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わざわざ山奥まで訪れる価値があるレストランL'evo〈レヴォ〉

富山県南砺市利賀村。1000メートル級の山々に囲まれる山奥に、そのレストランはある。公共交通機関はなく、車でのアクセスが必須だ。富山駅からは1時間半、富山空港からも1時間以上かかる上に、山道をひたすら走らなければならない。すれ違う車もほとんどなく、村の人の姿もまばらだ。幽霊でも出てきそうな出口が見えないほど長く暗いトンネルを走り抜け、車一台しか通れない小さな橋を渡り、「こんなところに本当にレストランがあるのか」という不安を感じながら山道を登った先に、ようやくそのレストランは現れる。

甘鯛とじゃがいものクロケット、パセリの衣、ナスタチウム
赤ビーツのメレンゲ、鶏レバームース、カカオニブ

「恐れ入りますが、レヴォは不便です」
レヴォのウェブサイトには堂々とそう書かれている。それはまさに交通アクセスが非常に恵まれていないというその事実を伝えると同時に、山々に囲まれた自然豊かな場所にあるレストランであるということを誇りに思っていることが感じられる。豪雪地帯である利賀村は、冬には来訪者の車が雪でスタックしてしまうこともあるという。まさに秘境のレストランだ。

L'evo鶏

レヴォで提供される料理は「前衛的地方料理」と呼ばれる。それは一体どういう意味なのだろうか?これを理解するためには、ヨーロッパにおけるそれと日本における今までの地方料理を知る必要がある。

虎魚、ガス海老のソース、 独活、香椿(チャンチン)

ヨーロッパには、車で何時間も行かなければ辿り着けないような場所に素晴らしいレストランが多くある。タイヤメーカーであるミシュランがレストランガイドを出版し、今や世界の美食の基準とまでなっているが、それは遠い地方にある名店を車で訪れることで、タイヤを思う存分擦り減らしてもらうためだったという。

そんな素晴らしいレストランがヨーロッパの田舎には多くあり、「世界一予約が取れないレストラン」と言われ、現代のイノベーティブ料理の礎を作ったと言えるスペインのエル・ブジもバルセロナから車で1時間半ほどの遠隔地にあった。近年では、「世界のベスト・レストラン50」で4度にわたり1位を獲得したデンマークのノーマがそんな存在であると言える。(ノーマ自体はコペンハーゲン市内に位置しているが、デンマークの観光客を10%も増加させたと言われるほど世界中からわざわざ訪問する客がいる)

エル・ブジのキッチン
写真:Charles Haynes from Sydney, Australia, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

一方、日本にはそういったレストランは今までほとんど皆無だった。イノベーティブ料理は東京や大阪といった大都市に集中し、伝統的な和食といったら京都のイメージ、それ以外の地方ではこれといって発信力のあるレストランはなかった。地方グルメと言えば、それこそ北海道の海鮮丼や香川のうどんなどご当地グルメが思い浮かぶだろうが、エル・ブジやノーマなどのように具体的な店名が挙がることはほとんどないだろう。

薪で少し香りをつけた白海老を米クラッカーに乗せて

つまりレヴォが目指すのは、わざわざそのレストランを訪問するために遠隔地から訪れたくなるお店だ。富山の食材、自然、季節、生き物、職人、それらの素晴らしさを「食事体験」を通して丸ごと伝えるのがレヴォというレストランだと言える。

ハモで取った出汁のジュレ、モロヘイヤ、じゃがいもと梅肉のソース、雲丹、ジュンサイ、青紫蘇のオイル、青紫蘇と赤紫蘇の新芽

この利賀村にレヴォがオープンしたのは2020年12月。レストランがある母屋の一階には肉の熟成庫が併設。敷地内にはパン小屋があり、食事で出すパンは全て自分達で作っている。畑で野菜を栽培し、山菜はスタッフ皆で山に分け入って採取する。サウナと宿泊用のコテージが三棟あり、事前に予約していれば夕食を食べた後、そのままそこで寝ることが可能だ。宿泊者には朝食もつく。

川端農園の極太アスパラ、アスパラジュのソース、卵黄と熊の脂のソース、サクラマス、三つ葉、実山椒

レヴォでの体験は、富山への愛で溢れている。使われる食材はそのほとんどが富山県産だ。地元の生産者から直接調達し、谷口シェフはその食材の良さをふんだんに引き出すことに全力を尽くしている。料理に使われる食材だけではなく、ワインや日本酒、ジュースやカクテルも全て富山産だ。

青バイと山菜、新玉ねぎのジュのソースと合わせて
大門素麺をアルデンテで、山羊のチーズのスープ、山蕗のオイル

徹底的に地元産の食材にこだわり、旬な食材をベストな形で提供するレヴォ。中でも特筆すべきはジビエだ。季節によって、またその時々によって出されるものは異なるようだが、今回は月の輪熊と猪をいただくことができた。もちろん私自身、ジビエ自体は今まで食べたことはあるが、このレヴォで食べるジビエはこれまで食べてきたジビエとは全く別物と言っても過言ではない。

月の輪熊、うど、ドライトマト、こごみ

月の輪熊は美しい赤身で、噛めば噛むほど旨味が出てくる。猪のステーキはまるでシルクのような美しくきめ細やかな肉質。一口食べればジューシーな肉本来の旨味が口の中に広がる。正直、今まで食べてきたジビエはなんだったのだろうかと思うほど美味しい。ケージに入れられて餌を与えられて丸々と太らされた家畜ではない、山の中を自分で歩き回って餌を食んできた野生の味だ。

地産の旬の食材を使った素晴らしい食事でした、と最後にお伝えしたところ、「食事って、本来はそういうものですよね」とレヴォのスタッフは笑顔で答えた。決して自分達の取り組みを自慢することなく、誰に押し付けるでもなく、自然体でそれを体現できているレヴォの軽やかさがとても印象的だった。

ドライ・マリネ・シャーベットのよつぼし苺
黒文字(パイ、クリーム、シロップ、パウダー全てに使用)、千華園のエディブルフラワー

こんにちは。ベトナムのホーチミンに住んでます。Pizza 4P'sというレストランのサステナビリティ担当です。