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昔話 ライター修行外伝 13


2度あることは3度ある…


「もう2度と、金輪際、ナナとは関わるものか」
 うんざりした気分をひきずりながら、ナナの家から帰ってきて半年。ちょうど忘れかけたころ、それはやってきた。台風ナナの再々来である。

 しかし、私だってバカじゃあない(ちょっとマヌケだけど)。もしもナナが、直接、私のところにやってきたら、今度こそ
「悪いけど、帰ってくれないかな」
 って、門前払いができたと思う。きっと。

 でも、やっぱりナナは一枚上手だった。そのあたりのことをナナはすっかり察知していて、今度はストレートに私のところにやってきたりはしなかった。彼女は、私の手下・ケンを狙ったのだ。

 当時、うちが友だちのたまり場(部屋にカギすらかけてない)だったことは、以前に書いた。中でも、うちから徒歩1分のところに住んでいた18歳の男のコ・ケンは、私の手下・弟的存在。風呂なしアパートに住んでいたケンは、毎日うちにお風呂に入りに来ていた。同棲しはじめたばかりの彼女と一緒に。

 その手下がある日、珍しく電話をかけてきた。
「あかねさん? オレっす」
「どしたの? 電話なんかしてきて。どこからかけてんの?」
「あかねさんちの下の、緑(公衆)電話から」
(しつこくいうようだが、当時は普通の若者が携帯電話なんぞ、持っちゃいなかった。かろうじて部屋に電話はあったけれど、せいぜいコードレスタイプの電話が、超最先端だったのだ)

「なにやってんの。電話なんかしないで、あがっておいでよ」
「いや、それが……。事件勃発なんす!」

「あ? ま~た彼女とケンカしたの? そいで部屋を叩き出された? けけけけ。あんたも大変ね」
「ち、違いますって。いや、ケンカはしたんだけど、それが事件ってわけじゃなくて……。実は、実はですねえ、今、ナナと一緒にいるんす」
「はあ? な、なにいってんの?」
「ナナですよ、ナナ。こいつさっきウチに来て……」

 ケンは半年前の "家出ご帰還事件" も、その前の "居候状態" も知っていた。というよりも、ヤツは私と一緒にナナに翻弄された当事者のひとりだった。

 私が留守の夜、彼女と一緒にシャワーを浴びに来てみると、先にシャワーを浴びたナナが、全裸でテレビに見入っている(決してナナはケンを誘っていたわけではない。以前に書いたとおり、ナナのだらしない性癖・風呂から全裸であがったあと、他人がいても下着すら身につけようとしないと言うクセが、引き起こしたハプニングである)シーンに、出くわしてしまったこともある。

 当時、ファッションメーカーに勤めていたケンの彼女は、もちろんナナのことが大嫌いだった。同性の、しかも同じ年世代に、ナナが好かれることはほとんどなかった。そういう子なのだ、ナナは。

 ナナ本人は、同い年のケンのことを恋愛対象にする気はサラサラなかっただろうが(というより子供扱いして、鼻も引っかけないといった態度)、ケンの彼女は同性としてナナの存在がイヤだっただけでなく、モノ慣れた態度で自分の恋人と話すナナが "キケンな存在" に見えたことだろう。

 だからこそ、ケンの彼女は私が半年前にナナと切れたことを、心から喜んでいた。
 だというのに、またまた突然、ナナの登場である。しかも今回、私のところではなく、ケンのアパートを直接訪問。一緒に住んでいた彼女が怒り狂うのは、火を見るよりも明らかだ。

「な、なんでナナがあんたの部屋に?」
 すでに半分パニックって、電話口でわめく森下。これだけでも、ナナの奇襲攻撃は、大成功である。

「あかねさんには、どうしても直接言えなかったんだって。まじでやばいんだよ、ナナ。実はさ……、ナナ、今、妊娠してるんだって」
 まるで自分がナナを妊娠させた張本人であるかのように、話すケン。ヤツもナナの狙い通り、すっかり巻き込まれてしまっている。

「に、妊娠……」
 持ち込まれた(投げ込まれた?)事が事だけに、へなちょこな森下のヒザは気がつくとガクガク震えている。気がつくと、電話口からは手下の声にまじって、ナナのわざとらしい鼻をすすりながらしゃくりあげる泣き声が、かすかに聞こえてくる。

「ど、どうするのよ。あ、相手は誰なの? まさかアンタ?」
 なぜかケンに詰問口調になる森下。
「ち、違うよ! なんかね、彼氏らしいんだけど。そいつさあ "オレの子じゃない" っていってるんだって………」
「………………………」
「ど、どうしよう、あかねさん」

 うう、聞かなきゃよかった。聞きたくなかった。ナナが事情を語りはじめる前に、ぴしゃりと閉め出せば良かったんだ。でも、ナナはちゃあんと作戦を立てていて、私が事情を知らざるを得ない手段(手下のケンを利用)を講じてきた。

 気がついてみたら、またしても私はナナの泥船に両足揃えて乗せられていたのだ(ケンを人質に取られて)。安全な岸は、すでにはるか彼方……。
「ど、どうしようっていわれても」
「だよねえ。でもオレもどうしていいかわかんなくて」

 そりゃあわからんだろう。自分の彼女が、オノレが原因で妊娠したってあせるのに、自分と年が変わらない女のコに
「妊娠した。しかも相手の彼氏は、自分の子じゃないといいはっている」
 といわれれば。

 こうなってしまった以上、もはや私にはどうすることもできなかった。
「わかった。ナナと部屋にあがってきて」
 絶対言うもんかと天に誓っていたこの言葉を絞り出すこと以外は。

 げっそりやつれたナナと、そしてナナと同じくらいに青ざめた手下が、ドアを開けて入ってきたとき、私もまた、同じように青ざめていたに違いない。

 3度目の正直で、さらにパワーアップしたトラブルを抱えて舞い戻ってきたナナ。それは、まさに悪魔の襲来だった。

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