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黒と白で魅せる人間劇場 ヴァロットンのパリ

“好きとか嫌いとか欲しいとか口走ったら如何なるでしょう。ああ白黒付けるのは恐ろしい…切実に生きればこそ…”

椎名林檎 / 『おとなの掟』


三菱一号館美術館『ヴァロットンー黒と白』に行ってきました。ゴッホやロートレックなど同世代の画家と比べれば日本での知名度はまだまだですが、負けず劣らずインパクトがあったので、感想をつれづれと。

フェリックス・ヴァロットン (1865-1925) スイス出身、主にパリで活動した画家・版画家。
今回の展示は彼の版画家としてのキャリアに注目しています。

フェリックス・ヴァロットン
『フェリックス・ヴァロットン』1891年


木版画とは小中校時代、彫刻刀で木板を彫ってバレンで紙を擦ったアレです。浮世絵も木版画の一種(けれどもカラーの多色刷り)。一方、本展覧会は黒一色刷りの一本勝負。

葛飾北斎とヴァロットン
北斎の富士と、ヴァロットンのマッターホルン
浮世絵と一色刷りの違いがはっきり

チラシを見た際「カラーじゃないから地味な内容では?」と思いましたが、実際に見ると白黒だからこそ表現できる、人間心理や情感に溢れた「濃い」木版画の世界にズブズブと引き込まれていきました。黒澤監督の映画に近いかも。

● 悲劇と喜劇
作品の舞台は19世紀後半、ベル・エポック(美しき時代)と呼ばれたパリ。文化の担い手がマリー・アントワネットに代表される貴族から、革命を経てブルジョワ中心とした市民へと移り変わった時代です。
貴族、ブルジョワ、市民、浮浪者、ならず者、多種多様な階層が溢れ、繁栄と貧困が入り混じった「花の都」とは言い切れないパリの世相をヴァロットンは木版画のテーマとしました。

ヴァロットン
『息づく街パリ』口絵 1894年

街に自動車が走りはじめ、マダムはデパートでお買い物。休日は一大イベントである万国博覧会へ見物客が押し寄せる、19世紀後半は現代へ続く消費社会がスタートした時代です。

『愉快なカルティエ・ラタン』1895年
『ル・ボン・マルシェ』(百貨店)1893年
『歩道橋(万国博覧会Ⅴ)』1900年

山国スイスからフランスへやってきたヴァロットンにとって、当時のパリは最新の物が溢れ、今以上に賑やかで活気に満ちた街に見えたのでしょう。
そんな新時代を生きる人々を白黒の2色でユーモラスに、時にちょっぴり皮肉な視線で描きました。

『警戒』1895年
『可愛い天使たち』1894年

警察にしょっぴかれる小汚い浮浪者とそれをからかう子供達の、ちょっと嫌らしいコントラスト。タイトルが「可愛い天使」と皮肉が効いて、子供=純粋無垢のイメージを揺さぶります。あるブロガーさんの説明でも「ヴァロットンの描く子供は可愛くないのが特徴」と言っていました。
この描き方からも、ヴァロットンが既成概念に流されない鋭い目を持っていたかが想像できます(「趣味はカフェでの人間観察です」と大真面目に言ってそう…)。

その観察眼はデモ・事故・詐欺・汚職・刃傷沙汰 etc. パリのあちこちで起こったトラブルにも容赦なく注がれました。

『突撃』1893年
『暗殺』1893年
『自殺』1894年

一番怖かった作品がこの『自殺』。橋の影がブラックホールのようで恐ろしい…そして画面左上には死体の引き上げを見物している野次馬の顔がずらり。
 近年、事故・事件現場を撮影してSNSに上げる行為が問題視されるけど、100年前の人間も手元にスマホがあったら同じことやるのだろうなと妙に納得。

『祖国を讃える歌』1893年

ヴァロットンの作品の人物の表情はどこか漫画チック、けれどもすごく人間らしいパリ市民たち。
当時のモノクロ写真やもっとリアルな絵をを見ても、そこに写っている人の感情に「共感」することは難しい、けれども適度にデフォルメされたヴァロットンの人物が、現代のSNSに溢れる加工された自撮り写真よりも、生身の人間らしく感じてしまう… 人間の脳って不思議です。

●無言劇
ヴァロットンの木版画の真骨頂と言われるのが『アンティミテ』シリーズ。アンティミテの意味は「親密さ」。そう書くとほのぼのな感じがするけど、

『嘘』1898年

思ってた「親密さ」のイメージと違う…確かに身体は密着してるけど。
それにしても男の顔の悪そうなこと!しかし影に隠れている女も腹にイチモツありそう。鎌倉殿ののえポジションかな?タイトルの「嘘」とはどちらがついているのか。

『5時』1897年

絡み合う男女、左下に脱ぎ捨てられた服、まさに昼ドラの世界…そして鑑賞者が部屋の鍵穴から情事を覗くような構図が淫靡です。

『お金』1898年

一番すごいと感じたのが上の一枚、画面の3分の2を覆う闇と同化した男性と白の女性のコントラスト。ヴァロットン木版画の傑作です。
タイトルは『お金』、これだけで2人の関係が正式でない事が想像できます。当時のパリには多くの男を手玉にとって贅沢な暮らしをする高級娼婦(クルチザンヌ)がいました。彼女もその1人なのでしょうか?
このカップルは本当に互いに好いているのか違うのか、答えの出ないミステリー。是非とも恋愛猛者のデビィ夫人や叶姉妹の感想を聞きたいところ。

『怠惰』1896年

ヴァロットンの木版画を見ていると「雄弁な白、沈黙の黒」というフレーズが頭に浮かびます。日本の浮世絵の影響は確かに受けているけれども、白黒つけられない人間模様を白黒の木版画に封じ込めた手腕は見事。


つれづれと感想を書き綴りましたが、一枚ずつ人間の悲喜こもごもが表現されたヴァロットンの木版画が約180枚展示された展覧会、浮世絵好きな人や漫画好きな人にぜひおすすめです。描かれた人間模様を深読みすればするほど沼にハマります。

『ヴァロットン - 黒と白』
会期:2022年10月29日(土) 〜 2023年1月29日(日)
会場:三菱一号館美術館
開館時間:10:00〜18:00(金曜日と会期最終週平日、第2水曜日は21:00まで)
ウェブサイト:https://mimt.jp/vallotton2/  

三菱一号館美術館


最後に三菱一号館美術館、ミュージアムショップ STORE 1894もおすすめです。フランス、イギリスから買い付けてきたオーセンティック(本場の)アイテムやユニークな展覧会グッズがずらり。チケットなしでも入れます。


和風小皿かと思ったら、ヌードが描かれていてちょっとギョッとするユニークな小皿をお土産に購入しました。
みなさま是非是非。

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