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映画「THE FIRST SLAMDUNK」〜なぜ、宮城リョータだったのか~

今頃の話題で、出遅れ感が半端ないが、ようやく映画「THE FIRST SLAM DUNK」を見てきた。
感想はいろんな方が書いてる通り「最高」の二文字しかない。
映画が始まってから終わるまでに、2時間も経っていたなんて、全く思えなかった。

一瞬である。

体感としては、あれよあれよという間に感情を持っていかれ、10分もしないうちに終わってしまったというのが正直なところだ。

バスケットボールの試合時間は、スラムダンク連載当時、前半20分、後半20分であった。(現在は高校生の場合、10分×4の4クォーター制をとっている。試合の間の回復に使える時間が若干増えている)
本映画も当時の、前半・後半制を採用して描かれている。
そのため、コートを走り回り、ゾーンディフェンスに翻弄され、疲れ切った湘北メンバーの死闘が、たっぷり40分は描かれていたはずなのに、あまりの没入感に、時間が瞬時に過ぎ去ってしまった。
初めての経験だった。

さて、そんな最高な映画「THE FIRST SLAM DUNK」。
私は本稿で、ネタバレを挟みながら、なぜ今回の主人公が宮城リョータだったのかを考えてみたい。
未見の方は、映画を見に行った後で読んでほしいと思う。

①復習:スポーツ漫画の教科書としての「ドカベン」

すでに、いろんな人が指摘しているように、井上雄彦先生は、「ドカベン」の影響を色濃く受けている。

知らない人のために、一応説明しておくと「ドカベン」とは、2022年に亡くなった、野球漫画界の大御所・水島新司先生の描かれた、長編野球漫画である。
主人公・ドカベンこと「山田太郎」と、その仲間たちが、明訓高校野球部で甲子園優勝を目指し、死闘の末に勝ち進んでいく物語である。

水島先生以前の野球漫画とは、「巨人の星」のように、「特訓&魔球&リアリティに欠けるライバル」がセットになったものが多かった。

巨人の星の主人公・星飛雄馬は体中に謎のバネ「大リーグボール実力養成ギブス」をつけて、「消える魔球」を生み出すし、ライバル・花形満は、財閥の御曹司で小学生のころから赤いオープンカーを乗り回している。

「侍ジャイアンツ」の番場蛮は、マウンドから約5m上空にジャンプし、そのまま後ろにエビぞりになった体勢から、キャッチャーミットめがけて正確に投球するという、百獣の王・武井壮でもできなそうなことを、特訓の末やってのける。

絵面はおもしろいし、派手だし、めちゃくちゃな設定が楽しかったのだが、野球漫画というより、どうやっても実現不可能だという点で、SFを見ているようでもあった。

そんな日本の野球漫画界に、リアリティを引っ提げて登場するのが水島新司なのである。
彼の描くドカベンには、基本的に魔球は登場しない。(悪球打ちとか、秘打などは出てくるので、若干、水島以前の派手な要素を引きずっていないわけではない。あと、変なキャラクターはたくさん出てくる)

コントロールの良い投手の丁寧な配球、それを読む打者の駆け引き、野球というスポーツの戦術や、セオリーを解説し、読者に野球の知識をつけさせながら、「ドカベン」という作品のファンと同時に「野球」のファンを増やしたのが水島新司なのである。

そんな「ドカベン」の中でも、ファンが特に思い入れがあるのが31巻だ。

しかも驚いたことに、あの井上雄彦もドカベン31巻を推していました(「ドカベン ドリームトーナメント編」3巻所収の水島新司・井上雄彦対談)。

というか、もともと井上雄彦は大の「ドカベン」ファンで、マンガ家を志すきっかけになったのも「ドカベン」だったんですね。で、その井上雄彦いわく、もっとも盛り上がったのが31巻であると。しかし、31巻があまりに盛り上がりすぎたために、後のストーリーが余計なものに思えてしまった……とも。
マンバ通信「ドカベン31巻のすごさについて言いたくて……夏」
野球漫画史上最高の傑作!ドカベン31巻【山田玲司のヤングサンデー】
同上
同上
同上

私もかつて、ドカベンを愛読していたのだが、途中で読むのをやめてしまったのは、31巻があまりに面白すぎて、それ以降の戦いが、マンネリで平板に見えてしまったからだ。

では、31巻には、何が描かれていたのか。
主人公とその仲間たちの過去の物語だ。
大切な甲子園の決勝の舞台、思い入れのある試合の最中に、岩城、殿馬、山田、里中といった主力メンバーは、ここに至るまでの、つらかった過去を思い出す。

それは、30巻まで語られることのなかった、彼らの背景である。
なぜ山田太郎には、両親がいないのか、なぜ岩城は、美人に目もくれず、マニア好みの容貌を持つ夏子はんに惹かれるのか、なぜ殿馬は、天才と言われ将来を嘱望されたピアニストの道を諦めて、野球をするようになるのか。
それらが、彼らの登場する、ここ一番の大勝負の間に、回想シーンとして描かれるのだ。

そのカットバックの手法は脈々と、スポーツ漫画、スポーツ文学に受け継がれた。

箱根駅伝を目指す大学生たちを描いた、三浦しをんの大傑作「風が強く吹いている」で一番盛り上がるのはどこか。
孤独にタスキをつないでいる、寛政大学の選手たちの回想シーンだ。
無名の大学陸上部が、たった10人で箱根駅伝に挑戦することを決める前、自分が日々をどう自堕落に過ごし、どんな劣等感を抱き、どんな孤独にさいなまれていたのか。
それが、箱根を走る今、どんな気持ちでいるのか。

それまで語られることのなかった個々の想いを、読者は初めて知り、ますます応援したくなる。

「ハイキュー!」だって「弱虫ペダル」だって、そうだろう?
ただボールを追いかけていても、ただ自転車をこいでいても、そこに物語がなければだれも感動しない。
そして、物語はキャラクターの厚みが作るのである。

そういう意味では、現代のスポーツ漫画はみんな、「THE FIRST SLUM DUNK」なのだ。
そしてそれは、水島新司が「ドカベン31巻」で確立した、スポーツ漫画の作法により生み出されていたのである。

②事実確認:リョータを見てきた人は誰もいなかった

さて、「ドカベン」フォーマットを忠実に再現してきた「SLUM DUNK」という構造は見えた。
けれど、両者には大きな違いが一つある。
それは、目撃者の違いだ。
「ドカベン31巻」で語られる、登場人物の心の内を知っているのは読者だけだ。
チームメイトは、お互いの過去は知らない。
わざわざ語り合ったりしないから。

けれど、「SLUM DUNK」では、仲間が過去を知っている。

例えば、ゴリ(赤城剛憲)の高校一年生時代。
湘北高校という弱小バスケ部で、全国制覇という夢を語っても、暑苦しいと先輩に疎んじられ、同期も「お前とは合わない」と、つらい練習に音を上げどんどん辞めていく。
ゴリには、その、諦めたくない思いを、どん底からの再起を、身近で見ていて理解してくれていた小暮がいた。

三井もそうだ。
ケガでバスケから離れ、不良グループとつるむようになっても、本当はバスケが好きな三井を理解し、毎試合「炎の男三っちゃん」と書かれた旗や横断幕を自作し、応援にやってくる仲間がいる。

主人公・桜木花道に至っては、ゼロスタートのバスケットボール人生を、読者もチームメイトも、桜木軍団も、晴子も、全員が見て知っている。

彼らの過去や思いが、あらかじめ仲間に共有されているという点で「読者だけが知っている」というドカベンフォーマットは、変形し進化している。
それは、より「チーム」としての一体感を描くために、必要な進化だった。
仲間の過去を知っている、弱みを知っているということが、強いきずなを生み出すために必要だったのだ。

けれど、リョータには、その手法が適応されていない。
読者も、仲間も、リョータの過去を知らない。
思いを知らない。

だから、ただのおちゃらけた、自信家のあんちゃんだと誰もが思っていた。
それは、彼が語らないせいもある。
不快なことには、すぐさま反応し、手や足が出るくせに、つらいことがあっても、言葉にも態度にも顔にも出さない。
それがなぜなのかは、本映画であきらかになるのだが、彼は徹底してポーカーフェイスなのだ。

だからこそ、「THE FIRST SLAMDUNK」では、主人公が宮城リョータだったのではないかと思う。
リョータを、湘北の真の仲間にするために、リョータが語りたがらない過去をあえて見せてくれたのだろう。

この映画で、湘北は、本当のチームになった。
宮城リョータは、湘北の真のメンバーになったのである。

③今後:じゃあ、流川はどうなのよ問題

ここまで読んでくださった方の中には、「流川の過去だって、原作にも、たいしたことは書かれてないじゃん。流川はどうなのよ?」と思った方もいるだろう。

私もそれは思った。

けれど、流川は、最初から桜木のライバルである。
女の子にキャーキャー騒がれ、仲間に頼らずとも得点できる実力と、ルックスを兼ね備えた、鼻持ちならないバスケエリートなのである。(桜木視点)
そんな強いライバルに、悲しい過去って必要だろうか?

どんぐりの背比べのようなライバル群の中でなら、それぞれの過去の苦労話は活きるかもしれないが、流川は、群れから20馬身以上抜け出している圧倒的存在であるがゆえ、桜木にライバル認定されたのだ。
強者・流川に、無理やり悲しい過去を持ってきても、桜木が困るだろう。

……とか言って、「THE SECOND SLUM DUNK」では、思い切り悲しい流川の過去編が描かれる可能性だってあるのだけれど。
でも、個人的には、流川はマイペースで何事にも動じない孤高の天才でいてほしい。
彼には前だけ向いていてほしい。
過去なんか振り返る暇がないほど、未来だけ見て全力疾走するヒーローであってほしい。

④最後に

私は、テレビアニメ版のスラムダンクが、本当に許せなかった。
当時のアニメーションの技術的問題や、毎週決まった時間内に納めなくてはいけないという制約があったにせよ、「このコート、一体何百メートルあるんだよ」とつっこみたくなるほど、永遠にダムダムとドリブルが続くシーンや、桜木を過剰におちゃらけたキャラクターとして描こうとするところが、本当に嫌だった。

ギャグマンガじゃないのに。
こんなに熱い青春マンガなのに。

作っている人たちは、原作のことを本当に好きなのかな、とずっと思っていた。(携わっていた皆様、本当に生意気ですみません)

しかし、今回の映画で、全国の原作漫画ファンの、アニメで報われなかった思いが、一気に成仏したと思う。
それくらい、頭の中にあったスラムダンクの世界と寸分たがわぬものを、いや、それ以上のものを見せてもらえた。
最高だった。

そして、映画「THE FIRST SLAM DUNK」の大成功で、何が一番うれしいって、これで井上先生が、漫画に戻ってくるだろうと思えることだ。

「バガボンド」も「リアル」も、あんなにすごい映画を作りながら、片手間に描ける作品ではない。
映画が終わった、ということは、未完のこれら作品に、新規のストーリーが追加されていくということだろう。

私は、井上先生が生み出す新しい感動を、楽しみに何年でも待つと、自信を持って言える。
そりゃ、「HUNTER×HUNTER」を追いかけているくらいなんだから、一年、二年なんて、待ったうちに入りませんよとは、思っている。
思っているけれど、そろそろ野宮君の活躍を見たい。
彼らの今後が見たいのだ。

井上先生、お疲れさまでした。
最高のスラムダンクを、ありがとうございます。
そして、お帰りなさい。
待っていました。
どうぞ、また、野宮君たちを大暴れさせてください。
楽しみにしています。

**連続投稿352日目**


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