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パンダ考

 先日、上野動物園のシャンシャン、和歌山アドベンチャーワールドの永明(えいめい)、桜浜(おうひん)、桃浜(とうひん)の計4頭のパンダが中国に返還された。結構な量のニュースが流れ、NHKのクローズアップ現代などでも取り上げていたこともあり、多少関心を惹かれ、自分なりにちょっと整理してみた。

日本のパンダ事情

 現在(2023.2.24時点)、わが国には、東京の上野動物園、神戸の王子動物園、和歌山のアドベンチャーランドの三か所で計9頭のパンダが飼育されている。いずれも中国からの貸与である。それぞれ貸与条件が定められており、貸与期間が経過すると返還されることになるが、具体的な返還時期については、諸般の状況を踏まえて、個別に協議が行われ決定される。(※貸与条件については後述)

(1)上野動物園(4頭)
 今回返還されたシャンシャンは、2017年6月生まれ。日本で生まれたパンダも所有権は中国にあり、生後24か月以降中国に返還するという2年ルールにより2019年6月以降返還されるはずだったが、新型コロナの影響で移送や受入れ環境が整わなかったことから、返還時期が約3年延びたもの。シャンシャン返還後に、在園しているのは下記の4頭
   ・リーリー(オス:父) 2011年2月来園
   ・シンシン(メス:母) 2011年2月来園
   ・シャオシャオ(オス)    2021年6月上野生まれ
   ・レイレイ(メス)      2021年6月上野生まれ
 リーリーとシンシンは2021年2月が貸与期限だったが5年延長され2026年2月までとなっている。2021年6月生まれのシャオシャオとレイレイは2年ルールにより2023年6月以降返還になるが具体的な時期については今後の調整となるだろう。

(2)王子動物園(1頭)
 当初はつがいで貸与。繁殖については、2007年に死産、2008年に生後4日で死亡と成功していない。2010年9月にオスのコウコウが死亡。現在、在園しているのはメス一頭。
   ・タンタン(メス) 2000年7月来園  
 最初の10年間経過後、2回にわたり5年間延長。その後1年ずつ3回延長。現在の期限は2023年12月。高齢で繁殖可能期は過ぎているので返還は決まっているが、心臓疾患があるため返還時期については状況が流動的。神戸市は、新たなパンダ貸与を受けたい意向のようだが、繁殖実績がないことから新たな貸与についてかなりハードルが高い模様。

(3)アドベンチャーワールド(4頭)
 今回返還された永明(えいめい)(オス)は1992年中国生まれ、94年に日本に来て以来28年、現在30歳。最初の奥さん梅梅(めいめい)との間に6頭、二番目の奥さんの良浜(らうひん)との間に10頭の子供をもうけたスーパーパパ。ちなみに、梅梅は来園時に別のオスとの間の子供を身ごもっており、来園後に出産。生まれた子供が良浜。母と娘を順番に妻にした形。梅梅は2008年12月に亡くなっているが、永明と良浜との間に最初の子供が生まれたのは2008年8月…….。人間ならば議論がありそうだけど、パンダなので気にしない気にしない。一緒に返還されたのは、桜浜(おうひん)と桃浜(とうひん)。いずれも2014年12月生まれ。8歳になり繁殖適齢期である。アドベンチャーワールドの場合、中国国外の動物園としては圧倒的なは繁殖実績を持ち、これまでも既に同園で生まれた11頭のパンダを返還している。2年ルールに必ずしも縛られていないようであり、繁殖適齢期になって返還することが多いようだ。ここは中国の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地の日本支部というステイタスも持っているので、他の動物園とは違うルールがあるのかもしれない。現在、残っているのは次の4頭。
  ・良浜(らうひん:母)(メス)
  ・結浜(ゆいひん) (メス) 2016年9月生まれ
  ・彩浜(さいひん) (メス) 2018年8月生まれ
  ・楓浜(ふうひん) (メス) 2020年11月生まれ
アドベンチャーワールドの繁殖実績を考えると新たにオスのパンダが貸与されてもおかしくはない。ただ、新たなパンダの貸与を決めるのは、最終的に中国政府であり、現在の緊張下にある日中関係が影響する可能性大である。

パンダ外交

  パンダは、愛くるしさと希少性があいまって、非常に人気のある動物であることから、中国はこれを古くから(1941年に蒋介石政府が米国に送ったのが皮切りと言われている)、外交ツールの一つとして活用してきた。「パンダ外交(Pand Diplomacy)」という言葉があるくらいである。
 1972年に日中国交正常化を記念して「友好」の象徴として我が国に贈与されたカンカン、ランランは一大社会現象となり、私は当時関西の在住の小学生であり直接上野動物園にいくことはできなかったが、過熱したパンダブームは結構記憶に残っている。
 中国政府は、1980年代半ば以降、パンダの提供方針を贈与方式から「繁殖研究」などを名目とした有償の貸与方式へと変更している。なお、この中国の政策転換について、中国が1981年にワシントン条約(パンダは同条約の付属書Ⅰに掲載)に加盟したことに起因するとの説明を目にすることがある。確かにワシントン条約への加盟が贈与から貸与へとの政策変更の大きな要因になったことは間違いないと思われるが、ただし、同条約はあくまでも商業目的での取引を規制しているものであり、政府の行為について贈与がだめで貸与ならOKといったようなことを規定しているものではないことに留意する必要がある。むしろ同条約を名目にして、パンダ提供を「繁殖研究などの学術研究目的での貸与」という中国にとってより都合のよい形で行うという政策転換を行ったものであり、中国のしたたかさの表れとみるべきであろう。
 なお、中国が実際にパンダの保護、繁殖に力を入れていることは事実であり、一時期1000頭くらいにまで減少した中国国内の個体数が2000頭近くにまで増加し、IUCN(国際自然保護連合)が作成している「絶滅のおそれのある世界の野生生物のリスト」、いわゆるレッドリストの最新版(2017年版)において、危機ランクがEN(Endangered:絶滅危惧種)からVN(Vulnerable: 危急種)に一ランク改善したという成果もあげている。すなわち、中国にしてみれば、繁殖研究目的による各国との「協力」という現在の方針は、十分な成果をあげているという対外的主張もできる状況になっている。外交面ではこのような名目は結構重要である。

貸与条件

 現在、世界には中国本土以外に、香港、マカオ、台湾も含め十数か国の20以上の動物園でパンダが飼育されている。その貸与条件は必ずしも同一ではないようだが、概ね次の通りといわれている。
①雌雄一対のパンダについて、貸与機関10年、保護協力費(実質的な借り賃)年間約100万ドル(発展途上国は50万ドル程度の場合もある模様)
②貸与期間中に赤ちゃんパンダが生まれた場合は、その所有権は中国。生後後24か月以降、中国は返還を求めることができる。
③赤ちゃんが生まれると数十万ドルを追加の「保護協力費」として支払う

これを日本の動物園に照らしてみると、①は上野動物園の場合年間95万ドル、王子動物園は当初100万ドルだったが、オスが死んで一頭になってからは年25万ドルになっている(いずれも議会での都側、市側の答弁に基づく)。アドベンチャーワールドの場合、民間施設であり金額は公表されていない。②は、生後24か月以降どの時点で返還になるかは個別ケースごとの交渉事のようである。上述のように、2歳ですぐに返還している例はあまりない。③については、誕生時一回きりのものであり、「赤ちゃん税」などといわれることもあるようだが、少なくとも上野動物園に関する協定ではこの費用についての取り決めはないようである。アドベンチャーワールドについても繁殖ペースを考えると、高額の「赤ちゃん税」を払っているとは考えにくいが、詳細は不明である。

高いコスト

 コストに関して、参考までに、他の動物との比較を見ておく。2008年に2頭のパンダの日本への貸与が公表されたときに、東京都議会において、上野動物園への受け入れを反対する議員と都の担当者の間で、概ね次のような趣旨のやりとりがあった。

(議員)保護のための支援費を払って貸与を受けている事例は何があるか。それはいくらか。
(都担当者)上野動物園で、キリンの仲間であるオカピは貸与期間中、年間五千アメリカドル、日本円に換算して約五十四万円、ニシローランドゴリラは貸与開始から五年間で年間一万アメリカドル、約百八万円を、スマトラトラは二百万円を野生生物保護の取り組みとして支援。
(議員)最近購入した高額動物の価格はいくらか
(都担当者)(2007年度に購入については)価格の高い順にオオアリクイが二百七十五万円、ツチブタが百万円、コビトカバが九十万円。
(議員)上野動物園で価格の高い動物はいくらか。
(都担当者)(動物園が実務の必要上行っている評価価格であり市場価格ではないとしつつ)オカピ3000万円、インドサイ3000万円、ニシローランドゴリラ2500万円。

これをみると、パンダの貸与関係の費用が他の動物と比べ著しく高いのがわかる。
 また、中国への支払いに加えて、動物園は餌として大量の新鮮な竹を確保しなければならず、さらに専用のパンダ舎も必要になる。これらをすべて合わせると、パンダはどこの動物園でも最も飼育コストのかかる動物となっている。動物園の中には、高コストに耐えられず、貸与期間の半ばで返還を検討しているところもあるようである。(※最近ではフィンランドの民間動物園が返還を検討しているとの報道がなされている)
 

反中感情

パンダの貸与に対する批判は、高いコストという面もあるが、それとともに中国という国に対する批判的な見方とセットになっていることがほとんどである。すなわち、高い金を払って唯々諾々とパンダを受け入れているが、そもそも支払った金が本当にパンダの保護、繁殖のために使われているかもわからない。また、パンダを受け入れていることが、少数民族迫害、人権侵害、尖閣諸島問題、軍拡・膨張主義などの中国が抱えている多数の問題を日本が容認しているというような、誤ったメッセージを国際社会に与えることになるのではないか、という主張などがその代表である。
 このような「法外な金額を払って中国の外交戦略の片棒をかついでいる。希少動物はパンダだけじゃないだろう。」という批判に対しては、「パンダは可愛い。子供たちに笑顔と元気を与えてくれる。大人の政治を子どもの世界に持ち込むな。多少のコストを払っても、それが希少動物保護につながるならいいじゃないか。」 という意見が対立するのが常である。

結局は日中関係の問題

 結局のところ、これまでもそうだったし、今後もそうだろうが、パンダが中国外交の戦略的ツールである限り、貸与の可否は、基本的には大きな日中関係の文脈で決まるのものである。ただし、東京、神戸、和歌山には個々の局所的な事情があり、状況によっては局所事情が全体状況に影響を与える可能性もあるかもしれない。特に、名目に沿って大きな繁殖成果を上げているアドベンチャーワールドに対する新規のオスの貸与がどうなるかは要注目である。


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