こちらの論文紹介記事の番外編です。
1. アラゴンとは、、、
スペインを構成する17の自治州の一つで、スペイン領土の東部に位置し、過去にはアラゴン王国という独立した王国であったことから17自治州の中でも高いレベルの自治を認められているようです。生ハムのハモン・セラーノの生産地の一つとして有名です。(調べていて、こんな美しい街でも離婚や男女の諍いはあるのだなあと、人間感情の普遍性を思いました。)
https://www.turismodearagon.com/ja/
2. アラゴンの民法
1889年発布のスペイン民法が国内全域に適用されていますが、アラゴンを含む一部の自治州ではこれに加えて独自の民法を制定する自治権が認められています。日本の地方自治体の条例は国の法律に劣後しますが、スペインの地方民法は、国の民法より優先されるようです。下記の外務省HPの資料でその点が分かりやすく解説されていたので引用しておきます。
3. アラゴン州の民法は、共同監護を標準としている
スペイン民法ではかなり昔から共同親権は明文化されていました(※本記事末尾参照)。しかし、それは重要事項決定などの法的側面だけの共同親権(Joint Legal Custody)であって、子供の監護権(Physical Custody)は母親が単独で取得する制度であったそうです。それが2005年に、監護権についても父母共同で持つことができることが制度化されました(Joint Physical Custody)。しかしそれでも一方の親が拒否した場合は基本的に母親の単独監護になるため、実質的な変化は余り進まず、共同監護は子あり離婚の10%強に止まる状況が続いたようです(現在は20%程度まで増えている模様)。そんな中、アラゴン自治州ではスペイン民法とは別に、2010年5月に成立した地方自治法で、共同監護(明文では無いが父母50:50が出発点)を標準とすることが明文化され、しかも一方の親が拒否しただけでは共同監護を止める理由にはならないという、かなり先進的な規定がなされました。それにより、アラゴン自治州では立法後5年で共同監護が子あり離婚の40%以上を占めるに至っています。この法律は、英語ではEPT法(Equal Parenting Time)と俗称されているようです。
EPT法により離婚後も子供が両親と十分に交流できることによって、子どもにとっても女性にとっても好影響があったことは、調査でも確かめられています(前回の記事)
「2/2010 父母の同居解消に伴う家族関係の平等に関する法律」全文はこちら↓(アラゴン州政府の官報)。当然ながらスペイン語なので機械翻訳等ご利用ください。
4. 大事な部分(抜粋&試訳)
↑子供は父母との接触を保つ権利があるという子供の権利条約9条の趣旨が明記されています。また男女(父母)の平等も謳われています。
↑ここまでで、別居時に家族関係協定(いわゆる養育計画)の作成が必要であること、父母間で作成できない場合は裁判所の調停を利用できること、等が分かります。父母だけでなく、祖父母や親戚、そのほかの親しい人との交流スケジュールが必要である事も明記されています。司法の承認が必要であることで、いい加減な案が父母間だけで作成されてしまわないように予防線を貼っています。また協定の作成にはタイムリミットが設けられており、迅速さも求められると言う点も重要でしょう。
↑話し合いや調停で家族関係協定が作成できない場合は、裁判所が決定するというルールになることがわかります。また、日本でも大きな問題になっている「子供の連れ去り(誘拐)」を防止するということが明文化されています。
↑共同監護を優先するということ、一方の親が嫌がるだけでは共同監護はやめられなことが明記されています。子供の年齢や親のやる気の無さなどにより単独監護となる場合もあるようですが、その場合も一定期間後に再度養育計画を見直し、共同看護に出来ないか検討し直す事になっています。そうなると、どんな場合でも共同監護が強要されるかのように誤解する方もいるかもしれませんが、DVが立証された場合は対象外となる旨の除外規定もあります。
5. 同じように共同監護を標準として定めた法律を持つ国・自治体
●スペイン(こちらの論文より)
・カタルーニャ自治州:A方式
・バスク自治州:B方式
・バレアーレス自治州:B方式
・バレンシア自治州:A方式
※A方式は、共同監護を優先するよう明文化した法律。B方式は、検察庁による調査意見書の判断基準に共同監護を重視する内容を盛り込んだ法律。アラゴンもA方式
●アメリカ (こちらの調査を参考にしました)
・アリゾナ州
・ケンタッキー州
・アイオワ州
・ネバダ州
・ルイジアナ州
・ミネソタ州
・サウスダコタ州
・ウィスコンシン州
・ワシントンDC
●その他
・調査中
■なぜこんな先進的で重要な法律が、法務省の24カ国調査では無視されたのか?
父母の離婚後の子の養育に関する海外法制調査結果の公表について
スペイン全域の民法ではないものの、アラゴンと同様の法改正をした4地域を含めるとスペイン全体の人口の4割弱にも達します。その影響でマドリッドなどの他領域でも共同監護が増えたようです。それなのに24カ国調査のスペインの項ではなぜ取り上げなかったのでしょうか。国全域の法律ではないから言い訳は立つけれども、カナダやアメリカについては州別に取り上げていたりするのですから。家族法改正に対する日本政府の消極的な姿勢を思うと、いろいろ邪推したくなってしまいます。。。
■註:スペインでいつからJoint Legal Custodyが可能だったか?
2005年以前から「Joint Legal Custody」は可能であったのかどうかについて、以前読んだ論文では、以下の脚注があり、2005年以前から可能であったというように取れる。
一方、Wikipedia記事では、Joint custody (Spain)の項目で以下の記述になっており、Legalも含めて共同親権の導入は2005年からであるとなっており、上記論文の記述とは食い違う。
そこで15/2005 July 8だというスペイン民法改正の官報を探してみると下記にあった。
上記内容によるとスペイン民法92条の内容は確かにこの15/2005で2022年現在の内容に切り替わったらしい。ただ、変更前の条文がないのでそれ以前から「Joint Legal Custody」が可能であったのかわからなかった。さらにネット上で2005年以前のスペイン民法条文がないか調べてみたが、スペイン語が使えない身では限界があり、見つけられなかった。
そこでWikipediaよりは査読論文の方が確かであろうと考え、上記2022 Fernandez-Kranzの論文の記述の方を採用してこの記事は記載した。