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「ここにいてもいい」と思える場所にいたい

今の職場にいていいと思えない。

決してブラックではない。
昨年部署異動してからは、残業もほぼなし。
福利厚生も、社会的信用もある。

優しい人もいっぱいいる。
特に上司は、私の体調に気を配って、「無理しないでいいよ」と言ってくれる。

きっと理想に限りなく近い職場。
私さえ、適応できていれば。

ASDの特性ゆえか、できないこと、できるけど疲れることが色々ある。
電話の応対や来客の応対は最たるものだ。
視野を広く持つこともできない。
人に相談することも苦手だ。

周りは優しいからフォローしてくれる。
「ありがとうございます、すみません」
そう言うたびに、申し訳なくなる。
ごめんなさいを、心の中で繰り返す。

私はいつまでも、周りの優しさに罪悪感を抱いて、謝りながら生きていくしかない気がする。
ここにいる限り、ずっと。

いずれは部署異動もあるだろう。
でも、それが自分の居づらさにプラスに働くとは思えない。
どこに行っても、電話も来客も必ずある。
私の苦手なこと、できないことは、ここでは皆できなきゃいけないことなのだ。

もうやめてしまいたい。
というより、消えてしまいたい。
そう思うことが増えた。

周囲の優しさを食い潰して、迷惑をかける。
そんな生き物でいることが厭わしい。
優しい人たちの求める理想に着いていけないのが悲しい。

私は、ここには相応しくない。
そう思う。

だけど、今すぐ居なくなることはきっとできない。
引き継ぎもあるし、次の仕事もわからない。
仕事をやめたいのなら、さっさと転職活動をするべきなのだろうが、実行できていない。
本当は、本や文章に囲まれて仕事をしたいのだけど。

今の職場を去ることが、優しい人たちへの裏切りであり、恵まれた職場を捨てる、とてつもない贅沢に思えてしまう。

居なくなりたいのに、居なくなれない。
私はどうして、こんなに自分を縛り付けているのだろう。
苦しい。

家族にも相談をためらってしまう。
今の職に就くとき、誰よりも喜んだのは家族だった。
父もかつて、同じ職場にいて、定年まで勤めあげた。立派な人だ。
きっと、やめたいと言ったら悲しむだろう。
あるいは、頑張れと励ますだろう。
どちらも見たくない。
自分がしょうもないことで悩む贅沢者だと突き付けられる気がして怖い。

私は誰かを困らせたり、悲しませたり、がっかりさせたい訳じゃない。
ただ、「ここにいていい」と思える場所にいたいだけなのだ。

そして、できることなら自由になりたい。
自分を取り巻くものすべてから。