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ずっと頭の片隅にあった、あの本

たしか学生の頃だった、おしゃれなブックカフェのような本屋さんで、何気なく見ていた棚に気になるタイトルの背表紙を見かけた。

『I Love You の訳し方』

手にとってみる。

まず表紙のイラストに惹かれた。

パラパラとめくってみる。

様々な作家が作品の中で「I Love You」という想いをどんな言葉で書き留めたのか、

見開き1ページに1つずつ、
計100人の作家による100通りの愛情表現が紹介されている。

すごく魅力的で、欲しい、と思った。

今思うと、本屋の書棚で、しかも平置きとかではなく棚差しの一冊を、
偶然見かけて欲しいと思った本は、これが初めてだったのかもしれない。

でも当時学生だった私は、自分の懐事情を思い、1200円のこの本を買うことを躊躇した。それにまたいつか買えるだろう、今はいいや、と買わなかった。

しかしそれから、その本を書店で見かけることはなかった。

けれども、それからもこの本はずっと頭の片隅にあった。

いつか手にしたいと思った。
読みたいというより、手元に持っておきたい、という感覚。


最近、時間ができて、私比ではあるが、本をよく読むようになった。

この本のことを思い出した。
いや正確に言うと、ずっと覚えていたものを棚から下ろした感覚。

Amazonで検索してみると、おそらく絶版になっているのか、定価1200円の本が、4000円も超えて出品されていた。

うーん。ちょっと悩む。

ケチな私は、色々検索することにした。
中古だが、定価で出品されているものを見つけた。

ポチッとした。

届いた。

読んだ。

なんてことない、100の「I Love You」が紹介されているだけといえば、それだけなのだが、とても心地よい感覚。

ひとことで言うと、誰かにプレゼントなどで贈りたい本だと思う。
(でも、定価で新品が買えないんだなあ)

買ってよかった。この一連の体験含めて、とても思い出深い本になった。

最後に、せっかくなので、
私が気に入ったいくつかの「I Love You」を引用して、紹介します。

あなた様なしには、私の今後の芸術は成り立ちませぬ
もし あなた様と芸術とが両立しなければ
私は喜んで芸術の方を捨ててしまいます

谷崎潤一郎 『根津松子へ宛てた手紙』より

ああ、お前にはね、おれの仕事の間、頭から足のさきまで
幸福になっていて貰いたいんだ

堀辰雄『風立ちぬ』より

あたしがすきか、おねえさんが好きか、どっちが好きか、
はっきり言って頂戴。どっちも好きじゃいやよ

室生犀星『幼年時代』より

最早もう二度とは会えませんから言います、貴女も身体も
大切にして幾久しく無事でお暮らしになるように……

国木田独歩『恋を恋する人』より

思い出さないでほしいのです
思い出されるためには忘れられなければならないのが
いやなのです

寺山修司『思い出さないで』(新書館)より

あなたがたがしあわせになりますように。
そして、あなたのことを永遠に忘れられないだれかのことは、
どうか忘れてください。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン『アンデルセンーある語り手の生涯』(岩波書店)より

私の知らないところで、先輩はどんな時間を過ごしていたのでしょう。
私はそれがとても知りたいのでした

森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』より

愛しているから 愛していると云えないのです
許してください 私の不器用な沈黙を
私はあなたをとりかこむ空気になりたい
あなたの肌をむすぶ露になりたい

谷川俊太郎『十一月のうた』(二月から十一月への愛のうた/音楽之友社)より

おまえはおれにとって、かけがえのない女だ。
一緒に暮らしていて、まず、殆どといっていいほど、おれの神経にさわらないからな

津村節子『さい果て』(筑摩現代文学大系91/筑摩書房)より

疲れた君がひたすら海をみるための
小さな白い椅子でありたい

齋藤芳生『桃花水を待つ』(角川書店)より

逢いたい逢いたいと願い続けてきたのに、逢っている最中も逢いたくて、あなたに抱かれている最中も逢いたいと思い続けてしまったわたしには、いま目の前にいるあなたが、幽霊のように思え、そして、あなたがわたしと同じように、逢いたい逢いたいと思い続けていることを知ったとき、わたしたちは一人なのだと知らされたのです

植松真人『逢瀬までの。』(青空文庫)より

怖がらなくてもいいさ、僕はお前に惚れているんだもの、バカだね

北原白秋『福島俊子へ宛てた手紙』より

もう青春は終わったと思っていたのに

有吉佐和子『悪女について』(新潮文庫)より

きみを知る前の人生を忘れてしまいたい。ぼくはきみから始まり、きみで終わる、きみがすべて、きみだけを通して呼吸している

ジャン・コクトー『ジャン・マレーへの手紙』(東京創元社)より

私が生まれたのは、すでに二十四年生きたあとだった

ジャン・マレー『ジャン・マレーへの手紙』(東京創元社)より

カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕はもう、あのさそりのように、本当にみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』より

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