見出し画像

ステーキよもやま話

一番好きな料理は? と聞かれたらまず間違いなくステーキと答える。僕はステーキが好きだ。市民権や人気は焼肉やすき焼きのほうが上で、贅沢の代名詞にもなっている。焼肉やすき焼きはみんなで囲んで食べる楽しみがあるが、ステーキはそうではない。この「囲む」という行為の有無は意外に大きく、それがステーキが焼肉やすき焼きに一歩譲る部分だろう。ステーキを囲んでいたら、それはただの最後の晩餐である。贅沢感はまるでない。

それでも僕はステーキが好きだ。こんがりと焼きあがった大きな肉を前にした時の気持ちは、山を登る前の登山者に似ている。400グラム以上のステーキをたいらげるのはまさに格闘であり、一つの挑戦なのである。

ステーキを楽しむにはいくつかのコツがある。肉はアメリカ産の肩ロース、もしくはサーロインが一番いいだろう。なるべく分厚い肉を選ぶことだ。多少サッシが入っていても構わないが、赤身を選ぶのも大切なことである。霜降りの和牛は視覚的なインパクトは強いものの、やはり肉肉しさでは赤身肉に軍配が上がる。国産のステーキ肉も悪くはないのだが、大抵はスリッパのように薄く、また割高である。グラムは300以上、厚さは最低2センチ、できれば3センチぐらいが望ましい。分厚い肉に歯を突き立てて滴る肉汁とともに味わった時の快感は、他の料理ではなかなか味わえない。すき焼きやしゃぶしゃぶを見れば分かる通り、日本は薄切り肉を煮る調理法が発達しているが、肉を焼く調理法は大陸式のやり方にならうのがいいと思う。

備え付けの牛脂をもらって来て、肉を買ってきたら、まず室温に戻すことから始めよう。冷蔵庫から直行させるのは愚の骨頂である。少し切れ目を入れておけば多少分厚くても火が通りやすい。

味付けのタイミングだが、焼く前に塩をかけるのはよしたほうがいい。浸透圧で旨味が逃げてしまう。コショウは審議中で、ここは好みが分かれるところだろう。コショウはコゲやすくなる反面、焼いて香りの引き立ったコショウも悪くない。しかし焼き上がりに直接かけた時の風味も捨てがたく、甲乙つけがたい。僕は上の写真のように焼く前の肉にコショウをすりこんだり、かけずに焼いて、焼きあがりに後から黒コショウをかけたりと、その日の気分によって変える。塩コショウ一つとっても、そこにこだわりは存在するのだ。

牛脂を引いて、フライパンを強火でとにかく熱する。煙が立つまでだ。臆してはならない。ガンガンに熱したフライパンこそがステーキをステーキたらしめる。薄切りのニンニクを焦がさないように焼くのもいいだろう。生ニンニクをステーキにすりつけて香りを移すのもいいが、ニンニクチップがあるとそれだけで豪華さが際立つ。軽く焼いて取り出して、トッピングするのが個人的には至高である。

強火でフライパンを熱したら、そのまま肉を投入しよう。そしてそこで初めて塩をかける。油がパチパチとハネて、肉が焼ける凄まじい音がするが、大切なのはここで肉に触らないことである。「魚は貧乏人に焼かせ、餅は大名に焼かせよ」という故事ことわざがあるが、それはステーキも同じである。やたらめったらひっくり返さず、最低でも1分半〜2分は放置しよう。焼くには勇気が必要だ。そしてそこで裏返し、焼きあがった片面に同様に塩をかけて、また1分半放置する。フライパンを十分に熱してさえいれば、厚さにもよるがこれで火が通る。焦らずに、ただひたすらじっくりと機会を待つ。人生において大切なことは、全てステーキが教えてくれる。

焼きあがったら取り出し、アルミホイルに包んで、熱を逃さないようにして3分程度放置する。肉を馴染ませ、余熱で火を通すためのベンチタイムだ。カードゲームのテキストのような書き方になるが、もしあなたがオーブンを所持しているなら、ここで一手間加えることでよりジューシィなステーキが誕生する。180度のオーブンで10分。オーブンの質にもよるが、これが幸せの方程式だ。オーブンがある場合は、アルミホイルに包んだ後、休ませずにそのままオーブンに直行しよう。そして10分焼きつけた後に、取り出して3分程度休ませればいい。

肉を休ませている間に、付け合わせのことも考えよう。茹でたジャガイモやブロッコリーは箸休めとしてもちょうどいい。細く切ったジャガイモを、フライパンに残った牛脂で炒めて簡易的なフライドポテトにするのも悪くない。細くスライスしたエリンギもよく油を吸うため、肉を焼いたフライパンで炒めれば、より旨味が強くなりオススメである。ピーマンや小松菜などの緑の野菜をローストして添えれば、見栄えもよく、栄養バランスも完璧である。食う時に米は言わずもがなだが、あえて米抜きの赤ワインのみで頂くのもいい。ステーキへの向き合い方は人それぞれである。

最後に残った問題。それはソースの存在である。塩コショウのみで食うのが最適解であることに疑いの余地はない。意識が高いと思われがちだが、肉汁と脂、そしてニンニクは、塩コショウが一番引き立つ。ただ、米を食うならソースはあったほうがいいだろう。

肉を焼いた後のフライパンに、醤油大さじ2とみりん大さじ1、小さじ1のおろしニンニクを混ぜて軽く泡立たせるように火を通せば、それだけでニンニク醤油ソースのできあがりである。万能ネギを足すとステーキの脂っぽさも幾分か緩和される。また、上記の味付けからみりんを抜いて、代わりに玉ねぎ半分をすりおろして加えれば、ファミレスで出てくるような和風ステーキソースになる。子供のいる家庭なら、ウスターソースとケチャップを同量ずつ入れてバターを落としたソースもいい。子供向けの味で大人はやや物足りないかもしれないが、小さい頃はこのソースが大好きだった。

ステーキが焼けた今、これ以上細かいことを言うのは野暮になるだろう。喰らえ! 味わえ! そして焼肉やすき焼きから人気と市民権を取り戻すのだ! その命運は君たちの肩にかかっている。大切なことは全て記した。諸君の健闘を祈る。

#エッセイ #レシピ #ステーキ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?