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政府の広報紙ではない? コロナ禍とマスコミ

震災被災地の人々を救った手書きの壁新聞がありました。このコロナ禍にマスコミは何を報道し、それはどのような影響を与えたのでしょう。

著者:加藤文宏、ハラオカヒサ

被災地で手書きの壁新聞をつくり続けた新聞社

石巻日日新聞が手書きの壁新聞

コロナ禍はさまざまな問題を浮かび上がらせた。そのひとつが正しい情報をいかに手にするか、デマや嘘を遠ざけるかだった。

この問題を考えるとき、思い出されるできごとがある。

10年前、地震と津波の被害を受けた石巻日日新聞は社屋が被災して編集態勢が整わないうえに輪転機も動かすことができなかった。しかし記者たちは手書きの壁新聞をつくり、人々が通るコンビニエンスストアに掲示した。

石巻日日新聞の記者もまた被災者だった。使えるものはマーカーペンと紙とテープだけだった。掲示できる場所も限られていた。

壁新聞の記事には今なにが起こっているかが書かれていた。日々刻々と変わる事態を記者が取材して拾い集め、翌日の壁新聞に反映させた。行政の対応も伝えた。震災の次の日から張り出され続けた新聞を読んで、住民は「とてもうれしかった」と言う。

「人はパンのみに生きるにあらず」とは聖書の言葉だが、生きる糧として人間にとって情報は欠かせない。石巻日日新聞は必要とされる情報を正しく伝えて人々の不安を取り除き、疑心暗鬼の芽を摘みデマや嘘が拡散されるのを未然に防いだのだった。

コロナ禍を振り返るとき新聞、テレビ、雑誌、これらの報道を転載するネットメディアは何をしたか問わずにはいられない。報道はコロナ禍の救いとなっただろうか。


政府の広報紙ではないと言うマスコミ

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ある新聞記者が「新聞は政府の広報誌ではありません」と発言した。たしかに新聞をはじめとする民間のマスコミは政府の広報機関ではない。では、この発言はどのような文脈上のものだったのか。


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支援金が行き渡らない問題は政府の広報不足であるとする指摘は間違いではない。新聞(マスコミ)が政府の広報誌(広報機関)ではないとする定義づけと記者の矜持もまた必ずしも間違いではない。

だが新聞(マスコミ)は「政府が隠していることを暴く」ためにあると断定または強調するのはあきらかに間違っている。こうした働きが求められる場面はあるが、第一番に挙げるべきものではない。

『「政府の広報誌ではない」なぜなら「政府が隠していることを暴く」のがマスコミの務めである』と結びついたとき、国民が必要とする政府発の情報ですらありのままに伝えたくないのではないかと疑われてならない。

報道の本質は、ニュース・出来事・事件・事故などを取材し、これらを直接見聞きしたり体験できない多くの人々に伝えることにある。

広報が行き渡らない問題は支援金政策だけではない。新型コロナワクチンについてワクチンそのものから、予約や接種についての具体的な情報が十分に行き渡っていない。

情報を伝える手段が限られていて政府や自治体の広報が行き渡らないのだから、直接見聞きする機会を逸した人に伝えるのも報道の役目ではないだろうか。

再び問いたい。

石巻日日新聞はマーカーペンと紙とテープだけで壁新聞をつくって掲示し、どこに行けば何を得られるかを伝え、人々の不安を取り除き、デマや嘘が拡散されるのを未然に防いだ。コロナ禍でマスコミは何をしたのだろう。


ワクチン情報と若年層

ワクチン情報がどれだけ確実に届いたか考えるとき、激変した若年層の接種意向の変化は興味深いものがある。

若年層はワクチンを嫌っていた。2020年12月の調査では20代以下の約半数(48.4%)が接種を希望しないとする結果が出たものもあった。同年の年末は、ワクチン接種が現実味を増し、今後の成り行きが明らかになった時期だった。

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こうした状況は本年の初夏以降も続いた。さまざまな会場で若年層の接種が進められていたが接種率は伸びなかった。

予約をしなくてもワクチンの接種を受けられる会場が渋谷につくられると都が発表したのは2021年8月20日、開所は8月27日だった。若年層がどれほど接種に積極的か不透明ななか、開所当日の早朝から長蛇の列ができたことが驚きとともに語られたのは記憶に新しい。

そして2021年9月ともなると若年層の接種率は調査ごと差があるものの概ね他の年代とともに忌避している者は20%程度まで減っている。

なぜ若年層の接種意向は劇的に変化したのか。そもそも何が彼らに忌避意識を根付かせたのだろうか。


若年層はなぜワクチンを嫌っていたのか

次に示すのは日本財団が行った若年層の意識調査だ。
(2021年7月16日(金)~7月20日(火)/ 全国の17歳~19歳男女、1,000名 / 印刷業・出版業/マスコミ・メディア関連/情報提供サービス・調査業/広告業 を除外 / インターネット調査)

調査結果からの要点を抜粋し、抜粋部分を整理してみることにする。

調査2

●ワクチンに関する情報源は「テレビ」(67.2%)、「インターネットのニュース」(40.8%)、「インターネットのSNSや掲示板」(34.2%)が上位。

○インターネットのニュースのほとんどが新聞・雑誌・テレビ報道の転載。

●国や自治体の情報をWEBサイトから直接得ている人は、接種意向者で34.5%、接種非意向者で23.1%と差が生じた。

●接種非意向者は特に情報を集めていない人が25.3%で接種意向者の10.3%と差が生じた。

●ワクチン接種を受けない理由は「副反応」、「副作用」への不安。「ワクチンに関する情報不足」も影響。

●ワクチンに関する情報についての正誤認識では、接種が無料なのを知っているのは全体で45.3%、[接種意向者]で52.5%、[接種非意向者]で36.1%にとどまる。

─・─

注目すべきは
マスコミの報道から影響を受けている。
広報から直接情報を得ている人は接種意向が強い。
自ら積極的に情報収集しようとしない人は接種意向が弱い。
接種が有料と思っている人がかなりいる。
以上、3点だ。

ワクチン接種が無料なのは基本的な情報のはずだが、2021年7月段階で過半数が知らなかった。無料でワクチン接種を受けられると知らない人が過半数なら、同じように基本的な情報である予約方法を知らない人がいて当然だ。また自ら情報を収集しようとしない人はなお様々な事柄を知らないだろう。

しばしば話題にのぼった「予約できなかった若者」について考えたい。

「予約できなかった若者」とは予約電話番号や予約サイトにアクセスしても接種枠が取れなかった人たちだけではない。予約方法を知らずどうしたらよいかわからなかった人たちがいた。これは調査結果からの類推や筆者の想像だけでなく、以前取材した20代学生も[手元に接種券が届いても開封しないか開封しても同封された説明を読んでいないか理解していない人たち]の存在を指摘している。

以下のような人々のことだ。

予約しなければならないがどのようにアクションを起こしたらよいかわからない。電話予約やWEB予約があることを理解していても、いつ、どの番号やサイトにアクセスしたらよいかわからない。予約しなければならないことすら知らない。

わからなかった


予約方法がわからなかっただけではない。

接種機会が複数あるのを知らず、既に若年層が接種できることを知らなかった人が数多くいた。

このため、集団接種会場の年齢縛りと別に開放されていた個別接種・自衛隊大規模接種会場や大学拠点接種(会場大学の学生以外も可)・職域接種(かなり広範な業種が実施)があっても接種率が低迷していた。

マスコミの報道では基本的な情報さえ手に入れらないばかりか、「副反応」や「副作用」への不安ばかりが大きくなった可能性さえある。独自に大学生を対象に調査した際の自由記述でも、予約から接種の実際について誤解があまりにも多く、強制される、メリットがない、救済制度がないなど否定的な思い込みに満ちていた。

若年層は感染しても無症状か重症化しないとかつて言われた。他の世代を助けるための接種ともされた。こうしてワクチンへの無関心や反発が生まれていた。真っ先にテレビやインターネットニュースから副反応や副作用についての不安情報が入り込んで、ワクチンについての広報はシャットアウト状態だったのだろう。

若年層のワクチン接種意向が低迷して当然だったのだ。

反応x


バンドワゴン効果が発生した渋谷接種会場

2021年8月27日、東京都は予約なしで接種を受けられる会場が設けられた。

そこに行くだけで接種できると広報された結果、「ここならなんとかなる」と人々が集まった。列をなす人々の様子が報道され、接種にリアリティーを感じたり遅れを取りたくない人々が翌日以降も押しかけた。いわゆるバンドワゴン効果だ。

わかった


まず、予約をしないで接種できる会場が渋谷に用意されるという知らせに敏感に反応した人々がいた。

これは予約しようとして枠が取れなかった人、予約方法がわからなかった人、接種を面倒くさく感じていたが行けばどうにかなると知った人だ。予約枠が取れなかった人には、多様な接種方法を知らず特定の接種会場に固執していた人もいたことだろう。

その後、行列を見て遅れを取りたくない人々が翌日以降も押し寄せた。

バンドワゴン効果もあって、一日の接種数に限りがあり抽選方式になったのを知っても彼らはやってきた。「ここならなんとかなる」と思われたからで、この人たちには他の接種機会を考える余裕がなかった。このとき抽選の当選確率より高率で予約できる接種会場や、申し込めば漏れなく予約できる会場があったのだ。

こうした反応から、若年層のワクチン接種意向の低さは情報提供の方法や刺激の与えかたで容易に変わるものだったと明らかになった。また、情報源がテレビやネットニュースに依然として偏っているのもわかった。

政府や自治体の広報には量と質で問題があった。しかし政府や自治体が活用できる広報媒体には限りがあり、なによりコロナ禍は前例のない事態だった。もしワクチン接種に現実味がでてきた2020年の後半から現在まで、国や自治体の広報を強化する報道があったなら回り道をせずに済んだのではなかったか。

だがマスコミは「予約が取れない若年層がいます。次のような会場があるのでお知らせします」──たったこれだけの報道すらしなかった。


マスコミは何を伝えたか

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若年層のワクチンへの無関心や反発と、マスコミが報道したワクチン接種に否定的な情報が結びついた結果が接種意向の低さだった。

では報道は反ワクチンの主張で満ちていたのだろうか。

2021年6月、別記事を書くためコロナ禍以前の2019年から同月までのワクチンについて触れた新聞記事やテレビ報道の内容を[中立もしくは推奨]型と[忌避もしくは不安]型に分類し、報道量を比較した。

複数の媒体を調べるためネット上にある記事のアーカイブから「ワクチン」を含む記事を抽出した。これらには人間だけでなく家畜をめぐる記事も含まれるが排除せず、疫学や医学と無関係なものだけ取り除いた。

すると年間300件ほどの記事になり、圧倒的多数が[中立もしくは推奨]型の記事で[忌避もしくは不安]に傾いていたものは数件だった。2019年、2020年は(解釈と分類が難しい記事があるが)[忌避もしくは不安]型の記事は一桁件しかなかった。2021年に入り[忌避もしくは不安]型の報道が増えても比率は低く、[中立もしくは推奨]型が大半を占めていた。

しかし、ワクチンへの不安を煽る報道が多かった印象が強い。

なぜなら、不安や疑いの念を抱かせる情報は感情に強く訴えかけてくるからだ。さらにセンセーショナルに演出された疑いさえある。

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感情や処理しきれない衝撃などを収容する心の容量には限りがある。

心が処理できる感情の量をグラスに例えてみよう。

ここにグラスがひとつあり、ワクチンへの不安を煽る情報が注がれたとしよう。グラス半分くらいまでならまだまだ。でも不安や疑いや処理しきれない衝撃などが容量のある一線を越えると、まだ若干の余裕があってもこれらを中和する情報が受け入れられなくなる。不安などの感情は心の容量を使い果たすまで受け入れられ、さらに心から溢れはじめてもまだ止まらないし止められない。

満了X


医療関係者へのワクチン接種を目前に控えた2021年1月のデイリー新潮、オリコンニュース、AERA、Newsポストセブンと立て続けに「危険なワクチン」「医師ですら本当は打ちたくない」「若者は本音で怖いと言っている」と不信感や不安を強烈に印象づけた。

同様の切り口でさらに報道されワイドショーのコメンテーターが語り、3月になると医療関係者を自称するアカウントが雨後の筍のようにSNSに登場して「危険なワクチン」「医療関係者でも打ちたくない」とデマを拡散させた。

これだけではなかった。自粛など新型コロナ対策について不安や不満の吐口をワクチンや専門家に向ける報道が連続した。これらは不安や不満を抱いている人に媚び、扇動しようとする報道だった。

ワクチン接種が可能になる前に不安や疑いが心の容量のある一線を超え、政府や自治体や医療関係者が伝える情報は受け入れられなくなった人々がいる。そして報道の大半を占める[中立もしくは推奨]型の情報またまったく届かなかったのである。

不安や疑いで心が満たされたあともネガティブな情報を受け入れ続ける人々がいて、ワクチン忌避者だけでなく陰謀論者が誕生した。報道がワクチン接種の邪魔をしただけでなく人の心まで破壊したのだ。

「政府の広報紙ではない」という矜持は結構だが、これらに「政府が隠していること」なんてあったのだろうか。むしろ不安を煽る報道こそ陰謀論そのものではなかったか。

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そんなマスコミならいらない

石巻


再び、石巻日日新聞が張り出した手書きの壁新聞を思い出してもらいたい。

マスコミは政府の広報誌でなくていい。しかし必要とされる情報を正しく伝えないなら存在意義はない。このことを石巻日日新聞の壁新聞が端的に表している。では、このコロナ禍のワクチン報道で必要だったのか何だろうか。

「危険なワクチン」「医師ですら本当は打ちたくない」「若者は本音で怖いと言っている」といった根拠薄弱で、ワクチン接種に何も益するものがない不安煽り報道。批判を浴びてネット記事を取り下げたものの、性懲りもなく繰り返した同様の報道。いずれも接種対象者と社会を混乱させただけだった。

求められていたのはワクチンへの理解を深められ、誰がいつどこで接種でき、そのために何をしなければならないかを伝える情報だった。これらは国や自治体が公開し広報していたもので、力不足であるとマスコミが認知していたなら率先して取り上げて報道すべきものだったはずだ。

「ワクチンの副反応が心配されています。副反応とは何かを説明します」
「予約が取れない人たちがいます。いま以下の会場で接種を受けられます」
こうした情報をSNSやブログを通じて提供したのは医療関係者や一般人だった。

石巻日日新聞が作成した壁新聞は世界各国から賞賛されワシントンの報道博物館に永久保存されることが決定した。いっぽうコロナ禍でワクチンの不安を煽った新潮やAERA等の記事が博物館に永久保存されるという話はとんと聞かない。当然すぎる結果である。



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