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【共同親権】アラゴン州(スペイン)の共同養育法が素晴らしすぎたので紹介

こちらの論文紹介記事の番外編です。


1. アラゴンとは、、、

スペインを構成する17の自治州の一つで、スペイン領土の東部に位置し、過去にはアラゴン王国という独立した王国であったことから17自治州の中でも高いレベルの自治を認められているようです。生ハムのハモン・セラーノの生産地の一つとして有名です。(調べていて、こんな美しい街でも離婚や男女の諍いはあるのだなあと、人間感情の普遍性を思いました。)

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https://www.turismodearagon.com/ja/

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2. アラゴンの民法

1889年発布のスペイン民法が国内全域に適用されていますが、アラゴンを含む一部の自治州ではこれに加えて独自の民法を制定する自治権が認められています。日本の地方自治体の条例は国の法律に劣後しますが、スペインの地方民法は、国の民法より優先されるようです。下記の外務省HPの資料でその点が分かりやすく解説されていたので引用しておきます。

2)地方自治法の存在 スペイン法の解釈において特筆すべき点として、地方自治法(州民法典と称する場合もある。例えば「カタルニア民法典」と称されるように)の存在がある。1978 年憲法は、スペインが行政・ 立法権限を有する自治州により構成される自治国家であると規定している。法文上は国家が立法 についての唯一の権限を有することになっているが、かつて歴史的に固有の法律を有していた旧王国から自治州となったアラゴン、カタルニア、ナバラ、バレアーレス、バスコ、ガリシアの 6 州については、王国当時の既得権である民事法を保持、修正および施行する権限が現行憲法上承 認されており、一般に地方自治法として、国家法と競合する場合には国家法に優先して施行されている(後述未成年保護規定に関連)。

3. アラゴン州の民法は、共同監護を標準としている

スペイン民法ではかなり昔から共同親権は明文化されていました(※本記事末尾参照)。しかし、それは重要事項決定などの法的側面だけの共同親権(Joint Legal Custody)であって、子供の監護権(Physical Custody)は母親が単独で取得する制度であったそうです。それが2005年に、監護権についても父母共同で持つことができることが制度化されました(Joint Physical Custody)。しかしそれでも一方の親が拒否した場合は基本的に母親の単独監護になるため、実質的な変化は余り進まず、共同監護は子あり離婚の10%強に止まる状況が続いたようです(現在は20%程度まで増えている模様)。そんな中、アラゴン自治州ではスペイン民法とは別に、2010年5月に成立した地方自治法で、共同監護(明文では無いが父母50:50が出発点)を標準とすることが明文化され、しかも一方の親が拒否しただけでは共同監護を止める理由にはならないという、かなり先進的な規定がなされました。それにより、アラゴン自治州では立法後5年で共同監護が子あり離婚の40%以上を占めるに至っています。この法律は、英語ではEPT法(Equal Parenting Time)と俗称されているようです。
EPT法により離婚後も子供が両親と十分に交流できることによって、子どもにとっても女性にとっても好影響があったことは、調査でも確かめられています(前回の記事

「2/2010 父母の同居解消に伴う家族関係の平等に関する法律」全文はこちら↓(アラゴン州政府の官報)。当然ながらスペイン語なので機械翻訳等ご利用ください。

4. 大事な部分(抜粋&試訳)

第一条「目的」
2. 父母の同居が解消される際、父母が子供の養育と教育に責任を持って、共同かつ均等な参加をすることによって親権(autoridad familiar)を行使し、それにより親子関係の継続を促進することが、この法律の目的である。

第二条「権利と原則」
1. 父母の同居の解消は、親権に関する権利と義務に影響を及ぼさない。
3. 父母の同居解消により生じる新たな家族関係において、以下の権利が尊重される
  a) 未成年の子供は父母と定期的かつ直接の接触をする権利と、親権行使に
   より子供の利益に影響があるような場合の意思決定に父母とも参加させる
   権利を持つ。
  b) 父母は、未成年の子供に関して、家族関係において対等な権利を持つ。

4. 自分に影響のあるあらゆる決定・仲裁が行われる前に、意識が健常な12歳以上の子供は意見を聴聞される。

↑子供は父母との接触を保つ権利があるという子供の権利条約9条の趣旨が明記されています。また男女(父母)の平等も謳われています。

第三条「家族関係協定」
1. 父母は同居の解消にあたって家族関係協定を結ぶことができる。協定の中で父母は、子供との新たな家族関係を樹立しなければならない。
2. 家族関係協定の中では、最低でも家族生活についての下記の事項について合意しなければならない。
  a) 子供との同居または訪問スケジュールについての体制
  b) 子供たちと兄弟、祖父母、親類縁者との関係
  d) 子供(適切な場合、成人済みでも財政的リソースのない子供を含む)の
   通常の支出に対する父母の貢献割合、支払い方法、見直し条件、必要ならば
   支払保証。特別支出の見通しとそれに対する父母の貢献割合も定めること。
  # 以下3項目略。夫婦の財産分与、家の帰属等について。
4. 家族関係協定およびその修正は、検察官に諮った上で、前項に定める権利と原則に則って裁判官が承認して初めて、有効となる。
5. 裁判官は、義務規定に反する場合や子供の利益保護が十分でない場合を除いて家族関係協定を承認する。家族関係協定の全部または一部が承認されなかった場合、父母は新しい協定を提案するためのタイムリミットを与えられる。新しい協定の提出または期限切れを以って、裁判官は何が適切であるか判断する。

第四条「家族調停」
1. 父母は、法的措置の行使に先立ち、不一致点を家族調停にかけることができる。
4. 家族調停での合意内容は、第3条で家族関係協定について定められたのと同様に、裁判官によって承認されなければならない

↑ここまでで、別居時に家族関係協定(いわゆる養育計画)の作成が必要であること、父母間で作成できない場合は裁判所の調停を利用できること、等が分かります。父母だけでなく、祖父母や親戚、そのほかの親しい人との交流スケジュールが必要である事も明記されています。司法の承認が必要であることで、いい加減な案が父母間だけで作成されてしまわないように予防線を貼っています。また協定の作成にはタイムリミットが設けられており、迅速さも求められると言う点も重要でしょう。

第五条「司法措置」
1. 家族関係協定(※第三条参照)がない場合、裁判官は以降の条文で定められる基準に基づて、父母の同居解消後の家族関係を規定する措置を定める。
2. 裁判官は職権に基づいて、または未成年児童、その他の関係者、検察庁の請求に応じて、下記の目的で必要な措置を命じる。
  a) 未成年の子どもと両親それぞれとの関係維持が継続的かつ実効的なもので
   あることを保証すること。未成年の子どもと兄弟、祖父母、その他親類
   縁者、親しい者についても同様である。
  b) 父母のいずれか、または第三者による未成年の子供の誘拐を防ぐこと

  c) 監護権変更の場合に、子供にとって有害な妨害が行われるのを防ぐこと
4. 司法承認された措置に対して重大なまたは反復的な違反があった場合、その措置の修正に至ったり、司法強制のルールに関する条項に則って強制措置が要請される。
5. 司法承認された措置は、関連する要因や状況が変わった場合に修正することができる。特に、未成年の子の年齢を考慮して単独監護で合意した場合には、併せて見直し期限を定めておき、その期限までに監護計画を見直し、共同監護体制を助言できるかどうか検討する必要がある。

↑話し合いや調停で家族関係協定が作成できない場合は、裁判所が決定するというルールになることがわかります。また、日本でも大きな問題になっている「子供の連れ去り(誘拐)」を防止するということが明文化されています。

第六条「子供の監護と後見 (Custody and Guardianship)」
1. (前半は共同監護の場合について。略)単独監護の場合、もう一方の親による親権の機能の行使を保証するために、(子どもと)もう一方の親とのコミュニケーションと宿泊または訪問の体制を確立しなければならない。
2. 裁判官は、未成年の子供の福祉のために、共同監護を優先しなければならない。ただし、父母から提出された家族関係計画を考慮し、さらに下記の要因も考慮した上で単独監護の方がより適切であると判断した場合を除く。
  a) 子供の年齢
  b) 子供の社会的及び家族的ルーツ
  c) 子供の意見。ただし、子供に十分な判断能力があり、12歳以上である
   こと。14歳以上の場合は特に十分考慮すること。
  d) 子供の安定を確保する父母の能力及び意志
  e) 父母の、家族生活と仕事生活両立可能性
  f) (子どもとの)同居体制に特別な関連のあるその他一切の事情
5. 単独監護を得たいがために一方の親が共同監護に反対することは、共同監護が子供の最善の利益にならないと判断する十分な根拠にはならない。
6. 監護権は、単独であれ共同であれ、次のような親には与えられない。すなわち、その親がもう一方の親または子供の生命、身体の統合、自由、精神の統合、または性的自由を脅かしたとして開始された刑事訴訟と損害賠償の被告であり、かつその結果として十分な根拠と理由づけによって犯罪性が見出されたという合理的な司法判断が下された場合である。また、関係者の申し立てと証拠によって、家庭内暴力やジェンダー暴力があると十分根拠づけられるとみられる場合も、監護権はその親に対して与えられない。

↑共同監護を優先するということ、一方の親が嫌がるだけでは共同監護はやめられなことが明記されています。子供の年齢や親のやる気の無さなどにより単独監護となる場合もあるようですが、その場合も一定期間後に再度養育計画を見直し、共同看護に出来ないか検討し直す事になっています。そうなると、どんな場合でも共同監護が強要されるかのように誤解する方もいるかもしれませんが、DVが立証された場合は対象外となる旨の除外規定もあります。

5. 同じように共同監護を標準として定めた法律を持つ国・自治体

●スペイン(こちらの論文より)
・カタルーニャ自治州:A方式
・バスク自治州:B方式
・バレアーレス自治州:B方式
・バレンシア自治州:A方式

※A方式は、共同監護を優先するよう明文化した法律。B方式は、検察庁による調査意見書の判断基準に共同監護を重視する内容を盛り込んだ法律。アラゴンもA方式

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●アメリカ (こちらの調査を参考にしました)
・アリゾナ州
・ケンタッキー州
・アイオワ州
・ネバダ州
・ルイジアナ州
・ミネソタ州
・サウスダコタ州
・ウィスコンシン州
・ワシントンDC

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●その他
・調査中

■なぜこんな先進的で重要な法律が、法務省の24カ国調査では無視されたのか?

父母の離婚後の子の養育に関する海外法制調査結果の公表について

スペイン全域の民法ではないものの、アラゴンと同様の法改正をした4地域を含めるとスペイン全体の人口の4割弱にも達します。その影響でマドリッドなどの他領域でも共同監護が増えたようです。それなのに24カ国調査のスペインの項ではなぜ取り上げなかったのでしょうか。国全域の法律ではないから言い訳は立つけれども、カナダやアメリカについては州別に取り上げていたりするのですから。家族法改正に対する日本政府の消極的な姿勢を思うと、いろいろ邪推したくなってしまいます。。。

■註:スペインでいつからJoint Legal Custodyが可能だったか?

2005年以前から「Joint Legal  Custody」は可能であったのかどうかについて、以前読んだ論文では、以下の脚注があり、2005年以前から可能であったというように取れる。

Under Article 92, a judge that grants the legal custody to one and not both parents must justify the decision by outlining the reasons for deviating from the standard. This aspect was not affected by the 2005 reform.

一方、Wikipedia記事では、Joint custody (Spain)の項目で以下の記述になっており、Legalも含めて共同親権の導入は2005年からであるとなっており、上記論文の記述とは食い違う。

In Spain, joint custody is the equal right of both parents to take legal custody of their children.[1] It began in 2005, when a new divorce law introduced the notion of joint custody (Spanish: custodia compartida), subject to the agreement of both parents. Subsequently, some regional parliaments have passed laws that make shared parenting the preferred option.

そこで15/2005 July 8だというスペイン民法改正の官報を探してみると下記にあった。

上記内容によるとスペイン民法92条の内容は確かにこの15/2005で2022年現在の内容に切り替わったらしい。ただ、変更前の条文がないのでそれ以前から「Joint Legal Custody」が可能であったのかわからなかった。さらにネット上で2005年以前のスペイン民法条文がないか調べてみたが、スペイン語が使えない身では限界があり、見つけられなかった。

そこでWikipediaよりは査読論文の方が確かであろうと考え、上記2022 Fernandez-Kranzの論文の記述の方を採用してこの記事は記載した。



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