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エコノミスト誌の”glass-ceiling index”について(雑感)

 3月8日は、国連が定める「国際女性デー(International Women’s Day)」である。英国の経済誌「エコノミスト」は、毎年この頃にOECDの主要29か国を対象として社会活動における女性の役割と影響を評価する指数である” glass-ceiling index” を発表している。今年も3月6日に2023年版の指数が発表されたのだが、日本は29か国中28位だった。なお最下位は韓国、27位はトルコ、少し意外だが26位はスイスとなっている。このワースト4は、現行の調査形式となった2017年以降、順位も全く変わらず、不名誉な位置を占め続けている。なお、上位はこの種のランキングには圧倒的に強い北欧諸国。アイスランド、スウェーデン、フィンランド、ノルウェイで、こちらも2017年以降この4か国が順位は入れ替わりつつベスト4を占めている。

女性の働きやすさランキング?

 glass-ceiling indexについて、日本のマスメディアは「女性の働きやすさランキング」と報じている場合が多い。NHKニュースでも「女性の働きやすさを評価したランキング」と説明していた。glass-ceilingは「組織内で昇進に値する女性が、一定の階位以上に昇進できないという目に見えない障害(ガラスの天井)があるような状態」を表す言葉である。このIndexについて報道する際に「ガラスの天井」という直訳では伝わりにくいというのはわかるのだが、それでも glass-ceilingを「女性の働きやすさ」と言い換えてしまうのは微妙に違和感がある。そのまま「ガラスの天井指数」といって解説を加えるか、あるいは「女性の社会進出の程度」くらいの表現にする方がいいのではないかと個人的には思う。

個別の指標を見てみよう

 このindexは10の指標で構成されている。この種のランキングは総合順位や特徴的な(特にランキングの低い)一部の指標だけが取り上げられがちだが、ここでは個別の要素を一通り眺めてみて、感じたことを書いていこうと思う。

(1) Higher education (高等教育)
 この指標は、高等教育(tertiary education)機関への進学率の男女比較を示している。まったく不勉強だったのだが、日本も含め女性の進学率の方が男性より高いのが一般的であることを知らなかった。OECD平均は、女性が男性を7.3%上回っている。日本は2.9%で全体の23位。1位はアイスランドで16.4%。オーストリア、韓国、スイス、ドイツの4か国は、女性の進学率が男性を下回っている。ドイツ、スイスなどが低い数値なのは小学校卒業時点で将来方針の大枠を決めてしまう教育制度も要因のひとつかもしれない。いずれにしても、短期大学や専門学校の状況も含め
、それぞれの国の高等教育制度の在り方が影響する指標である。

(2) Labour-force participation rate(労働参加率)
 この指標は、労働参加率の男女比較を示している。女性の労働参加率が男性より高い国はない。OECD平均は女性が男性を15.3%下回っている。日本は13.3%下回っており全体の24位。1位はフィンランドで3.2%下回っている。日本が23位であるにも関わらずOECD平均を上回っているのは、トルコが39.6%と大きく平均を押し下げているためである。アラブ諸国の女性労働参加率が著しく低いという実態があることを考えるとトルコがイスラム国家であることが影響していると思われる。なお、トルコ以外の下位国は、韓国、イタリア、ギリシアなどがある。日本も含めて、いずれも「女性は家庭を守る」という印象を伴う国であることは興味深い。

(3) Gender wage gap  (男女賃金格差)
 この指標は、男女の賃金格差を示している。女性の賃金が男性を上回っている国はない。OECD平均は女性の賃金が男性を12.0%下回っている。日本は22.1%下回っており全体の27位。1位はベルギーで格差は3.8%にとどまっている。日本、イスラエル、韓国がワースト3で他の国とは相当開きがある。徐々にではあるが一貫して改善傾向にあるのがわずかな救いである。

(4) Net child-care costs (実質保育費用) 
 この指標は、平均賃金に占める実質保育費用(net child care cost)の割合を示している。実質保育費用は、保護者が労働している間に子供を施設に預ける際の費用(保育施設にかかる費用)というイメージで理解してよいだろう("net"とあるのは各種控除、補助があればそれを差し引いた実質負担という意味)。OECD平均は15.0%。日本は14%で全体の11位。1位はイタリアの0%。すなわち実質負担なし。
 この指標については、二点留意する必要がある。一つは日本の数値。日本の数値は、2017年から2018年にかけて大きく落ち、2019年から2021年にかけて大きく改善している。非常に大きな変動なので、おそらく子供関係の補助について変動があったのだと思うが、どういう制度の変更でこのような大きな統計上の変化が出たのかが気になる。
 もう一点は、イタリア、トルコ、韓国、ギリシアという女性労働参加率が低い国が上位に来ている点である。この指標は、両親とも働いているという前提のものなので、労働参加率とは関係ないとは思うのだが両者の関係が少し気になるところではある。女性労働参加率が低い国は、これを引き上げるために、政策的に保育コスト下げている(補助を充実させている)ということなのだろうか。

(5) Paid leave for mothers (母親のための有給休暇)
 この指標は、母親が平均賃金換算で何週間分の産休・育休を取得できるかを示している。例えば10週間の産休がある場合に、その間の給与保障が100%であれば10週間、給与保障が50%であれば5週間とカウントしている。OECD平均は30.8週間。日本は35.8週間で全体の9位。1位はハンガリーの79.6週間である。ちなみに、日本の35.8週間は、最長取得可能産休期間(14週)に休業中給与付与率(67%)をかけたものと最長取得可能育休期間(44週)に休業中給与付与率(59.9%)をかけたものを足し合わせて計算している模様。これは、制度上取得可能な最大日数を表しており、実際に取得された実績を示しているものではないことに注意すべきである。
 この指標で問題となるのは、日本のように制度上の数値で示されている国と実際に取得した実績で示された国が混在しているのではないかと思われることである。比較グラフをみるとよくわかるが、日本の数値は2017年以降毎年35.8週間で一定である。これは制度変更がない以上当然のことである。ドイツやポーランドも一定の数値で固定されており、おそらく制度から算定される数値を用いているものと思われる。他方、毎年数値が変動している国も数多くある。毎年制度変更を行っているため数値が変動しているという可能性もあるが、実績ベースの数字なので変動しているととらえる方が自然なように思える。仮に、制度ベースの数値と実績ベースの数値が混在しているとするとこの指標の信頼性はかなり下がることになる。
 
(6) Paid leave for fathers (父親のための有給休暇) 
 この指標は、(5)の指標の父親版である。父親が平均賃金換算で何週間分の育休を取得できるかを示している。OECD平均は6.5週間。日本は31.9週間で他をぶっちぎりでの1位。ちなみに2位は韓国の25.2週間である。日本の数値は、最長取得可能育休期間(52週)に休業中給与付与率(約60%)をかけたものと思われる。2017年から2020年までは30.4週間だったが2021年に31.4週間となり、2022年は31.9週間なので、給与付与率に制度変更があったのかもしれない。この指標についても(5)と同様、制度と実績の数値が混在している可能性が高い。
 日本は制度ベースの数字だが、制度が充実しているのは非常に良いことであり、それ自体は肯定的に評価されるべきである。あとは、この制度を活用して、多くの父親が育休を実際に取得するようにするのが重要。男性の育休取得率、取得日数とも徐々に増加傾向にあるが、まだまだ取得希望と取得実態に乖離があるのが実情。これについては制度面での1位であることに安住してはならない。

(7) GMAT exams taken by women (女性によるGMAT受験)
 この指標は、デファクトのビジネススクール共通試験となっている GMAT(Graduate Management Admission Test)の女性受験者比率を示している。OECD平均は36.8%。日本は25.1%で全体の27位。1位はフィンランドで52.6%。各国とも比較的毎年の変動の大きい指標ではある。(7)の数値は、中長期的には(8)や(9)にも影響してくると思われる。

(8) Women in managerial positions  (女性の管理職)
  この指標は、女性の管理職比率を示すものである。OECD平均は33.8%。日本は12.9%で堂々の最下位。1位はポルトガルの48%。この指標は、日本の女性の社会進出が遅れていることを示すものとして(10)とともに最もよく言及されるものである。28位は日本と企業風土の似ている韓国、27位はイスラム圏のトルコ。昔最下位であったトルコは微増ながら右肩上がりとなっているが、日本は完全横ばいでトルコに抜かれている状態。改善の道筋は見えていない。

(9) Women on company boards (女性の企業役員)
  この指標は、女性の企業役員比率を示すものである。OECD平均は30.1%。日本は15.5%で27位。1位はフランスの46.1%。この指標は(8)と見比べてもらうとわかるのだが、以前は各国とも相対的にかなり低く、そこから右肩上がり傾向にある。企業役員比率は、「ガラスの天井」が示される典型的なフィールドであり、各国ともこの比率をあげることを重要な政策課題としてきている。フランス、ノルウェイをはじめとしてクォーター制を導入している国も増えてきている。逆にいえば、欧米の企業文化風土においても「ガラスの天井」を打破するためには、一定の義務付けを行う必要がでてくる位難しい課題であるともいえる。日本においてはなおさらであるが、それでも(8)に比べると対象範囲が限定されるため、クォーター制まではいかなくても、voluntaryの目標などは設定しやすく、企業間のピアプレッシャーも効きやすいことから、日本においても右肩上がりで相当の伸びが示されている。

(10) Women in parliament   (女性の国会議員)
 この指標は、女性の国会議員比率を示すものである。OECD平均は33.8%。日本は9.9%でこれまた堂々の最下位。1位はニュージーランドの50.4%。これも(8)と同様、しょっちゅう言及される数値である。1割前後でずっと推移しており改善の兆しはみられない。クォーター制が議論される所以である。

全体として納得感はある

 私は以前に属していた組織で、一時期国際関係業務を担当したことがあり、諸外国のカウンターパートナーと顔を合わせてミーティングすることが結構あったのだが、相手が複数の場合、全員同性であるといった例はほとんどない。二人の場合はまだしも、3人以上の場合は皆無といってよかった。一方当方は、3人以下のチームだと男性だけで占められる場合は決して珍しくなく、4、5人規模になってようやく一人女性が入るか入らないかという感じである。私自身の実体験に照らしてもこの”glass-ceiling index”は、全体として納得感がある。

おまけ~統計の国際比較には要注意

 上記の(5)、(6)で各国のデータのベースが揃っているかどうかについて疑義がある旨触れたが、このようなデータの整合性の問題は他の8つの指標についても細かく詰めるとあるかもしれない。さらに一般化していえば、統計データの国際比較全般につきまとう問題である。OECD、IMF、国連など様々な国際機関、あるいは民間のシンクタンク、報道機関など多種多様な主体が様々な統計データを用い国際比較を行うが、最終的にはそれらのデータの出元は多くの場合各国政府であり、各国固有の制度の下で収取されたデータである。すなわち、各国の制度の内容や基盤が異なる場合、関連の統計データも完全に同一ベースで比較することが難しい場合があり、一定の抽象化を行うか、解像度を荒くすることによって「無理やり」比較している場合もなくはないのである。
 また、各国の公的な統計データがある場合はまだいいのだが、中には毎年各国に対してアドホックの調査を行い国際比較を行うようなものも存在する。この場合は、調査機関の事務局が各国にクエッショネア(質問票)を送り回答を取りまとめるという形式が多いが、各国の制度が異なるとクエッショネアの意図するところにぴったりあった回答をすることが難しく、回答する側も近似のデータを持ってきて回答欄を埋める場合や、クエッショネアの解釈によっては幅のある回答が可能な場合に当該国にとって最もよいパフォーマンスとなるようなデータを回答する場合もある。各国の回答の生データを見ると結構いい加減なものもあるが、これがいったん「OECD調べ」「IMF調べ」といったクレジットが付されると途端に権威あるデータとして流通することになるのである。”glass-ceiling index”のように、国際機関の統計を使って二次的な指数を作成する場合も同様のリスクを伴う。
 この種の指数、指標は、ざっと眺めるくらいであれば問題ないが、もし、これらを何らかの重要な方針決定に活用しようとするような場合は、指数、指標の元になるデータに遡って、その意義、信頼性等に十分留意することが必要である。

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