まちがいなく暴力だった
加藤文宏
安倍晋三氏が暗殺された。
事件から一夜明け、国内だけでなく諸外国の報道が出揃うと見出しや記事に内外のちがいがあらわれた。海外メディアには事件を「assasination / assassinated」暗殺/暗殺されたと表現するものがあるが、日本のメディアは「銃撃」で一貫している。
暗殺とちがい銃撃は手段のみを表す言葉だから使用されているのかもしれないし、凶行がもたらした結果を明確にしたくないのかもしれない。いずれにしても「暗殺」と定義すると乱暴さの際立つ発言が、我が国のメディアのそこここに登場している。
毎日新聞は、事実関係が判明しないなか憶測をもとにした論評を青木理氏に語らせている。
記事中の「銃撃」を「暗殺」に変えると、許すべきではないとしながらも「安倍氏や政府が原因をつくっているので暗殺が発生してしまうのはしかたがない」というどっちもどっち論に基づく談話が、注意深さに欠けた乱暴極まりないものであるのがはっきりする。なぜなら政治家を暗殺することはテロでありクーデターであり、正義がどこにあろうとも民主的な問題解決策とはとうてい言えない。安倍晋三氏への暗殺が起きてしまうのは歴史が教えてくれる定めなどというのは暴論なのである。
いっぽう海外の報道は冒頭に書いたように事件を「暗殺」と明確に定義しているものがあり、そのうえで犯行の暴力性と影響を端的に伝えている。BBCなどのニュース番組では国外の話題であるにも関わらず時間を割いて特派員の事実に基づいた報告を丁寧に伝え、どっちもどっち論などまったく展開していない。
ここではっきりさせておきたいのは、安倍晋三氏への銃撃は意図がなんであれ、仮に狂人の復讐劇だったとしても、暴力によって現状を変えようとする凶行で暗殺だったということだ。そして振り返れば、これまでも安倍晋三氏はさまざまな暴力に晒され続けてきたのだった。
難病の潰瘍性大腸炎を揶揄され続け、ヒトラーの口髭を書き加えられた顔写真を太鼓に貼られて叩かれ、似顔マスクを晒しクビのように晒されたうえで重機によって轢き潰され、アベシネと連呼された。安倍氏の思想信条、政治上の姿勢、政策といったものへの批判を超えた暴力が個人のみならず、政党や反差別を標榜する集団からも加えられたのだ。手製の銃を発砲されたことだけが暴力ではないのである。
しかも安倍晋三氏が首相の座から退いても造反有理とも言えそうな開き直りで暴力を加えられ、前出の青木理氏らによる「暗殺が発生してしまうのはしかたがない」というどっちもどっち論で亡骸に蹴りを入れられた。
こうして安倍晋三氏が悪魔のごとき扱いを受けるのは、「アベは民主主義の敵だ」「ファシストだ」「差別主義者だ」「統一教会と関係が深い」といった理由からだった。そして安倍晋三氏は殺され、彼らがスローガンに掲げたアベシネの願望は成就されたが、宗教団体に恨みを抱いていたとされる犯人が願いを代行してくれたのをどう思っているのだろうか。彼らが民主的であると自負している運動の、予想外の結末としてふさわしいものであったと言えるだろうか。
彼らは歴史に学べとも言った。
では学ぼう。1994年にルアンダで少数派ツチ族50万人から100万人が多数派フツ族に虐殺されるジェノサイドが発生している。原因は宗教や文化のちがいを背景にした民族間の紛争にあったが、衝突の火種を野火のように広げ虐殺へ発展させたのはルワンダ語でゴキブリを意味する「イニェンジ」でツチ族を呼び続け憎悪を煽ったラジオ放送だった。
ツチ族は一人ひとりの人間としてではなくイニェンジという概念上の存在にされ、どんな悪口を言おうと、どんな暴力を加えようとも罪悪感を抱かずに済むものにされた。
ツチ族になら何をしてもかまわないとする風潮がつくられたように、“アベ”になら何をしてもかまわないとしたかった者と、何をしてもかまわないを容認して利用したメディアは、誰が民主主義の敵で差別主義者で暴力的だったかを一考したほうがよい。
彼らはフクシマ、ヒロシマ、ナガサキのようにアベは安倍晋三ではなく概念上の存在で、この邪悪で抽象的な概念に向かって「アベシネ」と罵声を浴びせたことにしたいのかもしれない
しかし彼らは図に乗って勧善懲悪のストーリーに酔いながら安倍晋三は死ねばよいと思っていたのだ。だからアベではなく安倍晋三氏の死去が報じられると自業自得と言い、快哉を叫び、祝杯をあげた人々がいる。責任を負いたくないとばかりに、自分は残酷な暴力ざたに関わっていないと逃げを打つ人たちもあらわれた。
私は断言する。「アベシネ」は暴力だった。暴力の最たるものが殺人で、そこに行き着いた結果が安倍晋三氏への暗殺だった。だが未だ彼らから反省の弁はない。
会って聞いて、調査して、何が起こっているか知る記事を心がけています。サポート以外にもフォローなどお気持ちのままによろしくお願いします。ご依頼ごとなど↓「クリエーターへのお問い合わせ」からどうぞ。