくらいだった。僕はそれを少しだけ幸運だと思い、すぐにその薄情さを恥じた。

「おーい、聞こえてなかったのか?」

ルチアからの通信。立ち呆けていた心臓が縮み上がる。マズい。必死で言葉を絞り出す。

「あ、ああ、うん。ちょっとね」

「しっかりしてくれよ。もう残りは二人だけなんだぜ?」

彼女は呆れたように答えた。然り。先遣隊は僕とジムさん、そしてこの褐色肌の少女……ルチアの三人だけだった。

【惑星保護法】の存在により、大気圏外からの攻撃や、無差別的な破壊は禁じられている。ゆえに僕らのガーデナーは、前回調査隊が切り開いた、わずかな平地へと降下。ベースキャンプを設営するため、周囲の樹獣を排除することになった。

派遣された人数で分かる通り、大した任務ではなかった。それなのに。

「ジムさん……死んじゃったんだよな」

思わず声に出た。僕は慌てて口を抑えた。マズい。『彼女の中のニンジャ』のイメージから外れたら……

「あー、死んでる死んでる」

彼女は怒るでも訝るでもなく、ごく平然と答えた。セーフか。込み上がる物を必死で抑え、僕は言った。

「じゃ、じゃあ行こうか……」

火の勢いが弱まり始めると、一本の木から貪欲なツルが伸びた。そのツルを別のツルが払い、さらに別のツルがそれを切り落とす。それを皮切りに、炎の中へといくつものツルが飛び込み、焼けた樹皮を瞬く間に再生させながら、ジムさんのガーデナーを漁り始めた。

【死肉喰い】の脅威度は低く、殲滅優先度も低い。ジムさんの冥福を祈りつつ、僕はその場を離れた。

天を覆う網目のように茂る葉。その隙間から、差し込む陽の光。僕らの乗った金属の塊は、柔らかい地面を踏みしめ、時に枯れ枝を砕きながら歩いていく。ガーデナーの体高は5m弱。それでもここでは、人と同程度の視点しか持てない。

スダースの密林には、虫も、鳥も、動物の声もない。静寂を乱すのは、僕らのガーデナーに、樹獣、そして幾らかの自立植物くらいのものだ。

アラート音。左からシュルシュルと伸びてきたツルを、小型ナイフで切り払う。地に落ちたツルはミミズのようにのたうち、元の木へと這い始めた。僕はその様から目を逸らし、眼前のモニタ類に視線を戻す。

人間と違い、ガーデナーの目は6つ。背中と側面にも付いている。だが、チェックする人間の目は2つしかない。どこかに注目すれば、そのぶん他への注意がおろそかになる。ルチアは前方、僕は後方。その他は最低限の警戒をするだけだ。

けれどもルチアのガーデナーは、その最低限をする気配すら見受けられなかった。その様をチラチラ横目で確認しながら、僕は後方の警戒を続けた。

あの火柱の煙が映らなくなった頃。僕は右にある木に違和感を覚えた。幹の中央に、縦に走った大きな裂け目。そのフチが微妙に盛り上がっている。あれは、まぶた。つまり。

「敵だ!」

僕は叫び、樹獣へ砲塔を向けた!


第二話

先制攻撃だ! ナパーム弾を撃ち込み、一発で片を……

(いや、待て!)

弾薬は限られている。ここは節約しないと……

(いや、でも……!)

対応マニュアルで叩き込んだ知識が、野放図に頭の中を駆け巡る。何をすればいい? どう倒せば最良だ? 樹獣に、ジムさんに、ルチア。三者三様の死のイメージが、取るべき行動のリスクを無限大に引きあがらせていた。

その迷いは、戦場でもっとも危険なものだ。

棒立ちする僕の前で、裂け目が大きく開く! 奥から現れたのは生物のように生々しい、巨大な一つ目だ。樹獣は根を節足動物めいて動かし、走り寄る! おぞましい眼球が、正面モニターいっぱいに広がっていく!

「わっ、えっ、ああッ!」

反射的にレバーを引く! 左腕部がけたたましい音を立て、樹獣に叩き込まれた! 真っ白な樹液が噴出! ガーデナーの肘部から熱が噴き出す!

「つ、次! 次は!」

慌ててスイッチを押しこむ! 叩き込まれた手首から、霧状の燃料が噴出! 樹獣の導管を伝い、全身に染み渡っていく!

「これで!」

再度スイッチ! 指先が熱を帯び、燃料に引火! 樹獣の体が内側から四方八方に裂け、隙間から炎が噴き出す!

KABOOOOOOOOM!

爆音を立て、樹獣の体はバラバラに吹き飛んだ! 焼けた木片は周囲に散らばり、あるいは空中で燃え尽きて炭になった。荒く呼吸する僕に、ルチアが声を掛けた。

「やるじゃんか! 完璧なカウンターだったぜ!」

偶然だ。でも正直にそう答えるわけにもいかない。僕はとりあえず不敵な笑みで返した。

「何ニヤけてんだ? それより次だ、次!」

ルチアに促され、慌てて警戒態勢に戻る。樹獣は群れを成していることが多い。迂闊に攻撃すれば、一斉に襲いかかってくるのだ。

一体一体がさほどの脅威ではなくとも、集団となれば話は別だ。対応できる範囲を見誤れば、すぐに取り囲まれ……ジムさんのような末路を迎える。

僕らは背中合わせになり、周囲を警戒した。閑静な森に、樹獣の焼け残りが貪られる音だけが響く。どこから来る? 右か? 左か? いや。

(両方だ!)

側面モニターに映し出されたのは、姿の異なる二体の樹獣! 一体は幹全体からイソギンチャクのように無数の太い枝を生やし、もう一体はヤシの木のように細長く、表面に大きく裂けた口が浮かび上がっている。二体はほとんど同じ速度で、僕に向かって来ている!

(落ち着け、落ち着け……! さっきだって倒せただろ!)

両腕をまっすぐ伸ばし、左右の樹獣にナパーム弾を撃ちこもうとしたその時。僕は正面モニターに、もう一体の樹獣が写り込んだことに気づいた! 辺りの木々をへし折りながら、まっすぐに向かってくる!

(三体目!?)

動揺して動きを止めた僕に、そいつは猛然と掴みかかった!


第三話

正面モニターいっぱいに、巨大な目が映し出される。正面から羽交い締めのように拘束され、僕のガーデナーは十字架のように直立していた。身動きの取れない僕に、側面から樹獣が迫る……!

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

節約など考えている余裕はなかった。がむしゃらにスイッチを叩き、ありったけのナパーム弾を側面に撃ち出す!

KABOOOOOOOOOOOOM!

スピーカー越しの轟音が鼓膜を揺さぶる! だがこれで、側面の樹獣は焼けて……いない! 爆炎をバックに、2体は猛然と距離を詰める!

「うわあああああっ!」

スイッチをさらに叩く! 弾薬ゼロの警告音! それだけではない! ガーデナーの両腕が、メリメリと音を立て始めている!

「なっ、おっ、おかしいだろ!?」

思わず叫んでいた。鋼鉄と木。どちらが硬いかなど、子供でもわかる。正面モニターには、あざ笑うように見つめる目! 側面には、もはやすぐ側に迫った樹獣! 両腕は抱え込まれ、動かすことすら叶わない!

僕は、記憶の中から必死に打開策を探った。攻撃。防御。操作。……あった。正真正銘の『奥の手』が!

無我夢中でレバーを倒すと、ガーデナーの手首部から煙が噴き出す。手のひらが腕から外れ、ズシンと音を立てて落ちた! 中から現れたのは、動作用燃料タンクと直結した火炎放射器だ!

「これでっ!」

ガーデナーの動力源でもある高濃度のオイルが、左右の樹獣に贅沢に噴きつけられる! 一瞬の間を置き、着火! 二体の樹獣はたちまち火だるまと化し、地面をのたうち回った!

(やった!)

メキリ。一瞬の歓喜を、小さな音がかき消した。正面モニターには、先ほどまでと一寸変わらぬ絶望があった。


◆ ◆ ◆


深く息を吸い、ゆっくりと吐く。それは意識を切り替えるための動作。父から教わった、生きるための手段。

ルチアは目を閉じた。視界が黒に染まると同時に、そこに一瞬前に認識した状況が広がっていく。樹獣は前方に2。右に1、左に1。そして前方、さらに奥。伏兵らしき気配。

樹獣という生物について、未だ人類が知るところは少ない。確かなのは、それが他の全ての生物を捕食しようとすること。そして、小規模な戦術を企てる知能があることだけだ。

ルチアはそれがどれほどの脅威か、知っている。いや、知らされた。あの樹獣によって。

「へへ……」

思わず笑みがこぼれた。正面に5体。この勢いからすると、一帯の樹獣が全て向かってきているのだろう。とすれば、後方にもかなりの数が来ているはず。

だが、彼女は背後を振り返らない。なぜなら、そこにいるのはニンジャ。鍛え上げた筋肉と、変幻自在のニンポーで戦う、東洋の戦士。ゆえに、小型樹獣になど遅れを取るはずがない。彼女は誰よりも強く、そう信じていた。

前方の2体は、つい先ほど遭遇した【監視者】。膂力は目を見張るものがあるが、それだけだ。

右前方。細い体に巨大な口が浮かぶ【鋼喰らい】。これも接近さえさせねば、大した相手ではない。

左側面。どっしりとした体躯を持ち、地に深く根ざす【砲台】。これがさしづめ、見える範囲では一番の脅威となるか。

最奥。はっきりと視認はできない。が、確かに何かがいる。

知識に経験、そして勘。全てを動員し、最適な行動をシミュレートする。目を開けた彼女は、即座にナパーム弾を最奥の樹獣に撃ち込んだ。

KABOOM!

爆炎が上がった。つい先ほど、正面モニターを確認した時、2体の樹獣の奥に、一瞬震えた木があった。そこに撃ち込んだのだ。火柱の中で、標的は身をくねらせた。命中だ。その時、ガーデナーの足元が震えた。

「おっと!」

ルチアは間髪入れずに右へ跳んだ。先ほど立っていた位置を、地面から突き上がった【砲台】の根が貫く。跳んだ分、【鋼喰らい】との距離が詰まった。

その名の通り、ガーデナーの装甲をも噛み砕く口は、喜びを表すかのように大きく開いている。好都合だ。ルチアは跳んだ勢いを乗せたまま、標的に急接近。その大口に鉄拳を叩き込んだ。

牙のような木片が吹き飛ばされ、地面に突き刺さった。噛ませる暇など与えない。燃料を染みさせ、点火。爆散させて殺した。これで2体。【監視者】たちはすぐ左にまで接してきている。さらにルチアの足元が大きく揺れる。【砲弾】の2発目だ。

「へへ……!」

ルチアは声を震わせて笑った。2体の【監視者】が一斉に彼女のガーデナーに飛びかかった。彼女は後ずさるように身を引き、後ろに跳ねた。

鼓膜に叩きつけるような轟音が響いた。着地時の脚部からの排熱音、【砲弾】が地を裂く音、2体の樹獣が中央から生えた【砲弾】に刺し貫かれ、体を半分づつ持って行かれた音。そして。

「オラアッ!」

彼女のガーデナーが、【砲弾】に拳を叩き込む、予備動作の音だ。硬い樹皮に覆われた樹獣も、その内部はさほど強靭ではない。露出した脆い部位に、爆発のエネルギーが叩き込まれれば、終わりだ。

【砲弾】は爆散し、2体の樹獣は体内をシェイクされ、その場に崩れた。ルチアは残心する間も無く、1発目の【砲弾】の陰から狙いを定め、【砲台】を焼いた。標的の炎上を確認すると、彼女はようやく、後ろを振り返った。


◆ ◆ ◆


終わりだ。腕を経由せず、正面に攻撃する武器は付いていない。
拘束されているため、逃げることもできない。

勇ましく戦うイメージは早々に消えた。僕は涙をにじませながら、腕が破壊される瞬間を待っていた。拘束が解除されれば、逃げられるかもしれない。降下地点まで行ければ回収してもらえる。そうすれば助かる。

都合のいいイメージで、眼前の恐怖から目をそらす。レバーに乗せた手は無様に震えていた。その時、爆音が響いた。

「ああっ!?」

僕は裏返った悲鳴を上げた。爆発の衝撃でガーデナーは尻餅をつき、胴体部分が地面にめり込んだ。拘束から剥がされた腕を、無様に伸ばしたまま。

僕は恐る恐る正面モニターを覗く。そこに樹獣の姿はなかった。僚機から通信。応答する。サブモニターに映し出されるのは、当然ルチア。

初めて出会った時から、彼女はいつも笑っていた。しかし今の彼女は、氷のような無表情で僕を見ていた。


第四話

果てしなく白い雲の上。限りなく澄んだ海の底。見果てぬ冒険の夢とともに僕は……ショウマは育った。先人たちの遺した数々の発見の偉業。その末席に、自分の名を刻み込む。それが僕の夢であり、人生の目標……そう思っていた。

西暦2058年。時は流れ、僕は16歳になった。日本では法的にも社会的にも立派な成人だ。そして大人になった僕が、夢のためにまず何をしたかというと……何もしなかった。

なぜなら、僕が大人になるまでの僅かな間に、この地球に残っていた僅かな謎や神秘は、全て調べ尽くされてしまったからだ。調査光景はアーカイブされ、全世界で閲覧が可能。隠されていた真実は、誰もが知るところとなった。

雲の上を飛ぶ生物。海の底に沈む遺跡。地の中に住む人間。そういう自由な空想の産物は、もはやどこにも存在を許されていない。当然、僕のそれも同じだ。それらよりは多少の現実味を帯びていても、事実でないことには変わりないのだ。

夢を失ったまま、2年が経った。僕は夢の残骸にしがみつくかのように、ジャーナリストという職業を選んでいた。さしたる変化はそれと、もう一つ。夜、夢を見るのが辛くなったことだけだった。

「……はぁ。こんなはずじゃなかったのにな」

この言葉を、何回つぶやいたことだろう。黄ばんだ漫画本の散らばる、男くさい部屋。安物のカーテン越しに、陽の光が滲んでいる。快晴だが、出かけようとは思わない。

僕はベッドに寝そべったまま、スマートフォンで動画をザッピングする。最近の休日は、ほぼ一日中これで潰していた。そんなに楽しいものでもないが、退屈するよりはマシだ。そして何より、気楽だった。映像と音に刺激されている間は、空っぽの自分を見つめずに済むからだ。

昔聞いた話では、こういう娯楽は数十年前からあり、その形は何も変わっていないらしい。僕はそれを聞いた時、愚かだと思った。だが今の僕は、それも納得だと思う。誰もが皆、楽しみに貪欲なわけではない。これで十分だから、何も変わらないのだと。

そろそろお腹も空いてきた。そんなある時、一つの動画が映し出された。見たこともない光景に、思わず目が留まった。それは、どこかの惑星の映像記録だった。

「へえ」

画面を埋め尽くすほどの異様な植物に、思わず呟いた。惑星開拓。人間の住めそうな星を、住める状態に切り拓き、販売する……近年、法整備の進む、新たなビジネスだった。

未知の惑星を開拓する。耳障りだけは夢のあるフレーズだ。だが、現実はそんなに甘くない。

大抵の惑星には、植物はおろか微生物すら存在しない。あるのは延々と続く荒野と、ひたすら単純で地道な田植え作業。このように植物がある惑星ではそれが草刈りに変わるが、やはりそれだけだ。労働者にとっては、地球とさしたる違いはないのだ。

動画はまだ続いていた。今度は研究員らしき男性がワイプ表示され、未知の植物への興奮を語っていた。

(楽しそうだな)

僕はぼんやりとそう思った。語っている内容は、専門的すぎて一ミリたりともわからない。でも、彼の目に宿る、キラキラした輝き。それがただ、羨ましくて、惨めに思え、再生を止めようとした。だがその時、ふと映像に違和感を覚えた。

(あれ? 今……)

動画を巻き戻し、一時停止する。一瞬、おかしなものが見えた気がしたのだ。だが、このタイミングでは映っていなかった。コンマ一秒ほど進ませ、また止める。それを数回ほど繰り返し、僕は気づいた。

そこに映っていたのは、錆びた鉄骨だった。植物の蔓に覆われているが、確かに骨組みの形になっている。よくよく見れば、コンクリート片のようなブロックの破片もある。明らかに人工建築物の跡だった。

(誰も気づいてないのか?)

いつの間にか、動画に釘付けになっていた。僕は、男性がいつこの事実に触れるかを、注意深く観察していた。そういう植物だという可能性もあったからだが……結局彼は、最後までそれに触れなかった。動画は【開拓作業員募集】の広告表示で終わっていた。

僕は反射的に広告をタップし、それからその惑星……スダースのことについて、調べられる範囲のことを調べた。そのどこにも、この鉄骨について触れた内容はなかった。この惑星に、人が暮らしていた可能性に誰も触れていなかったのだ。

心臓がばくばくと高鳴っていた。それは夢に描いていた、そして決して手に入らなかったもの。僕の手が届く、誰も解明していない【謎】だった。

僕はその日の内に辞表を書き、出版社を辞めた。そしてその足で動画の会社へ向かい、滾る熱意をそのままぶつけて、社員が妙にゴツい人だらけだとも気づかぬまま、よく読まずに契約書にサインし……


◆ ◆ ◆


「なあ」

誰かの声。ビクンと反射的に体が震え、意識が現実に戻った。モニタには変わらずあの少女が映っていた。

ルチア。僕がこの会社に入り、初めて出会った同僚。人手不足とはいえ、畑違いの僕が入社できるように、後押ししてくれた少女。どう言うわけか僕をニンジャと思い込み、無邪気に慕う女の子。そして、ジムさんを笑いながら殺した、悪魔のような女。

そのどれも、今の彼女には当てはまらなかった。

「あ、ああ」

僕は何か言おうとした。だが、頭の中ですら何も言葉が浮かばない。ルチアは絞り出すように言った。

「お前、ニンジャだろ。なんで死にかけてんだよ」

脳裏に浮かぶ、火柱。樹獣が眼前に迫った時と同じように、苦しくなる呼吸。

「そ、それは……その、僕が……」

僕が。続きはまだ浮かんでいない。

「その……あれは、と、特別な樹獣だったから……」

嘘だ。初めて倒した樹獣と同じタイプだった。言葉を吐いたと同時にそれに気づき、血の気が引いていった。マズい。頭の中が真っ白になっていく。

「あ、ええと、そ、それと……!」

僕は慌てて取り繕うとした。だが。

「分かった」

ルチアはきっぱりと言った。

「え?」

聞き返す。彼女は無表情を保ったまま、続けた。

「私に見えなかっただけで、あれは特別な樹獣だった。だから苦戦した」

「あ、え……うん」

嘘だ。

「でも一瞬だ。私が助けなくても、お前一人で勝てる相手だった。そうだな?」

「そ、そうだよ」

嘘だ。

「苦戦したのは、まあ……遊びみたいなもんだった。そうだな?」

「う、うん」

嘘だ。でも、自分でも驚くほどに、僕は滑らかに頷いていた。ルチアはため息を一つ吐くと、静かに、そして深く息を吸った。10分にも思えるほどの数秒の後、彼女は言った。

「ならいいんだ。邪魔して悪かったな!」

えっ? 僕は呆けたように彼女を見た。その表情も雰囲気も、いつものそれに戻っていた。どこか腑に落ちなかった。だが、僕が抱いたその些細な違和感は、すぐに安堵のため息に呑まれ、消えた。

ルチアは僕の気も知らずに、もう一言付け加えた。

「ああ、それと……まだ生き残りがいそうだ。もう少し探しとこうぜ。お前なら大丈夫だよな?」

うん、と答える以外、僕には残されていなかった。


第五話

足元の振動が伝わり、座席が揺れる。この振動に慣れるか心配だった、と今になって思い出す。モニターには依然変わらず、何事もない景色が続いている。はめ直した手でナイフを振るい、邪魔な枝を払う。浮いた心でも、この程度の作業はこなせる。

(あれは、なんだったんだろう)

つい先ほどの、ルチアの不可解な反応。時間が経つにつれ、そこに違和感が募っていく。あれから彼女からの通信はない。それはつまり、彼女の担当範囲にも異常が存在しないことを意味する。

(粗方やっつけた、ってことなのかな)

何にせよ、敵が来ないのは大歓迎だった。思考はルチアのことから、状況の整理へと移る。敵の出る気配がない。それはつまり、任務が完了したことを意味する。ならば本部へ帰れるはず。ようやくルチアと離れられる。

……いや、本当に離れられるのか?


◆ ◆ ◆


(君が来てくれて、本当に良かったよ)

不意に、開拓団のリーダーの顔が浮かんだ。ひげ面だが優しい目をした中年男性で、僕が食堂で一人だった日に、相席を申し出てくれた。突然の褒め言葉に照れると、彼は続けた。

(ルチアは本当に良く笑うようになった。なにせ、ニンジャだからね)

冗談めかして笑う上司に、僕は愛想笑いで返した。正直なところ、そう呼ばれることには辟易していたからだ。彼はそんな雰囲気を察したのか、少し申し訳なさそうな顔をして喋り出した。

(……今の彼女を見ていれば、想像しづらいだろうね。でも、少し前までは本当にひどかった。一日中ふさぎ込んで、誰とも喋ろうとしなかった。……無理もない。あんなことがあったんだからね)

あんなこと。それはルチアの所属する調査隊が全滅し、彼女だけが生き残った。そのことを指していたのだろう。今となっては、だいぶん違った意味合いで聞こえる事実だ。

ニンジャ、ニンジャと自分にまとわりつくルチア。適当にあしらっていた少女にそんな過去があると知ったのは、入社してしばらく経ってからのこと。この上司に教えてもらった。当時の僕は、周りに合わせるのと、付いて行こうとするので精一杯だった。

新たな環境、新たな職場。それも文筆業から開拓業へだ。夢のためとはいえ、この大きすぎる環境の変化はこたえた。中でも一番だったのは、共に厳しい訓練をこなすムキムキの連中と、その体育会系のノリが、自分に全く合わなかったことだった。

ヘトヘトに疲れ切り、訓練と就寝を繰り返すだけの毎日。気の合わない相手と、常に空気を伺いながら話す日々。そんな中で、楽しそうにバカな話をしにくるルチア。妹がいれば、こんな感じなのだろうか。彼女は日々の癒しですらあった。

僕はニンジャじゃない。それは職場の誰もが知っている事実だ。ルチアだけが僕をニンジャと本気で呼び、憧れ、話しかけてくれる。輝いた目で見られるのは心地良かったし、茶化される形で同僚と話せたのも嬉しかった。だから、そのままで良かった。否定する必要などなかった。

彼女の過去を知っても、それは同じだった。僕がそれに触れることも、ルチアがそれに触れることもなかった。何も変えたくはなかった。今は、どうだろう。彼女の本性と、ニンジャへの異常な思い。それを知った今、同じように振るまえるだろうか? 僕は、これからあの場所で……


◆ ◆ ◆


(やめよう)

首を振り、意識を空想から背ける。現実は、先ほどから露ほども変わりなかった。単調極まる景色からは、どれだけ歩いていたのかも分からない。僕は時計を探そうとして、経過時間レコードがあることを思い出し、それを覗こうとして……

「あれ」

モニターを2度見した。

ほとんど無意識的に、ガーデナーの足を止めさせる。既視感。何かが引っかかった。この星に溢れかえった光景に。まじまじとモニターを覗き込み、その正体を探る。

「どうしたんだよ、急に止まって」

ルチアの声がした。僕は答えなかった。何か、とても重要なことを思い出せそうな気がして、そこに吸い込まれていた。

「ここは、確か……そうだ!」

「オイ、聞いてんのかよ!」

脳裏に浮かんだのは、地球で見た動画。ワイプ表示された研究員の笑顔。あの時の、あの場所だ!

「じゃあ、ここに……!」

進んできた道を逸れ、僕はあれがあるはずの場所に踏み込んだ。それから木々をかき分け、枝を断ち切り、隙間を覗き込み、探し始める。

「人の話を……」

「後ろ見てて!」

反射的に僕が言うと、ルチアはぶつくさ言いながら従った。茂みの中。枝の合間。ぼやけた、しかし鮮烈な記憶の導くままに。そしてようやく、見つけた。錆びた鉄骨。白いコンクリートの破片。

この星に人が住んでいた、その可能性を示す痕跡を。


第六話

手のひらに乗せた破片を、ズームして検める。その質感も、断面から覗く凸凹も、完全に白いコンクリートそのものだ。鉄骨も同じだ。塗料などではなく、鉄の表面にしっかりと錆びが浮かんでいる。

やはり間違いない。拳を握りしめる僕。するとそれを訝しんだか、ルチアが声を掛けてきた。

「なんだよ、さっきから? その石は?」

「鉄骨に、コンクリートだよ。見たことない?」

「ない」

即答だ。彼女は至ってどうでも良さそうな表情で僕を見ている。確か小学生の頃、女の子に好きなロボットについて語った時、こんな目で見られた記憶がある。僕はムキになり、この発見の素晴らしさを伝えようとした。

「……これはね、建築資材だよ。昔の人はこれで家を建ててたんだ」

「その石ころでか? 小さすぎるだろ」

「これはただの破片さ。もっと大きい本物を組み合わせて、大きな建物を作っていたんだ」

ルチアは目を丸くした。現代建築は『型』で作る。彼女や、僕と同年代の人間には未知の世界だろう。僕は得意になって続けた。

「これはおそらく壁か何かの破片だろう。他にもあるはずだ」

ガーデナーの手が茂みにねじ込まれる。細心の注意を払い、細い枝や邪魔な植物をどけながら探す。推測を裏付けるかのように、破片や鉄骨はいくつか見つけることができた。家具か何かの痕跡があれば尚良かったろうが、それは見当たらない。

だが、十分だ。十分すぎるほどの発見だ。

「やっぱりだ。だとすれば、やはり、ここに……!」

「ここに」

「人が住んでいたんだよ!」

「人がぁ?」

僕が感極まって叫ぶと、ルチアが呆れたように言った。

「んなわけあるか。宇宙だぞ!」

僕はキザに指を振り、それを否定した。ルチアが眉をひそめる。僕は構わず続ける。

「ほら、この星の大気は地球に良く似てるって言うだろ? 樹獣さえいなければ、すぐにでも人が住めるって」

「ああ」

「じゃあ、こうも考えられるんじゃないか? ……この星には昔、人が住んでいた!」

「喰われて死ぬだろ」

ルチアは冷ややかに言った。僕は甘いな、と言わんばかりのドヤ顔で返した。「キモい」と聞こえた気がしたが、知らない振りをする。

「昔は樹獣がいなかった。そう考えてみたらどうだろう?」

「いたんじゃねえか? こんだけウジャウジャいるんだし」

「地球にだって、人間は昔いなかった。長い年月が今みたいに変えたんだ」

「でも……」

「可能性はある!」

ルチアの反論を遮り、僕は言い切った。

そしてようやく、大きく息を吸った。コックピット内の空気は淀んでいて、生温かった。それでも最高の充足感が僕の心を満たした。

体が震え、指先まで熱くなってくる。好奇心が湧き上がり、無数の想像が頭の中を駆け巡っていく。焦がれた冒険は、間違いなくこの星にあったのだ。

「……お前さ。親父みてえだな」

余韻に浸っていた僕に、ルチアは出し抜けに言った。親父? そんな歳じゃない。僕が問い返すと、彼女は言い返した。

「私の親父だよ」

「ルチアのお父さん?」

全身古傷だらけの、大斧を持った半裸の筋肉男。そんなイメージが浮かぶ。

「ああ。お前も見たことあるはずだぜ」

「僕が? いつ?」

「この船に乗る前だよ。動画を見たとか言ったろ?」

「言ったけど」

「あそこに映ってた、植物植物うるせえ研究員だよ」

「なんだって!?」

僕は素っ頓狂な声を出す。まさか、あの人がルチアの父親だったとは。というか全然似て……

(いや……待てよ)

不吉な予感が膨れ上がる。僕はたまらず彼女に尋ねた。

「あ、あのさ。ひとつ聞いていいかな?」

「なんだよ?」

「さっき、親父みたいって言ったのは、まさかだけど……君のお父さんも、ここに人がいたって可能性を」

「違えよ。そんなアホなこと」

バッサリ切られた。少し悔しさが混じるが、僕は安堵した。

「じゃあ、どうして?」

「あー、なんつーかな。目が似てる」

「目?」

「一人で勝手に盛り上がってるような、そういう目だな。はしゃいでるガキっつーか。そこが似てた」

失礼だ。だがまあ、それは僕が憧れた目でもある。なので褒められたと思うことにした。

「そっか……僕も、あの人と同じ場所に来たんだな」

いつかは会ってみたいと思っていた。この星に向かう道程、そのどこかで出会うだろう。しかし今の今まで、彼を見かけることはなかった。

「お父さんは、今どこに?」

「……」

ルチアは答えなかった。聞こえなかったのか。そう考え、僕はもう一度彼女を呼んだ。

「ルチア?」

「もう、いない」

「えっ?」

「親父はな。私と一緒に、前の調査隊に参加してたんだ」

「それって……」

彼女を除き全滅した、前回の調査隊。その原因は、ジムさんを焼き殺した光景を見れば、火を見るよりも明らかだった。

(君は、お父さんを殺したのか)

そう言いかけて、僕は口をつぐむ。彼女の口ぶりには、喜びでも怒りでもない、重苦しい何かがあった。それは、ジムさんの死を前にバカ笑いしていた彼女の姿からは、考えられないような感情だった。

「ああ。まあ、目の前だったよ。通信は最後まで繋がってた。……親父のガーデナーが握りつぶされる、その瞬間までな」

ルチアはゆっくりと、そして淡々と続ける。口に出掛かった僕の問いは、好意的に解釈してもらえたようだった。僕は口を挟まず、ただ静かにこの少女の言葉を待った。

「……」

「コックピットが軋む音。割れていくモニター。親父が取り乱して、泣き叫ぶ顔。今でもハッキリ覚えてて……忘れられない」

「……君は、その……」

まただ。その続きを上手く言葉にすることができない。哀悼。疑念。困惑。そして、動揺。自分が抱えているのが、どの感情か、整理できない。しかし彼女は僕の顔を見て、ばつが悪そうに笑った。

「悪いな、湿っぽくて……でもまあ、大丈夫だ。あと少しなんだ。私は親父の意思を継いで、戦う。戦わなくちゃならないんだ。絶対に。どんなことがあってもさ」

僕はまだ、言葉を絞り出すことが出来なかった。語り終えたルチアは、そんな僕に、また笑いかけた。

「そう辛気臭い顔すんな。笑えよ」

「……無理だよ」

「無理じゃないさ。笑っていたら嫌でも気分が良くなる。そういう風になってんだ。親父も言ってたし、私もそうしてきた」

ルチアはいつものように快活な笑みを見せた。何も言えなかった僕は、せめてそれに合わせようと思い、無理に口角を上げた。彼女はそれを見て噴き出した。

「アッハッハ! 鏡を見たらもっと笑えるぜ!」

「……そうかな、ははは……」

「ああ、そうしろ、そうしろ。……そろそろ行こうぜ」

ルチアは数歩先へ進むと、ガーデナーの首を振り向かせた。「ついて来い」そういうジェスチャーだ。僕はゆっくりとその後を追った。

考えは落ち着かない。こんがらがって、上手くまとまらない。この星のこと。ジムさんのこと。僕の夢のこと。そして、ルチアのこと。

彼女は結局、何者なのだろうか。出会ってからずっと、彼女に対する印象は目まぐるしく変わり続け、そして今また変わった。それは1つの、飛びつきたくなる可能性を内包していた。つまり、あの悪魔のような彼女は、僕の勘違いに過ぎないのだと。それはあまりに魅惑的な可能性だった。

(いや、でも……)

再び浮かび上がりそうになる疑念を、無理やり押し潰す。考えて結論を出せる問題でもない。なら楽観的にいた方が良い。そう自分を納得させる。そして、あの痕跡について考えようとして……

「あれ?」

ふと浮かんだ疑問に、考えを止められる。ここがあの動画に映っていたエリアなら、既に調査済みであるはず。樹獣も殲滅されているはずだ。ならばなぜ、そんなところにわざわざ戻ってきたんだ?

「あのさ。ここって……」

僕がおそるおそる尋ねようとした、その瞬間。突如、機体が縦に大きく揺れた。

「うわぁっ!?」

投げ出されそうになる体を、シートベルトが押しとどめる。震動は徐々に激しくなり、木々の軋む異様な音がコックピットで反響する。僕は祈るようにレバーを握り、ただその場で堪えようとした。

森が、ざわめき始めていた。


第七話

僕はこみ上げる嘔吐感をこらえ、必死にモニターを覗く。揺れる地面。揺れる木々。野放図に伸びていたツルが、尻尾を丸めるように、その身を幹へと収縮させる。

「ォオオオオオ……」

暗い地の底から、おどろおどろしい声が響く……!

「離れろ!」

ルチアが叫んだ。

「どこへ!? 何から!?」

「前からだ!」

前? 勘案する暇もなく、正面一帯が盛り上がった。泥にまみれた地面がめくれ、絡み合った植物の根が露出する。その隙間から、何かとても大きなものが見える……!

(後ろだ!)

それ以上の考えを打ち切り、僕はガーデナーを後方へジャンプさせようとした。だが……動かない。僕自身の足の震えが、機体に移っているかのように。揺れる足場の上で緊急回避するなど、僕の技量では不可能だった。

「早く! 急げよ!」

怒鳴るルチア。僕は力の加減も忘れ、やみくもにレバーを入れていた。

「だ、駄目だ、動かなっ……!」

言葉を言い切ろうとした瞬間。ついに僕の足元までもが盛り上がり始めた。機体が後ろ側に45度傾き、体がシートに押し付けられる!

「お前ーッ!」

「まだだぁッ!」

しゃがむために畳んだ足を、思い切り伸ばす! ガーデナーは傾斜を蹴り、後方へと飛び跳ねる! ズシィィン! 機体が背中から、地面に叩きつけられた!

「はっ! はっ、はぁっ……!」

呼吸をする。息ができる。生きている。僕は取り急ぎそれを確認すると、モニターを覗いた。……何も映さないものが、3つ。

(壊れたのか!?)

僕は青ざめた。だが、すぐに気づく。背部カメラは接地しているから、何も映さないのだ。他のモニターは空と、縮こまった木々を映し出していた。

震動はまだ続いていた。ルチアの呼び掛ける声が聞こえた。だが、背中が押し上げられる気配はない。急場はしのげたのだ。

「あ、ああ。なんとか……」

大丈夫。そう言おうとして、固まった。空を向く正面モニターに、おかしなものが映っていたからだ。天高くそびえる木々。それらに青々と茂り、天を埋め尽くす葉。それらすべての上に、頭があった。

「……え?」

正面のカメラを、機体の足側へ向ける。被写体は空から、その存在へと移る。

四足動物のような体格。背はやはり天に張り出し、足の一本一本が、周囲の木々よりも数回り太い。全身を覆うのは、無数の体毛。

……体毛? 馬鹿な。そんなものは木にはない。根だ。ネギのような細いひげ根が全身から生えており、まるで体毛のように見えていたのだ。頭には四つの目が対角線上に埋め込まれており、その中央には円周状に生えた牙に囲まれた大きな穴……口があった。

「……なに、あれ」

「敵だ」

ルチアはキッパリと答えた。
僕が震えながら彼女を見ると、その顔には笑みが浮かんでいた。

「ふふ……ハハッ……! アッハハハハハ!」

「ルチア……!?」

「見つけた……! やっぱりまた会えた! 親父の! みんなの……! 仇ィィィィィッ!」

「か……何!? 何だよッ!?」

ルチアの目は爛々と輝き、口元は異様な形に歪んでいた。一瞬、カメラの端を何かが過ぎる。ルチアのガーデナー……

ガキィィィィン!

直後、金属と金属がぶつかり合う激しい音!

「何なんだよォッ!」

モニターには、もう誰も映らない! 僕はヒステリックに叫びながら、とにかく機体を立ち上がらせようとする。着地の衝撃によるものか、背部が半分近く地面に埋まってしまっていた。でも、やらなければ……!

ガァン! ガァン! 耳障りな音が鳴り響く。やらなければ何が起こるか? 未だそれすらも分からないのだ!

「ルチア!? ルチアッ!」

僕は狂ったように彼女を呼んだ。返ってくるのは笑い声だけだった。焦燥が時間感覚を引き延ばす中、僕は懸命に機体を復帰させる。まず上体を起こす。カメラの視野角が広がる。

ルチアは狂ったように戦っていた。鈍重な、僕と同じガーデナーに乗っていることが信じられないほどの勢いで動き回り、巨大樹獣の足を殴り、焼き、斬りつけた。巨象に挑む蜂のように、接近と回避を繰り返しながら。

「アハッ、ハハハッ……」

戦士の笑い声に、疲れが滲み始める。殴れども手応えがなく、焼いても根が燃えるに留まり、斬っても僅かな傷が残るのみ。しかし頭上からは……つまりはこの樹獣の胴体からは……数十本のツルが垂れ下がり、その内の数本が鞭のような動きで、絶え間なく彼女を狙う。

「うあああああッ!」

雄叫びを上げ、ルチアは闘志を補充する。鋼の拳に怒りを乗せて、仇の体へと叩き込む!

バギィン!

およそ植物の体から鳴ったとは思えない、異様な音が響いた。鋼の拳を弾いたのは、同じく鋼。ひげ根が燃えて露出した表皮には、金属の光沢と……見慣れたペイントが施されていた。

「親父」

ルチアは思わず呻いた。それは、彼女の父のガーデナーと同じ模様だった。脳裏にペイント作業を手伝った思い出が過ぎる。

取り込まれた。彼女はそう直感した。捕食した機械を、何らかのおぞましい新陳代謝の結果、自身の装甲へと変えたのだ。

その動揺が、彼女の動きを止めた。

パァァン!

「うあッ!?」

シート越しに強い衝撃。地面と平行に回転した回避運動の途中、背中からツルに打たれた。彼女がそう悟った瞬間には、機体は地面から浮き上がっていた。ゴルフクラブでボールを打つように、弾き飛ばしたのだ! 飛ばされる先には、巨大樹獣の後ろ足がある……! 直撃すれば、仮に機体が耐えたとて、中のルチアは即死する!

「このぉぉおおおおッ!」

終わらない。まだ終われない! 激しい空気抵抗に晒されつつも、咄嗟に小型ナイフを抜き、正面に構える! 樹獣の足が迫る! 20メートル! 10メートル! …0!

ズゥゥゥゥゥゥン……!

一瞬、意識が飛んだ。荒い呼吸が漏れる。ルチアは己の状況を確認する。小型ナイフを伝わせ、激突の衝撃を足へと叩き込んだ。彼女の愛機は、巨木の細枝にぶら下がるように、宙に浮かんでいたのだ。

「これは……」

僥倖か。ナイフの刺さった部位から、メキメキと音が鳴る。ルチアは機体を操作し、得物に体重を乗せさせた。樹獣との戦闘も考慮されたナイフは、これしきのことで折れはしない。機体の重量と重力の相乗効果により、刃は樹獣の表皮を割いていく……!

「ルチアァッ!」

その時、戦闘に夢中になっていた彼女の耳に、ようやくショウマの声が届いた。

「何だよ、今忙しいんだ!」

「逃げよう! 早く!」

「アッハハハハハ!」

「ルチア!」

「無理だよ……! 逃がさねえんだ!」

彼女は危険な予兆を感じ、ナイフから手を離した。直後、樹獣の足はゆっくりと上へと振り上げられていく。上空で振り払われれば、命はなかった。

「勝つ気なのか!?」

「そうしたいのは、山々だけどさ……!」

ズゥゥゥゥン……!

ガーデナーが着地した。樹獣の足が上がったことで、彼女はツルの射程圏から外れていた。埋まった機体の脚部を地上へ戻し、素早く臨戦態勢に移る。

「じゃあどうして!」

「コイツが見逃してくれると思うか?」

「……!」

ショウマは言葉を詰まらせた。正論だ。でも、それは。

「囮になるっていうのか!?」

「それしかねえだろ」

「でも、それじゃあ……!」

……君が。そう言おうとしたショウマは、ルチアが笑っていることに気づいた。

彼女の笑いには、いつも何らかの力があった。喜びに、楽しみ、悲しみ。そして、怒り。でも今の笑いには、何の力も感じ取れなかった。

「……いいんだ、私は」

巨大樹獣の4つ目の瞳が、地上のルチアを捕捉する。

「そんな……でも! だって……!」

「あいつは待っちゃくれねえぞ」

大木のような足が、小さな機体目掛けて振りかざされる。

「だって……!」

「あのさ」

ルチアは静かに言った。

「親父のこと、最後までわかんなかった。でも、あの目の感じは、ずっと好きだった。……この星の秘密とかさ。後は頼むぜ、ニンジャ」

プツン。通信が、切断された。

「……!」

ショウマは……きびすを返した。巨大樹獣のいる方とは反対の方角へ。彼は全力で逃げ出した!

ズゥゥゥゥゥゥゥゥン………!

地を破る轟音。震動が僕の足元にまで届く。転ばない。転ばせない。今はただ、前へ。ジムさん。ルチア。そして……僕。僕まで死んでしまえば、僕らのチームは何も残せない!

「くそっ……! くそぉっ……!」

視界が潤む。とめどなく涙が溢れだす。それが邪魔になることは、十分に分かっているのに。悔しさと怒りが抑えきれなかった。

冒険を夢見た先がこれか。仲間を見殺しに、逃げることしかできない。僕は心の中で、意味もなく自分を罵った。そうすることで、少しでも冷静になれるような気がしたからだ。

地球に残り、身の丈に合った生活をすれば良かった。そうすれば、こんなことにはならなかったはずなのに。

「やめろ……!」

自分自身の言葉を、僕は止めようとする。やめろ? 何がだ。自分で罵ろうとしたんだろう。都合よく立場を使い分け……

「やめろ!」

ズゥゥゥゥゥゥゥン……

再度、轟音。僕は思わずモニターを覗き、背部カメラが映す先を見た。巨大樹獣はまだ下を見ていた。あの視線の先に何がある。無残に潰された死骸か。孤独に戦い続ける戦士か。

いずれにせよ、ここから僕ができることは何もない。また涙が溢れ、視界が滲み……足元にあった、太い木の根を見落とした。

「うわっ!?」

咄嗟に腕をコントロールし、地面に手をついて転ぶ。また動けなくなる事態だけは避けることができた。僕は慌てて周囲を確かめようとし……気づく。先ほど見つけた、あの破片。

「こんなもの……!」

あんなにも心を湧かせてくれたそれは、今や単なるガラクタにしか映らなかった。僕は衝動的に握りつぶそうとし……止めた。今するべきことは、無意味な八つ当たりじゃない。父親の遺志を継いだルチアのように、僕も彼女の……

「……?」

そこまで考え、何かが引っかかる。何がだ。何もおかしいところはない。どうしようもない敵と遭遇してしまい、戦って、そして、最善手を取っただけ……

「……ッ!」

その瞬間、僕の頭の中で唐突に全てが繋がった。それはほとんど脈絡のない、突飛な思考の連鎖だった。

(ルチアが本当に良く笑うようになった)

なぜ彼女は、ずっと笑っていたのか。

(見つけた……! やっぱりまた会えた!)

なぜ彼女は、勝てもしない巨大樹獣の縄張りへ、わざわざ戻ってきたのか。

(私が助けなくても、お前一人で勝てる相手だった。そうだな?)

そしてなぜ、僕がニンジャでなければならなかったのか。

「ルチアは……あいつは……!」

初めから、あの場所で。

(後は頼むぜ、ニンジャ)

死ぬつもりだったのだ。


第八話

ミラン・カスバートは偉大な植物学者だった。常に先鋭的で向学心に富み、時代の最先端を走り続けた。地位や名声にこだわることはなく、ただ学問の未来のために尽くした。誰もが認める優秀な人間だった。父親としては、どうだっただろう。

ルチアは彼が40の時に、妻と引き換えに生まれた娘だ。たった一人となった家族に、彼は惜しまぬ愛情を注いだ。叱り、学ばせ、笑わせ、叩き、買い与え、喜ばせた。溶かした鉄を型に流し込むように育てた。

それは彼の愛情だった。厳しく、不条理で、辛い現実。その中で幸せを勝ち取るためには、強くあらねばならない。

ルチアが成功を収めると、父は賞賛した。失敗すると、火が付いたように激しく叱責した。親子の間には、いつの間にか純然たる取引関係が生まれていた。期待に応える見返りに、愛情を与える。

それも彼の愛情だった。そういうビジネスライクな関係は、大人と大人の間では自然と生じるものだ。だから、若いうちに慣れるに越したことはない。それが彼の教育方針だったのだ。

植物学者としての父は、徹底した現場主義者だった。娘はその役に立つため、あらゆる技術を学んだ。のちにガーデナーと呼ばれる作業用人型重機もその一つだ。彼女は作業員に混じり、大人顔負けの働きをした。

ルチアは常に父と共にいた。職場が地球から宇宙へ移っても、仕事が剪定から戦闘へ変わっても。父に付いていけば、するべきことは自然と見つかった。それは自然なことであり、父も、周囲もそれを歓迎した。未来のことなど考える必要はなかった。

だから、父を失ったその時、彼女は……


◆ ◆ ◆


深く息を吸い、ゆっくりと吐く。感傷的になりかけた気持ちを切り替える。

後は託した。後のことはきっと、彼がやってくれる。それが成功するか失敗するかは分からないけれど、とにかく私は、課された義務の半分を済ませた。

めきめきと音を立て、巨大な足が振り下ろされる。私は大げさに後ろへ飛び、それを回避した。泥飛沫が跳ね上がり、数本の木々が巻き込まれ、宙を舞う。滅茶苦茶だ。こんな相手と、どう戦えというのか。

「遅いんだよ! お前はァッ!」

勇ましく叫び、大きく踏み込む。右へ逸れた一本のツルが、運のない木を真ん中からへし折り、吹っ飛ばした。ふざけた威力だ。左方からもう一本。機体を回転させ、紙一重で回避。再び巨大樹獣の足と肉薄。有効打を与える手段は、まだ思いついていない。

それでも、生きている限りは勇敢に戦わなければならなかった。けたたましい笑いを上げ、やみくもな乱打を足へ打ち込む。ほとんどが弾かれるが、それは計算の内だ。

背後からツルの迫る気配。潰れたモニターはアテにならない。勘に任せ、音だけでタイミングを見計らう。3……2……1……右へ避ける!

パァン! 乾いた音が鳴った。期待したよりも、はるかに小さな音だった。

「……ハハッ、駄目か、これも……!」

私は努めて笑った。後ろからのツルは、頭上をしたたかに引っ叩いた。数個の木片が、パラパラとこぼれ落ちていく。

ツルによるフレンドリー・ファイア。あの威力を見れば、有効かと思えたが……結果はこの程度だ。人がハエを叩けば、当然ハエは潰れる。だが同じ威力で他人を叩いても、潰れることはない。

「何かないか、他に……!」

つい先ほど突き立てたナイフは未だ頭上にあった。悠長に取りに行く時間もないし、手の届く場所でもない。ナイフを使った戦術を選択肢から捨てる。

残りは何がある。ガーデナーの武器は主に3つだ。1つ目は燃料噴出孔を備えた腕を打ち込み、体内に燃料を流し込み、爆破する爆砕拳。これは却下だ。そもそも打撃が表皮を貫通できない。そして仮に打撃を通せたとしても、燃料の問題がある。

樹獣は大半の植物と同じように、根から栄養を吸収することもできる。このとき栄養を運ぶために通るのが、全身に張り巡らされた『導管』だ。爆砕拳はそこに無理やり燃料を流し込むことで、樹獣の全身を可燃物で満たす。後は着火して、内部から破裂させるだけだ。

だが、これほどの巨体であれば、全身を可燃物で満たすには、明らかに量が足りない。仮に機体に搭載された燃料全てを打ち込んでも、全身に回るころには薄まり切ってしまうだろう。それでは爆破など夢のまた夢だ。

2つ目はナパーム弾。これも同じだ。弾数が限られている上に、火力が足りていない。表面を少し焦がして、それで終わりだ。

3つ目の小型ナイフは、そもそも手元にない。あとは奥の手の燃料噴射。ガーデナーの動力である高濃度のオイルを噴射し、火力を補う機能だ。しかしこれも……リスクを度外視しても……圧倒的に火力が足りないのだ。

「……ッハハハ」

……どうあがいても、無理だ。巨大樹獣が再び右足を振り上げる。ツルでの攻撃ではラチが開かないと踏んだのだろう。先ほどよりもコンパクトな所作で、足を打ち下ろした!

ズゥゥゥゥゥゥゥゥン………!!!

ビリビリと空気が震え、地面が揺らぐ。回避には成功した。攻撃は鈍重で、避けるのはそう難しくはない。問題は攻撃に付随する震動だ。姿勢を崩せば、もたつく。ガーデナーも所詮は機械。人間ほど楽に体勢を復帰はできない。その隙と攻撃のタイミングが一致すれば、狩られる。

踏みつけは先ほどよりは衝撃が弱い。だが、私を叩き潰すのに十分な威力は、依然として保っている。私は次に取るべき行動を、頭の中で探ろうとした。だがその瞬間にはすでに、巨大樹獣は左側の足を振り上げていた!

「……ッ!」

左足が打ち下ろされる! 右足が振り上げられる! 絶え間なく起きる震動が、回避運動を容赦なく妨げる! 私はまだまともに動けるうちに、木々の隙間へと逃げ込んだ。だが巨大樹獣は容赦無く、森を蹂躙していく!

震動がますます強まり、回避が困難になっていく。私は逃げた。逃げて、逃げ続け……ついに耐えられなくなり、近場の木に手をついた。

一度体勢を崩してしまえば、あとは脆いものだった。立ち上がるためのタイミングを失ったまま、震動は徐々に近づく。処刑の順番を待つ死刑囚のような気分だった。

「あはは……」

乾いた笑いが漏れる。もう、いいだろう。私は勇敢に戦った。それでも敵わない。だから、仕方がないんだ。

背後の木々は、いつの間にか無くなっていた。丸みを帯びた影が、私の機体を包んでいた。課せられた役目は立派に果たした。だから。

(……もう、終わってもいいよね……?)

ゴォォォォォッ!

突如、前方で火の手が上がった。赤い炎の光が、私を包んでいた影をかき消した。巨大樹獣の足がほんの数メートル先に振り下ろされ、震動で飛び上がりそうな機体を反射的に抑えつける。

「何が……」

着信。切ったはずの通信が、誰かからの連絡を伝えている。私は呆然としたまま、それを受け入れた。


◆ ◆ ◆


「ルチア!」

通信が復活し、モニターに憔悴したルチアの姿が映る。

「お前……」

「無事か! 良かった……」

「何で来たんだよ! 早く逃げ……」

「僕は!」

目を見開き、彼女の言葉を遮る。続く言葉はまだ浮かばない。でも……

「僕は! 僕は……!」

遠くでは、未だに巨大樹獣が暴れまわっている。僕は通りがてらに燃料を噴射し、適当に木々を焼き払った。それがデコイとして機能しているのだ。

ルチアは息を呑んで僕を見ていた。緊張で震える喉奥から、僕は言葉を絞り出す。

「僕は……ニンジャじゃない……!」

「お前……?」

「ニンジャの子孫でもない! ただの人間だ! 卑屈で、夢ばっか大きくて、怖がりっぱなしだ! でも!」

グッと言葉に詰まる。何を言えばいいのか、頭の中に熱が回り、論理的な筋道が浮かばない。でも。それでも……!

「君は! 死のうとなんてするな!」

「!」

ルチアが目を見開いた。やはり予想は当たっていたのだろう。

「死んでほしくないんだ!」

「……黙って聞いてりゃ、勝手な事ばっか言いやがって……!」

「死んでほしくないんだよ、ルチア!」

「うるさいんだよ、お前は!」

ルチアが怒鳴りつけた。僕は怯まなかった。彼女の目をじっと見て、続く言葉を待った。

「何も知らねえくせに! わた、私が、どういう気持ちで今まで……!」

「……!」

「それなのに、お前は! 合理的だったろ!? 囮で死ねば丸く収まるんだよ! お前がダメでも、他の連中だっていんだろ! 自分の役割ってもんを……」

「それでも! 死んでほしくないんだ!」

「何でだよ! 理由を言ってみろ!」

「君に死んでほしく……」

「お前は! 私に何を求めてるんだ!?」

「ただ生きていてほしいんだ!」

「……!?」

ルチアは絶句した。無理もない。でも、この思いを伝える言葉は、それしか頭に浮かばなかった。彼女は、弱いというには強すぎて、親友というには付き合いが浅すぎて、仲間と呼ぶには非道すぎる……かもしれなかった。納得させるための理屈をいくらこねようとしても、僕自身がそれを拒絶した。

それでも。……それでも、伝えたかった。だから、僕は。心の奥底から、湧き上がってくる感情を。洗練も精査も思考もしないままに。

「死んでほしくないんだよ! ……ルチア!」

思い切り、叩きつけた。

「……」

ルチアは黙ってしまった。僕は静かにそれを見ていた。あと、どれくらいこうしていられる? モニターを確認しながら、会話の体を保つ。

「……お前」

ルチアがポツリと言った。

「……なんだよ。わかんねえよ。大人なら根拠を出せよ……」

「ごめん。でも、僕は……」

少女はゆっくりと顔を上げた。呆然とした表情のまま、涙だけが溢れていた。息を呑む僕に、嗚咽に歪んだ声で、彼女は言った。

「馬鹿かよ、お前……」

「うん。たぶん、そうなんだ」

「たぶんじゃねえだろ……」

炎の明かりが消え、煙が残る。巨大樹獣は踏み荒らした焼け跡に顔を近づけ、何らかの審美基準を満たしたらしい焼け残りをかじり始める。今なら逃げられるか。デコイをもっとばら撒けば。僕は一瞬そう考え、それを切り捨てた。

拠点に帰還するための装置を使えば、否応無く目立つし、身動きも取れなくなる。十分な距離を稼げなければ、その隙を見逃してくれるとは思えない。そしてそれだけのデコイを作るための燃料など、もう残っていないのだ。……覚悟を決めろ。二人で生きて帰るために。

「ルチア。一緒に戦ってくれ」

「戦う……? 私に戦って欲しいのか……?」

ルチアが目を瞬かせる。その通りだ。だが、違う。彼女を助けたのは、何かをさせるためじゃない。

「違うよ。……君が生きるために戦うんだ」

「どう違うんだよ……?」

「それは……あとで一緒に考えよう」

上手く説明できる気はしなかった。それを彼女に教えるには、まだ時間がいる。

巨大樹獣に損傷はない。当然だ。あの炎は目くらましに過ぎなかったのだから。それでも燃料の消耗は激しく、残量メーターは少ない。ナパームもすでに全弾撃ち尽くしている。絶望的な状況。

「だから、今は。一緒に」

「……ちょっと待て。すぐ終わる……」

ルチアは目を閉じ、深呼吸した。再び目を開けた時には、彼女は戦士の顔に戻っていた。

「それで……どうすんだよ。戦って勝つ気か? 何とかして逃げるのか?」

目の端に涙を残したまま、ルチアはいつもの調子で言った。僕は苦笑いして答えた。

「ひとつだけ……僕に、作戦があるんだ」


最終話

バキバキと、何かが砕かれる音が聞こえる。おそらく、巨大樹獣が硬いものを咀嚼する音なのだろう。ガーデナーが食われるときは、どんな音が響くのだろうか。立ち向かうと決めても恐怖は消えなかった。

それでも僕らは、進まなければならない。

「狙うのは、あの足の上の方だ」

「どの足だ? ナイフの刺さった……」

「どれでもいい。でも、そこの方がいいかも」

「ハッキリしないな」

その通りだ。ここは正確に伝えなければならない。焦る頭を無理やり冷やし、思考を整理する。

「その……導管の流れを、途中で止めるんだ」

僕は結局、大まかに言った。

「止める?」

「全身を爆破するには燃料が足りない。でも足一本ぶんくらいなら……」

「つまり、あの足を一本の木に見立てて爆破する、ってことか」

ルチアが補足した。なんとか伝わってくれたようだ。

「その通り」

「確かに、あれだけデカいんだ。足一本でも折れれば、自重で動けなくなるかもしれねえ……それで、どうやって流れを止めるんだ?」

「外からナイフを突き立てる」

巨大樹獣の後ろ足に、ルチアが深々とぶっ刺した小型ナイフ。あれは僕のガーデナーにも装備されている。刺さった刀身が導管を塞げば、流れを寸断させることができる。

「……簡単に言ってくれるな。お前、刃渡りがどのくらいかわかってるか?」

「わかってる。短すぎるって言うんだろ」

導管は大抵、樹獣の中心部から放射状に、複数本が通っている。この樹獣もそうとは限らないが、もしそのパターンだとすれば、届くかどうかは五分。

「外皮の硬さも」

「相当無茶をしないと刃が立たないだろうね」

「なら話は早いな」

「ああ。頑張ろう」

「待て」

ルチアが手振りで遮った。

「いいか? お前……」

「上手くいけば成功する」

僕はきっぱりと言った。

「そして、他の手立てはない。思いつく時間もない」

「そりゃ、でも……」

「可能性はゼロなのか?」

「ゼロってわけじゃねえさ。だけどよ……」

「なら、やろう」

悠長に会話できる時間は、刻一刻と終わろうとしている。巨大樹獣は食事を終え、再び立ち上がった。奇妙な獲物を喰らい、己の血肉とするために。

「無茶だ」

「無茶でもやるんだ!」

僕は力強く言った。ルチアが目を丸くした。

「僕は……ずっと立ち止まって生きてきた。大きな夢だけ抱えて、その重さに押し潰されて。結局、何一つ行動せず、家の中で嘆いてただけだったんだ。でも、今は違う……!」

「お前……」

「この星の謎を解き明かしたいって、あの船に乗り込んだ! それでようやく夢に一歩近づけたんだ! 行動しなくちゃ何も変わらない! だから!」

震えは取れない。恐怖は消えない。それが僕だ。でも、もう一つ確かな事実がある。先にあるものに憧れて、僕自身がこの道を選んだことだ。それならば。そこに進むためには、一歩づつ歩むしかない!

「だから……」

「この作戦の問題点は、三つだ。一つは」

ルチアが遮った。

「私の方でも奴の外皮を突き破り、拳をブチ込む必要がある」

「あ……」

そうだ。僕も見ていたではないか。鬼神のように暴れたルチアの攻撃を、全く寄せ付けなかった樹獣を。

「だがな。そりゃ問題ない」

「えっ?」

「もしかすると、奴の面の皮……面じゃねえな。にかくブチ破れるかもしれねえ場所がある。左の前足、その下の方だ。色がおかしい箇所があるだろ」

「え? えーっと……」

僕は敵の姿を思い起こそうとする。

「お前が狙うのは、その真上だ。そこでせき止めろ。あとは私が、下から燃料を叩き込んで爆破する」

とにかく、ルチアの狙う場所の真上ということか。僕が頷くと、彼女は続けた。

「で、もう一つだが。お前……そんな高い位置にどうやって行くんだよ?」

「そっちは僕に考えがあるよ。説明してる暇はないけど……可能性はある。最後の一つは?」

「成功するかが、奴のご機嫌次第ってことだ。アイツが痺れを切らして足を振り上げ始めたら、チャンスはなくなる」

それは想定もしていない可能性だった。背中に冷や汗が流れる。

「……迅速に行かないとね。それより君の方は? 上手く行きそうなのか?」

「可能性は、ある」

ルチアは力強く言った。僕はほんの少し逡巡し、頷いた。

「やろう、ルチア。僕らならきっと上手くいく」

「ああ。頼むぜ、その……ショウマ!」

お互い、根拠などなかった。でもそれ以上、言葉はいらなかった。僕らは二手に分かれ、機体を走らせた!

(大丈夫……大丈夫だ。上手く行く。行かせる!)

立ち上がった巨大樹獣。その胴体の真下へと飛び込む。左の前足。そこを狙う。ルチアがしたように、ツルに弾かれて!

ブォン!

目の前を何かが通り過ぎ、右後ろで何かが爆ぜ飛んだ! 遠目で眺めていたよりも、体感の動きはずっと早い。見られるモニターを全て見て、最適なポイントを割り出そうとする。

ルチアはすでに目標地点に到達している。後は彼女を信じろ。僕が成すべきことは、高らかに宣言した無茶を押し通すことだ!

左前方からツルが飛んでくる! 僕は右へ避ける! そのさらに右をツルが通過した! やはり実力は追いついていない!

「それでも僕は! 戦場にいるんだ!」

動きを最小限にしつつ、運を天に任せ、ツルをかわし続ける! 右後方から新たなツルが飛ぶ! これが最適の角度だ! 歯を食いしばり、衝撃に備える!

パ ァ ン … …!

「ぁぐッ……!」

背中をしたたかに打たれ、一瞬、意識が飛んだ。重力が体をシートに押し付ける。頭を気合いで揺り戻し、モニターを覗く! ガーデナーは今、左前足へ……ルチアの上方へ向け、飛んでいる!

僕は荒く呼吸した。耳鳴りが、心臓がばくばくと鳴る音以外を遮る。強烈な風圧が機体に圧しかかる。だが樹獣のツルは、それよりもなお強い力で、僕を弾き飛ばす!

格納されたナイフを取り出すのは、何度も訓練した動きだった。だがこんな極限の状況下は、当然想定していない。ただ自分を信じて、誤差修正を繰り返し続ける。1……2……5……10回を越えたころ、なんとかナイフを掴みとった。あとは正眼に構える。それだけだ。それだけの動きが……

「間に、合わ……!?」

ナイフを取り出す動きに時間を取られすぎた。正面モニターの一面に樹皮が広がる! あと何秒ある!? 測る余裕は無い! 間に合わない、その可能性を頭から振り捨てる!

「間に合えぇぇぇぇえええッ!」

腕の関節が軋む! 水中にいるかのような、ぎこちない動きで、ナイフを突き出す!

ズ ゥ ゥ  ゥゥ ゥゥン……!

今までに体感したこともない、強烈な衝撃。圧倒的な暴力が機体全体を刺し貫き、走り、僕の元にまで伝わった。耳をつんざく轟音とともに、僕の意識は途絶えた。


◆ ◆ ◆


「やっぱりだ……!」

樹獣の左前足、その根本は金属のような装甲で覆われていた。父のガーデナーだ。樹獣に取り込まれたそれを見て、唸る。微細なペイントミスすらも、そのまま残されている。そして今、重要なのは。

「関節が、そのまま残ってる……!」

人間がそうであるように、ガーデナーにも関節はある。関節は柔軟な動作を可能とする反面、脆い。

なぜそんな部位が残っている? ……知れたことだ。こいつは『何か硬いもの』を取り込んだだけで、『どうして硬いのか』まで理解できてはいないのだ。

「鎧でもまとったつもりかよ。クソが……!」

同時に、そんなくだらない知性の持ち主が、父をこんな目に遭わせた……その事実への怒りが湧きあがる。そして、躊躇いが。

父はもう死んだ。ここにあるのはただの残骸だ。粉砕するのに遠慮はいらない。圧死した同僚のガーデナーに火を放ったように。

それでも無意識に湧いてくる恐怖を、ルチアは意識する。今は、その感情に飲まれるわけには行かない。息を深く吸い、吐く。この所作も父が教えてくれた。もう一度息を深く吸い、吐く。

「親父……」

腕を大きく引き、溜めを作る。父の笑顔が脳裏をよぎり、目の前の残骸と重なり合う。ルチアは息を深く吸おうとして、止めた。

「親父、私は……」

私は、何なのだろう。何故今戦っているのだろう。ただ生きて欲しい。ショウマはそう言った。その言葉の意味は今でもわからない。

物心ついてからずっと、何かを対価として差し出すことでしか、何も得られなかった。ただ生きる。その行為が彼にとって何のメリットがある? 会社の人間は親切にしてくれた。でもそれは、私の戦闘能力を見込んでのことだ。少なくともルチアはそう捉えていた。

生き残るために一緒に戦って欲しかった? それは否定された。それに、もしそうなら、逃げていればよかったのだ。彼は今、彼女と一緒に、無謀な戦いへ身を投じている。完全に非合理的だ。

だが、それゆえに……惹かれるものがあった。それは、既知の範囲で生き続けた彼女が、初めて抱いた好奇心だった。その感情を言葉でどう表すのかを、彼女は知らなかった。だからただ叫び、行動した!

「私は……! 知りたいんだ!」

拳を叩き込む! ギィン! 弾き返される! なおも叩き込む! 二撃、三撃、四撃! 関節にヒビが入る!

「うわぁぁぁああああッ!」

言葉にならない叫びを上げ、ルチアは殴り抜けた。関節が砕け、比較的柔らかい木部に拳が触れたようだった。腕を引き抜き、構える。処刑のための拳を! ……叩き込む!

メキメキとくぐもった音が響く! 巨大樹獣の内部へ完全に拳が食い込んだ! だが、燃料を入れるのはまだだ! 相棒へ通信を送る!

「ショウマ! こっちは大丈夫だ! ショウマ……!?」


◆ ◆ ◆


「うっ……」

頭が痛い。ルチアの声が聞こえる。何かぬめったものが頭から流れている。無意識的に手を伸ばし、拭う。赤い。

「これ、は……」

「大丈夫か!? 返事をしろ!」

「ルチ、ア……?」

意識がおぼつかない。何をしていたのか。そうだ。あの巨大な樹獣へ……おかしいな、ルチアはぶつかってもピンピンしてたのに。

「ナイフ、は……」

僕はモニターを確認する。全面が真っ暗になっている。激突の衝撃は、ナイフと機体が平等に受けた。その余波がカメラを砕いたのだろう。かろうじて残ったのは、正面中央。

「……!」

映し出された光景に、僕は息を飲んだ。刀身が露出している! 浅い……これでは導管に届いている可能性など、ゼロだ!

「早く降りろ! 燃料をブチ込む!」

「まだ、だ……!」

「ツルが来るんだぞ! 急げ!」

「好都合だよ……!」

「何考えてるんだよ! オイ!?」

ナイフを握りしめたまま、身動き一つしない。自殺行為だ。僕からは見えないが、ツルが狙っているというのに。だが、これが今の状況の最適解のはずだ。足りない威力を補うために、僕とナイフを以って、釘とする……!

パ ァン!

「ぁぐッ!」

右から衝撃!

パァアン!

左から衝撃! 損傷箇所のチェックなどする暇はない! 後ろからの一撃を貰うまでは、ナイフだけは意地でも手放さない! 柄から離れかけた手を、再び握りしめさせる! そして!

バキ ィ ン!

「ごふッ……!」

口から何かが溢れ、首筋を生温いものが濡らす。痛みはとうに麻痺していた。僕はただ、作戦の遂行だけを確認した。刃は、完全に食い込んでいた。

「シ……ウ…ッ…!」

ルチアの声がぼんやりと聞こえる。そうだ、逃げないと。ナイフから手を離す。機体が重力に従い、落ちていく。

僕は夢を見る。意図して夢を見ようとする。世界が混濁し、初めて掴んだ手がかりの光景が、現実と重なり合う。現実へ立ち向かう勇気を勝ち取るために。僕は機体に落下の衝撃に備える態勢を取らせた。まだ死ねない……! 耐えてみせる!

 シ  ン……

機体はどうやら、無事に着地に成功したようだった。通信越しのルチアの表情が、安堵に変わったように見えたからだ。意識を揺り戻す。戻らない。それでも良い。少しでも現実を見ようとする。彼女は燃料を注ぎ込み……点火した!

ド ォォォ ォン……

おぼろげな視界で、僕はそれを見た。中規模な爆破が、樹獣の左前足を、内側から吹き飛ばした。樹皮が爆ぜ、飛び散り、あるいは空中で燃え尽きて消えた。だが、それでも、完全に吹き飛ばすには足りない。一部の木部と、反対側の樹皮が残った。樹獣の巨大な体が、建物の柱が崩されたように、悶えた。

「逃げるぞ、ショウマ!」

ルチアが僕の方へと走って来る。僕はそれに従い、ほとんど無我夢中で機体を走らせた! 僕らが胴体の下から出終えると、ルチアはありったけのナパーム弾を焼け残りに撃ち込む!

「ダメ押しってやつだろ!」

連続した爆炎が、吹き飛び損ねた箇所を完全に焼き払う。巨大樹獣がついに倒れ、無様にもがいた。だがそれ以上の攻撃は、今の僕らには不可能だった。

「ショウマ! 止血は!」

「……気合いで……」

「なんとかなるかよバカ! 急げ!」

「距離を、まだ……」

「あの様子じゃ大丈夫だ!」

ルチアが心配した表情で急かす。僕は機体の操作を止め、備え付けの応急キットを取り出した。

それから僕らは、ひとまずの応急措置を済ませると、一目散に走った。振り返っている余裕はなかった。背部カメラが残っていれば、もっと安心した気持ちで走れただろう。だが、無いものをねだっても仕方がなかった。

たっぷり3時間は走った気がした。時刻表示には15分と書かれていたが、体感ではそう思えた。少し拓けた土地に来て、ようやく僕らは立ち止まる。

「ここまで来れば大丈夫だろ……!」

ルチアが言った。彼女はハッチを開け、コックピットから何かを放り捨てる。30cm程度の超小型ロケット……つまりは帰還のための装置だ。

「データは……?」

僕が問うと、彼女は入力済みだと答えた。スダースの大気は、地球のものと酷似している。だがその上層……大気圏外は、何らかの物質によって覆われている。それは電波を遮断し、宇宙からの観測をも不可能にする。入社後に知ったことだが、その謎も未だに解明が進んでいないらしい。

ロケットは青空に煙の軌跡を描き、宇宙へと打ち上がった。あれが電波を送信し、会社に僕らからのメッセージを伝える。帰還のためのシャトルを送ってくれ、と。

音の無くなった森で、僕らはしばらく待った。巨大樹獣の方を一度振り返ったが、その姿は消えていた。二人とも、無言だった。失血が眠りへ誘おうとする。その誘惑に堪える。

「あのさ……」

ルチアがおずおずと言った。

「傷、大丈夫か?」

「え? ああ……痛くはないよ」

「んなわけあるか!」

「それが、あるというか……何も感じないというか」

「それ、もっとマズいぞ……!」

ルチアは慌てた。僕は噴き出した。結局、彼女の何をそんなに恐れていたんだろう? 彼女のことを少しだけ知った後では、あの恐怖はひどく馬鹿馬鹿しいことに思えた。

「でも、上の人も酷いな……さほど危険じゃないなんて。あんな怪物がいるっていうのに」

僕が愚痴をこぼすと、ルチアは目を丸くした。

「……お前、気づいてなかったのか?」

「何を?」

「降下地点からあの場所まで、一時間は歩いたんだぜ」

「えっ……嘘だろ?」

「本当だ! 移動の時、なんで文句言って来ねえのかって思ってたら、気づいてなかったのか、お前は!」

確かに考え込んでいたが、そこまでだったとは。僕は自分自身に呆れ、苦笑した。

やがて真っ青な空を割り、大型のシャトルが降りてきた。僕らはそれに乗り込んだ。中には三人分の機体の収納スペースがあった。二人とも、また無言になった。僕が俯いている間に、ルチアはテキパキと装置を操作し、シャトルを発射させた。

身に掛かる重力が消え、軌道が安定する。シャトル内のモニターには、周辺の光景が映る。無論、今飛び去ったばかりの、スダースの姿も。

緑の星スダースは、宇宙からはありふれた死の星のように映る。スダースを覆う物質が、そのように見せているらしかった。僕らの乗ったシャトルは、事前に入力された目的地へと帰還して行く。

謎へと近づくための、冒険。頭の中ではキラキラと輝いていたそれは、現実には血と泥に溢れていた。そして僕は、夢の中の冒険者ではなく、現実の弱い僕の力で、それに立ち向かわねばならなかった。華々しい勝利など得られず、謎の答えも得られぬまま、ズタボロにされて、なんとか逃げ延びた。

それでも、次へと続くチャンスは勝ち取ることができた。行動を起こし、納得のいかない結果が帰った。だから次はもっと、上手くやる。夢の先へと辿り着くためには、そうして進むしかないのだと、僕は悟っていた。

スダースの謎へ近づくためには、より深い調査が必要だ。あんな怪物にも、また出会うかもしれない。訓練には以前にも増して真剣に取り組まねばならないだろう。それからは。血の気の引いた頭では、上手く考えられそうになかった。

次第に睡魔が襲いはじめた。半分降りたまぶたで、僕は周りを眺める。開きっぱなしの通信の向こうでは、ルチアがあどけない顔で眠っている。シャトル内のモニターが、進行方向の光景を映し出す。

音のない闇の中に、無数の星が瞬いている。その中にひときわ目立つ、大きな宇宙船。あれの名は『カルティベイター』。僕らの所属する開拓団の、本拠地だ。

(終わり)

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。