坂本龍一さんの「たかが電気」演説は電力自由化演説。では反原発運動の目的は何だったのか
坂本龍一氏の「たかが電気」演説は電力自由化演説だった。反原発運動は電力自由化運動だった。 電力自由化で何者がどのようなメリットを得たのか。その結果いまどうなっているのか。
著者:K(カトウ)ヒロ
(K+H:プロジェクト)
「たかが電気」演説の内容を理解している人は少ない
2022年5月13日22時26分、横浜市北部と隣接する川崎市の一部で6万7000戸が停電し翌5時30分頃ようやく復旧した。聞き取りやネット上の声を集めると電車が止まり、マンションのオートロックが作動しなくなり、交差点で信号が消え、真っ暗闇になった自宅階段を滑り落ちた人がいて、動物病院で緊急手術中だった犬は通電している医院に送られるなど様々な混乱が発生していたのがわかる。
この停電の原因は地中に埋設してあった電線を重機が破壊したためだが、政府が節電を呼びかけるほど電力事情が逼迫するなか、この夏は停電によって人命に関わる事故が発生するのではないかと危惧する声があがっている。これは杞憂にすぎないのだろうか。
東日本大震災の停電および計画停電では、被災地は言うまでもなく関東でさえ酸素吸入装置の停止で女性1名が死亡、蝋燭転倒火災で男女2名が死亡、信号機が停止して死亡事故ふくめ交通事故が少なくとも37件も発生している。
このほか阪神・淡路大震災でも医療機器が停止して死亡した人がいるほか、北海道胆振東部地震によるブラックアウトでは冬季でなかったため凍死者は出なかったが危機的状況に置かれた人が無数にいる。
いっぽう「たかが電気のために原発を再稼働するなんて」という意見もあがる。
「たかが電気」といえば坂本龍一氏の演説だ。だが「たかが電気」が一人歩きをした結果、演説の全容が知られていない。ではここに演説を書き出してみよう。
「たかが電気」発言への印象は変わっただろうか。また、この演説の趣旨は想像していた通りのものだったろうか。
「たかが電気」演説の本質
この演説は
1.原子力発電への恐怖と怒り。
2.抗議活動では声が届かない。反原発派の首長をつくる。
3.電力の自由化によって電力会社(一般電気事業者)への依存を減らすことで原子力発電を止められる。電力会社にお金を払うのを減らす。
4.電力の自由化は発送電分離、地域独占の解消、料金体系の改革。
5.2050年には自家発電の時代になってほしい。
6.たかが電気のために命、子供たちの将来、国土を損ねる必要はない。
という内容だった。
さらに要点を絞り込むと
「電力の自由化によって電力会社への依存を減らすことで原子力発電を止めれば、人命、子供たちの将来、国土を損ねずに済む」
という主張だった。
この演説に唐突さを感じるとすれば、「一家庭や事業所がどんどん自家発電していく」であるが、この件について考えるまえに演説の骨格を明らかにしよう。
「たかが電気」発言は脱原発に向けた応援演説と広く思われているが、言葉数を費やして力説されているのは電力自由化についてだ。坂本龍一氏の「たかが電気」演説は電力自由化演説で、電力自由化のセールストークだったとも言える。
では唐突さを感じる、各家庭や事業所で自家発電を行う時代を到来させたいという主張はどこから出てきたのか。これも電力会社への依存を減らし、電力会社を弱体化させることを念頭に置いたものだ。
自家発電は化石燃料を使用するものでも原子力発電でもなく、再エネなかでも太陽光発電を意識したものだったのではないか。再エネへの転換やスマートグリッド化(分散型電源化/次世代送電網)や後のFIT(固定価格買取制度)を想定しているかのような発言である。
「たかが電気」から反原発運動の本質へ
坂本龍一氏が演説内で説いた電力自由化を考えてみたい。
電力の自由化とは様々な事業者が発電や電気の小売市場に参入できるようにすることだ。ではなぜ電力の自由化実現のため原子力発電を止めて既存電力会社の力を削ぐ必要があったのか。
各地域で電力の独占的供給を行なってきた電力会社(一般電気事業者/北海道電力・東北電力・東京電力・北陸電力・中部電力・関西電力・中国電力・四国電力・九州電力・沖縄電力)が高コスト体質であるため競争原理を導入しようと、1990年代から経済産業省が主体となって発送電分離に動いて、2000年から電力の小売自由化がはじまる。しかし、一般電気事業者の抵抗があり2005年に自由化の範囲拡大が止まった。
このため仕入れた電気を転売する対象が大口客に限定され、家庭や商店は従来通り東電等の一般電気事業者の独占下にあった。
しかも新規参入の発電事業者や転売・小売したい事業者には、一般電気事業者に支払う送電線借用料が高い、インバランス料金*が高いといった不満があった。このため新規参入者が、一般電気事業者の力を削いで業界のパワーバランスを変えなければならないと考えるのはとうぜんの成り行きだった。
[インバランス料金=供給不足が生じた場合に電力会社から補給的に供給される電力の料金]
発送電分離の停滞は、2011年の福島第一原子力発電所事故による原子力発電忌避意識の広がりや東電解体論の登場によって揺らぎ始める。
このとき何があったのか。原発事故後の反原発運動に参加したのは従来からの環境活動家や政治活動家や不安を抱えた一般層だけでなく、新電力や再エネ業界からの参加や後押しがあった。反原発運動にコミットした元環境活動家は次のように証言している。
活動家と新電力や再エネ業界は、一般電気事業者の力を削ぎたい利害関係が一致していた。こうした時期(2012年7月6日)に坂本龍一氏は「たかが電気」演説を行ったのだ。
電力完全自由化によって発送電を分離し、新電力が転売する電気を選択的に買い、一般電気事業者に“払うお金を減ら”して力を削ぐのが目標であるとしたのが坂本龍一氏の演説だ。
ニューヨーク在住の坂本龍一氏は1990年代以降にアメリカで進められた電力自由化を現地で見聞し、2000年以降に競争激化のため様々な矛盾が生じ送電システムの管理が疎かになるなどして大停電*が発生したのを知らないはずがない。このアメリカの事例が、電力の自由化と一般電気事業者の弱体化を結びつける発想と無関係であるとするのには無理がある。
[大停電=全米各地で長時間停電が発生しているだけでなく、2003年8月14日の北アメリカ大停電では坂本龍一氏が暮らすニューヨークが大混乱している]
無批判に完全自由化を推奨し、再エネ業界や新電力側に与して電力完全自由化のデメリットに頓着しない「たかが電気」演説が反原発派から批判されたという話は寡聞にして聞かない。むしろ劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチ氏のように反原発の王道として評価する者が多く、電気を軽視して「たかが」と言ったわけではないと解釈論に終始するばかりだ。
これは反原発派が電力自由化についてまったく理解できていないか、理解できているなら社会や経済が混乱して人命が損なわれても構わないと考えていたの意味している。
「たかが電気」な闘いが残したもの
福島第一原子力発電所事故後の反原発運動は、電力自由化を掲げ東電解体や電力業界再編に賛同した電力完全自由化運動と再エネへの転換運動だった。坂本龍一氏だけでなく運動の中心勢力の大資本嫌いや大企業嫌い、社会や経済への無知、反権力と革命への憧れを、新電力や再エネ業界の悲願達成のため利用されたといってよいだろう。
坂本龍一氏の演説には本論に入るまえに挨拶があった。
登壇した直後の挨拶と本論冒頭を聞くと、坂本龍一氏にとって「さようなら原発10万人集会」は70年代安保闘争と同質のものとして意識されていたのがわかる。
そして坂本龍一氏は2015年に平和安全法制(安全保障関連法案)に反対する集会で、SEALDsの奥田愛基氏に「今回の安保法案のことが盛り上がってくる前は、かなり現状に対して絶望していたが、若者たち、女性たちが発言してくれているのを見て、日本にもまだ希望があるんだと思っている」と握手を求めた。
彼に限らず運動の担い手にとって、反原発運動はほぼ半世紀ぶりに到来した政治の季節だった。だが前述のように反原発運動は新電力や再エネ業界の悲願を達成させる運動で、電力完全自由化が守ったものは国民の命ではなく新電力や再エネ業界の利益だけではなかったか。そして国土は太陽光発電のための乱開発で荒廃し、有害物質を含む発電用パネルの処理は大きな問題を抱えている。
新電力や再エネ業界からうまいように使われた坂本龍一氏と運動の中心部にいた人々には同情しないが、彼らにも「利用された」と言い訳する権利くらいはあるだろう。斉藤和義が「ずっと嘘だったんだぜ」で歌ったごとく、今度は新電力や再エネ業界に騙されていたと愚痴をこぼすのかもしれない。だが、そのまえに自らの失敗を認めなければならない。
失敗には風評加害を生み出して拡大させ、今なお反原発運動の正当化のためデマや嘘を後押しし続けていることも含まれる。福島県の作物や魚介類は汚染されている、鼻血が出る、遺伝的影響が残る、がんが多発している、ALPS処理水を汚染水と呼ぶなどといったデマを拡散させ訂正を拒む姿勢は、坂本龍一氏の“「福島の後に沈黙していることは野蛮だ」とした発言にも反している。
反原発運動が獲得したよるべなき不満層を2012年から追跡した結果、鼻血、不妊、奇形などのデマや風評加害を繰り返したのちに反ワクチン層を形成していたのがわかった。反原発派は電力完全自由化だけでなく、なにもかも後始末をしないままなのだ。この件については以下の別記事を参照していただきたい。
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