【10分エッセイ】賞味期限が三年前に切れたカップ麺を食べたけど無事だった話

 賞味期限、2020年10月。
 現在、2023年5月。

 私は職場のデスクチェアにもたれ、遠い目で三年前に思いを馳せた。

 あらかた片付けたデスクの中に、たった一つ残っていたカップ麺。今日のお昼は満を持してこれだ、と思い勇んで今日はお弁当を買わずに出社してきたというのに、いざ食べようとしたらこの有様である。

 賞味期限が三年前に切れたなら、製造はそれ以前ということになる。
 例えば製造から一年後を賞味期限として設定しているなら、つまり今私の手に収まっているカップ麺が製造されたのは四年前。四年前だって。コロナ前じゃないか。

 ちなみにこれは普通のカップ麺ではなくて、ちょっとプレミアムなやつ。ダシ香る肉うどん! スーパーでたまたま見かけて、職場でのご褒美とか頑張った日とか、何か記念日のために買っておこう、と思って購入したのだ。だから残っちゃっていたのだ。三年間もデスクの奥にしまわれていたのだ。

 つまり私は三年の間、職場でプレミアムなイベントというか記念日というか、今日は頑張ったからこのカップ麺を食べちゃおう、と思えるそんなイベントが何一つ発生していなかったということになる。なんてつまらない。無か。お前の三年間は無だったのか。私はこの三年間仕事で何をなし得ただろう。そんな思いを抱え、私は今日、この職場を卒業します!

 三年前に賞味期限が切れたカップ麺。そりゃ生モノならすっぱりあきらめますよ。でもカップ麺でしょ?

 これはSDGsが試されているのだ。
たった一個のカップ麺でも、廃棄すればゴミになる。ここで食べれば食料としての役目を全うできる。水分抜けてるし、切れたのは賞味期限であって消費期限ではないし、いけるんじゃないの。もしかしたら私のお腹が継続持続可能じゃなくなるかもだけど。

 本当のところ、これから弁当を買いに行くには売店は遠すぎるのだ。行ってもどうせ人気のない野菜炒め弁当とかそういうのしか残っていないだろう。野菜のことを悪く言うなよ! 野菜だって美味しいんだぞ!

 そういえばひとり暮らしを始めたばかりの頃、賞味期限が二週間過ぎた卵を食べて無事じゃなかったことがあったっけ。
 卵ってさ、パックの説明を見ると「賞味期限が切れたあとは、十分加熱の上、一週間以内に食えや計画性のないアホが」みたいなことが、企業と顧客の関係で使用される独特の慇懃な言葉で書かれてるじゃないですか。だからね、一週間切れていけるなら二週間ちょっと過ぎてもいけるんじゃね? と思って使ってみたんです。で、無事じゃなかったと。

 でも味覚ってさあ、そのためにあるんでしょ? 口にモノをいれたとき、それが食って良い物か駄目なものかを判断するために味覚があるんでしょ?門番みたいなものでしょ? なんで二週間きれた卵で気付かなかったんだよ。

 タイムカプセルってあるじゃん。
 小学校の時に創立XX周年記念とかで、学校の校庭の隅にタイムカプセルを埋めるイベントがあった。もちろん平民、というかヒラの小学生は参加できない。先生方に太鼓判を押されたエリートが小学生の代表として立ち会い行われたイベントである。

 面白くないよね。せっかくそんなイベントあるならこの目で見たかったけど、学校に対して何の功績も残せない、先生に気に入られもしないヒラ小学生に参加権はないのである。くっだらねえ。なにがみんな平等だよ。

 ともあれそこのカプセルの中にさ、たとえばクラスメート分のカップ麺を入れておいてさ、十年後の同窓会? 成人したときとかに集まってさ、食えばいいじゃん、十年前のカップ麺。食えるんじゃないの? 水分ないから保存に適してるし。それでこの校舎懐かしいねとか、あの時実は君のこと……えっなあに? なんでもないよ? 教えてよーキャッキャウフフ(ハート)とかやってるヤツら全員、“あの日のカップ麺”で腹イタになればいいよ。青春なんて! 青春なんて! ちくしょう!!

 話が逸れた。
 ともあれ私はこのカップ麺を食べなくてはいけない。でも本当に食べられるのか? もしお腹を壊しでもしたら、午後の業務に影響が出る。まあ業務っていっても今日で最後なので後片付けしか残っていないんだけど。

 でも大事な仕事がある。お世話になった上司や後輩への挨拶回りだ。そんなときにだよ、カップ麺に当たってトイレにこもりきりなんて嫌だ。

 人間最後の別れ際が肝心だ。そんなときにトイレに引きこもって出てこなかったら、最後の印象が「業務の最終日にトイレにこもって出てこなかった人」、略して「トイレの人」として職場の人々の記憶に刻まれてしまう。そんなのは嫌だ。百歩譲って「トイレの神様」って言われたって嫌だ。だからカップ麺を食べてお腹を壊すわけにはいかない。でも昼飯はこれしかない。

 意を決して、恐る恐るフタを開けてみる。かやくを取り出す。
 かやくが全部茶色だ。これはネギ? かやくに入ってるネギって、普通くすんだ緑とか白じゃない? 茶色いネギってあったっけ? よーく見てはたと気付く。これネギじゃねえ、肉の欠片だわ。思い込みじゃないよ。だってこれは肉うどん。一ミリ程度の厚みがあるので、乾燥ネギではないはずだ。あーびっくりした。

 お湯を入れる。五分まつ。
 今この瞬間、周りにいる職場の人は知らないんだなあ。この職場では真面目で無口な皮を被っている人間が、今まさに賞味期限が三年切れたカップ麺が出来上がるのを待っていることを。

 そういえば、向かいのデスクにいる佐藤さん(仮)、昼食は毎日カップ麺を食べていたな。食に興味がないのかと思いきや、「毎日飽きないよう違うカップ麺を食べている」と言っていて、グルメなのかグルメじゃねえのか分からない一面を持っていたことも思い出した。

 これ、佐藤さんにあげれば良かったんじゃないのか。今までお世話になりました、これ選別です、なんて言って渡したら。ちゃんと賞味期限の部分は削っておいてさ。

 古今東西様々なカップ麺を食した佐藤さんとはいえ、さすがに賞味期限が三年切れたクラシック(ものは言いよう)カップ麺を食べたことはないんじゃないか。意外と喜ぶかもしれない。「食べたことない味です」って。それと引き替えに、佐藤さんのカップ麺コレクションのうち賞味期限が切れていないものを交換してもらう。ウィンウィンじゃないか。そうすれば良かった。しかし既にお湯を注いでしまった。まあ、さすがにかわいそうなのでやらないけど。
 佐藤さんはちゃんと健康診断に行ってるんだろうか。

 五分が経った。フタを開ける。
 鼻を近づけてにおいをかいでみる。いけ……るか? いや、なんか油くさいぞ。油が酸化したような臭いがする。でも、食べられなくはない。
 そう、これはプレミアムの肉うどん。ちょっと油くさい、と感じるのも、もしかしたらこれがプレミアムだから、肉のうまみを最大限引き出すために調合された香りなのかもしれない。
 あとは己の味覚を信じて。そう思い、私は麺を








 ……手記はここで途切れている。

 なんてね。ちょっと油臭かったけどちゃんと美味しく頂きましたよ。
 よい子は真似しないでね! 次からは賞味期限を切らさないよう計画的に購入しますね! はーい模範的回答で締めました。もしAIがこの文章を要約するならこの最後の一文で要約してほしいな。
 おしまい! くだらない文章を読んでくれてありがとう!

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