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母性から親性へ(配信#3)

親性のポジションには母性がいる

Podcast第3回の終盤で取り上げている「親性脳(おやせいのう)」は、育児行動に関わる脳内のネットワークのことで、性差に関わらず、育児経験を通じて活性化すると言われている。この親性脳という言葉は、意味で分割すると「親性」+「脳」になる。
私もそうだったが、そもそも親性(おやせい)という言葉が多くの人にとって聞きなれないのではないか。親性は親が自分の子どもを養育しようとする性質のことで、これが発達すると、例えば「赤ちゃんが泣いていたらすぐに反応して、適切に対処する」といった行動を取ることができるようになる。ネットで調べてみたところ、親性という概念・言葉は1993年にはすでに提唱されているようなのだが、その割に耳馴染みがないのは、ほぼ同じことを意味する言葉として「母性」が根強く残っているからだろう。その根深さの背景には、産みの母の育児能力を絶対視する母性観がある。

批判されてきた母性観

従来の母性観は、親性脳が研究されて話題になるずっと前から、社会科学の領域では批判されてきた。例えば発達心理学者の大日向雅美による『母性愛神話の罠』という本では次のように記載されている。

子育てに携わる母親の生活実態を長年にわたり研究してきた経験をもとに考えると、子育ては産みの母親にこそ最も適性が備わっているものだと主張し、その母の愛情を絶対的で崇高なものであると賛美してきたこれまでの母性観は、母親たちの実態とかけ離れた幻想に過ぎないと断言できる

『母性愛神話の罠』大日向雅美

母性は、育児ケアを担いたくない男性にとって都合がいい。「男である自分には育児の適性がないから、後はよろしく」と言って、育児ケアの全てを妻に押し付けることができるからだ。そのようにして性別役割分業の根拠となる一方で、女性ならば母性が備わっていて当然だとする考え方は、育児を担う女性にとって大きな圧力になる。のみならず難しいのは、育児を経験した女性自身が母性を内面化しているケースが多いことで、その場合は母性を否定されると自分が否定されたような気になり、激しい抵抗感を示すようだ(『母性愛神話の罠』第2章より)。

このように多くの問題点をはらむ「母性」だが、批判的な研究や働きかけが盛んに行われてきたにも関わらず、言葉としてはしぶとく残っている。今ふと思い出したのだが、私が長期育休を取ると周囲に伝えた時に、「森田さん、母性本能が高そうだからうまくやれそう」みたいなことを褒め言葉として何度か言われた。「母性愛」はイマドキなんとなくNGという雰囲気があるけど、「母性本能」はみんな割と迂闊に使うような気がする。「本能」は生物学的・科学的なニュアンスのあるフラットな言い方だからOK、みたいな感じがするのかもしれない。でも実際は「本能」の方が本質主義的で、言葉としてはよりタチが悪い。

親性脳の説得力

しかし最近になってようやく「親性」という言葉が、脳科学の成果と結びついて一般レベルに浮上してきた、ということなのだろう(生半可に調べただけなので正確なところはわからないけれど)。
繰り返しになるが、親性脳の活性化は育児経験によってもたらされるものであり、性差は関係ない。さっき「育児を経験した女性自身が母性を内面化している」と書いたが、彼女たちは当然育児経験があるわけで、その時は親性脳ネットワークが活性化していたはずだ。そういう意味では、体感として「母性」を感じていたとも言えるのかもしれない。ただしそれは育児をしたから活性化したもので、女性あるいは経産婦ならではの特性ではない。

また、親性脳という視座から親としての経験を捉え返していくことは、女性に特有の「妊娠・出産による心身の変化」と、性差に関係のない「育児による心身の変化」とを切り分けて整理することにもつながるだろう。どうもそのあたりがごっちゃにされているような気がしてならない。というか女性からしたら妊娠・出産・育児は連続で起こるものなのだから、実感として切り分けられられないのが当然だろう。ただ、私はある場所で年配の女性から、「男性の育児は、産んでないから女性とは全然違う」みたいなことを直接言われたことがある。そんなこと言わなくてもいいじゃないかと傷ついたが、まあ、それはそうなんだろうなとその時は納得した。また同じことを言われたら「いや親性脳というのがあってですね」と反論する……かどうかは怪しいが、少なくとも傷つきはしないと思う。
あと、育児経験を通じて自分の身体の神経系が変化していることを想像すると、ちょっとワクワクする気持ちもある。


今回もなんだか硬い内容になってしまった。本当はもっとポップで軽妙なブログ的なものをやりたかったんだけど、どうも重いなあ。重過ぎて文体まで常体になってしまいました。お読みいただきありがとうございました。
次回配信テーマは「知らない人に親切にされた (^_^)v」です。2024年は毎週火曜朝の配信を目指します。

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