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パスピエというバンドに置いていかれないように人類は進化せざるを得ない

パスピエ、というヤバいバンドがいる。
ジャンルとしては『ロックバンド』ということになるのだろうが、一言に『ロックバンド』とはまとめきれない生態を持つこのバンド。私は先日このバンドのライブを観に行った。
パスピエの結成10周年を記念して人見記念講堂にて開催された『EYE』(『祝い』と読みます)。本編ラストの一曲を聴き終えたとき割れんばかりの拍手を送りながら、私は隣にいた友人に思わず声をかけていた。

「これは、ヤバいものを観てしまったんじゃないの」

パスピエというバンドはヤバい。もともとヤバかった。私が初めてパスピエに出会ったのは3年前のイベントだったのだが、初めて出会った時からパスピエというバンドはヤバかった。
人間離れした唯一無二の歌声を持つボーカルの大胡田なつきは、実力だけでなくもはや天性のようなカリスマ性を感じさせる。その上、楽曲の振り幅も半端ではない。異国情緒溢れるものから、ピアノの温度を感じさせるものまで存在する。イベントの一枠で観ただけなのに、こんなに多くの顔を見せるのだからそれはヤバい。ヤバいバンドだなぁ、と思った記憶がある。
それから何度か生でパスピエを見る機会があったのだが、その度に『ヤバさ』に当てられ続けてきた。
そして、ついに先日の『EYE』公演で私は初めてパスピエのワンマンライブに足を運んだのだ。

「これは、ヤバいものを観てしまったんじゃないの」

と溢さざるを得ない公演は、一曲目から息つく暇もないほど『ヤバ』かった。

一曲目は『あかつき』。ストリングスの広がりが心地よいこの曲で幕を開けた『EYE』。幕が開いた途端に本公演の特別さに気が付く。
バンドセットの後ろに、バイオリン、チェロ、ビブラフォン、ティンパニなど生のオーケストラを率いて登場したパスピエ。『あかつき』は、もともと立体感のある曲だが、この日は殊にサビへの広がり方が壮大だった。
青い照明を背にオレンジ色の陽が登るような演出の中、両手を広げて歌う大胡田の姿は、もはや宗教的な信仰にも似た感情を覚えてしまうほど神々しく映った。

打ち込みのいわゆる『ピコピコ系』然とした楽曲を主に生み出してきたパスピエの曲の中で、特に人間的な温度を感じられるこの曲が一曲目に披露されたことには、パスピエの10年間の歩みをなぞるような意味を感じてしまう。

そして間奏では楽曲にはないオーケストラのセッションが組み込まれており、目まぐるしく展開していく。
しかも、間奏で今回の公演のオリジナルセッションが入るのは『あかつき』だけではないのだ。以降披露される全ての楽曲が何かしらのアレンジを加えられて披露された。

「いい音だと自分も演奏が上手くなったように感じて気持ちいい」

と、MCで述べていた成田ハネダ(Key.)のピアノソロから始まったのは『あの青と青と青』。まるで子守唄かのように優しく響くピアノの音色は、そのまま展開して楽曲のイントロに繋がっていった。
また、ステージ照明でこんなに青色の種類があるのだなぁ、と純粋にかんどうしてしまったのだが、『あの青と青と青』ではいくつも色の異なる青い照明が印象的だった。


照明演出が魅力的なアーティストは他にもたくさん存在する。
しかし本公演が特別素晴らしいと感じたのは、舞台演出と音のリンクが非常に鮮やかだった点にある。10名近くの人間が一斉に演奏しながら音に合わせて激しく点滅するストロボの演出は、想像を超える迫力で観客を襲った。

舞台演出で言えば、『ネオンと虎』の演出も舌を巻く美しさだった。
『ネオンと虎』のイントロに差し掛かると、ステージの至るところに設置された電飾が星のようにチカチカと点灯し始める。タイトル通り『ネオン』のような輝きを放つ演出は、そのまま次の『DISTANCE』では満点の星空のように映った。
同じ機器であっても楽曲によってそのイメージを一転させてしまうのは、パスピエの音楽性の幅から来るものではないだろうか。

ライブの序盤はオーケストラを率いて演奏ていたが、中盤からは一度オーケストラがはけてバンド形態のライブとなった。

バンド形態となった後の一曲目に披露されたのは『チャイナタウン』だ。

『チャイナタウン』は音源ではキャッチーでハイテンポな楽曲だが、この日アレンジを加えられて披露されたバージョンの『チャイナタウン』は、サビになると重厚なEDMのように変わっていった。クラブの重いベース音に身を任せるようにアレンジされたこの曲は『チャイナタウン』の新たな魅力を感じさせる。
バンド形態に戻った一曲目なのだから、ド王道を通って“いつも通り”のパスピエになると思いきや、一癖も二癖もあるアレンジを加えて観客を翻弄する。
はじめに記した『ヤバい』の一端がここにあるのだ。

激しいセッションが鳴り止むと、3拍子のキャッチーなイントロが始まる。ハイテンポで展開も激しい『マッカメッカ』にさらに翻弄されていく。

「今 ここがメッカ」

とステージ中央で人差し指を突き立て、真っ直ぐに手をあげて歌う大胡田の神々しさたるや。特に積極的に観客を煽るプレイスタイルではないのに操られるように観客が一体となるあの空気は、カリスマ性と言わざるを得ない代物だろう。

そこからアルバム『more humor』に収録されている『グラフィティー』、キラーチューン『MATATABI STEP』へと続いていき、観客をさらに翻弄させ狂わせていく。

『MATATABI STEP』のラスト、「パパパリラ」と歌う直前に大胡田が観客にマイクを向けると大合唱が巻き起こった。
「歌ってー!」や「せーの!」といった前振りは一切なかった中気持ちのいいほど揃った歌声はここにしかない奇跡だったようにも感じる。

『MATATABI STEP』が大盛り上がりのまま終わり、ステージが暗転すると舞台袖からなんとDJ卓が運び込まれてきた。大胡田がファンだという、ブレイクビーツユニット HIFANAが登場すると『つくり囃子』のイントロが流れ出した。パスピエの演奏かと思いきや、徐々に大胡田の歌声が途切れ歪んでいく。
「何事か!?」という空気感のままどんどんカオスになっていく『つくり囃子』。DJプレイからそのまま滑らかにバンドの演奏へと繋がっていく、というパフォーマンスはこれまで観たことがない新しい試みだったのではないだろうか。

間奏では、露崎のベースソロとHIFANAのプレイがぶつかり合って、さながらバトルのような迫力を見せた。DJと生バンドがコラボすることは今までもあったが、ここまでお互いを飲み込んでしまったり潰してしまったりせず、相乗効果でどちらも魅せる、というライブは初めてだった。

もちろんバンドのオケも負けず劣らず迫力のあるプレイを見せた。
歪んだ骨太なギターソロを魅せたかと思いきや、別の曲では琵琶や箏のような音色を奏る。
一本の楽器で無限の音色を出すことができるのだと、ギターの奥深さを再認識すると共に、三澤(Gt.)の計り知れないテクニックを目の当たりにした。

オーケストラが戻ってきて大団円を迎える本公演。
『真夜中のランデブー』はもともと、テーマパークのパレードのように豪勢な音作りが印象的な楽曲だが、この日は生のオーケストラを背負っていることも相まって、さらに華やかさを増していた。

華やかさを保ったまま本編を終えると思いきや、再びHIFANAをステージに呼び込んだ大胡田が

「最後に、私達の“きっかけ”になった曲をやります」

と告げてから始まったのは、アルバム『more humor』のリード曲である『ONE』を披露した。

重厚なメロディが印象的なこの曲は、『真夜中のランデブー』とは正反対の曲だといえるだろう。華やかで色とりどりの照明は、白で格子柄のシンプルでありながらスタイリッシュな照明に変化した。
音源では、シンセサイザーの音色がメインに響いているが、この日は生のオーケストラと共に披露された。シンセサイザーにバイオリンやチェロの音色が重なって、未体験の幅を生み出していく。
そしてラストは、ティンパニも含めた全ての楽器が一斉に盛大な音を鳴らして幕を下ろした。その様は、まるで何百人ものオーケストラで奏られる最終楽章の幕引きのようにも感じられた。

『ロックバンドの結成10周年記念のライブ』とまとめてしまうにはあまりにも多彩すぎるライブに拍手を送りながら、思わず私は

「これは、ヤバいものを観てしまったんじゃないの」

と溢してしまっていた。
見事すぎる幕引きに観客から送られるアンコールは、益体のない手拍子ではなく本当に心から送られる拍手が鳴り止まずに生まれているように感じてしまった。

アンコールで披露された新曲『まだら』と、パスピエのキラーチューン『トロイメライ』は楽曲としては正反対の雰囲気を持ちながら続けて聴いても耳馴染みが良いのは、披露された『トロイメライ』の音源を超えた力強さゆえだろう。
タイトルに「夢想」「夢見心地」という意味を持つ『トロイメライ』は、輝かしい照明の下で開放感たっぷりに披露された。

「新しく生まれ変わって 会いに行くから」

という歌詞からは、結成10周年の向こう側を想像させる。

破れんばかりの拍手が鳴り止まないままダブルアンコールでは『贅沢ないいわけ』が披露された。

成田が鳴らすピアノの軽快な音色から始まるこの曲は、サビに向けて疾走感を増していくドラマチックな展開が特徴だ。
バンドの結成10周年の『EYE(=祝い)』にふさわしい華やかさが、最後にステージを彩る。

「こびり付いた先入観 お呼びじゃないわ
だから見逃してね 見逃して
時間は戻らないもの 今しかないよ」

この先のパスピエの未来が楽しみで仕方なくなるような歌詞を残してステージを去ったパスピエ。
確かにもともととってもカッコいいバンドだとは思っていた。
思ってはいたのに、ちょっと見ない間にこんなにもダントツにカッコいいことをやってのけるバンドになっていたのだと、平伏する思いでいっぱいになった結果、

「ヤバいものを見てしまった」

という感想に行き着いた。

10周年記念のこのライブは決してゴールではないだろう。11年目以降の構想があった上で作られたライブなのだとしたら、彼らが思い描いている未来のパスピエは、もしかしてとんでもないアーティストになっているのではないだろうか?

そんな畏敬の念すら抱かせるような力が『EYE』公演にあった。
一瞬でも目を離したら、パスピエは理解や想像を超えた音楽を作り出してしまうのではないだろうか?そんな魅力的な進化を刮目しないなんて、もったいないと思いませんか?

パスピエというバンドの進化に置いていかれないように、人類は彼らの速度から目を離さないように進化するべきだと思うのだ。

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