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昔話 ライター修行 その13

☆森下、コーシツ担当記者になる②



「こんにちは~! 女性週刊誌の○×です。こちらのお店に、〇宮様や△宮様、いらしたことありますか?」
 夏休み前の暑いある日、麦わら帽子姿の私は汗を拭き拭き、目白駅前に並ぶ商店街を片っ端からたずね歩いた。果物屋さんに薬屋さん、レストランに喫茶店、写真屋さんに和装小物店……。

 当時、〇宮様のお后選びが話題になり、世間の関心が「皇室」に向かったと読んだ女性週刊誌は、どこも皇室関係記事の連載をスタートした。お后候補の動向、皇太子夫妻(現在の上皇ご夫妻)の話題、昭和天皇にまつわるエピソードなどなど……。なかでもお后候補と〇宮様&△宮様という若いプリンス達関連の取材は、同世代の私が取材に出かけることが多かった。

 目白は、皇族が通う「学習院大学」のある場所。そのためかプリンスのおふたりも、ご学友と連れだって目白の街(店)を利用されることが多かった。もちろん侍従や警備の人はついているものの、この街でなら彼らは比較的自由に、普通(にちょっぴり近い)の学生生活をエンジョイしていたようだ。付近の人たちも、そんなプリンス達を快く受け入れもてなすとともに、彼らの学生生活を暖かく静かに見守っていた。

 とはいえ、彼らが突然、お店にやってくることはまずない(次男坊の△宮様はけっこう大胆で、アポなしでお店にやってきたり、仲間と盛り上がりすぎて、滞在予定の時間をすぎてもお店に居続け、警備泣かせだったようだが)。ほとんどの場合は、前日もしくは2~3時間前に、お店に警備の側から「宮様がおじゃまいたします」と電話連絡が入り、警備の人たちがざっと店内・外を点検したのち、宮様が来店。そして予定時間通りにお帰りになられるというパターンである。

 こうした「手続き」のせいか、はたまた彼らが「超有名人」のためか、お店にたずねれば、来店したことがあるかどうかはたちまち判明する。 
「ええ、よくいらっしゃいますよ」
 と答えが返ってくると、すかさず
「こちらでは、何を召し上がりました?」
「どんなお友達とご一緒でしたか?」
「店内でのご様子は?」
「なにか宮様にまつわるエピソードはありますか?」
 と詳しい状況を取材する。

 〇宮様は、甘い和菓子がお好きなこと、お財布は普段持っていなくて、支払い時には侍従からお金を受け取り、会計を済ませること、料理はきれいに平らげ、のこされることはまずないこと、ご挨拶に出た従業員全員にていねいにお礼を言って帰られることなど、几帳面で細やかな性格が次々にわかってくる。

一方、やんちゃな△宮様は、仲間にリクエストされて即興でギターを演奏してみせたり、お店の落書きノートにメッセージ(実物を見せてもらったが、字ははっきりいって上手じゃなかった)を残すといった、人間くさいエピソードがいっぱいだった。

 どこのお店でも、宮様たちが何を食べ、どんな様子だったかしっかり覚えているのである。取材する立場としては、とてもありがたかったけれど、彼らと同世代の私は宮様達の暮らしは、大変だなあと思った。

「お忍び」でさえ、仕事で同伴・警備している人がいたら、滞在時間をちょっとオーバーすることだって、気を使ってしまう。それにお店の人たちや、偶然、同席したお客さんに、一挙一動を見守られているんじゃ、気の休まるヒマはない(おまけに私たちマスコミが、こうして取材しまくるし……。すみません)。

 こうして集めたデータをもとに、今度は記事作りに取りかかる。タイトルは「プリンスに会えるかもスポット in 目白」(俗っぽいよね、かなり)。来店されたことがあるお店にアポイントを取り、プリンスが召し上がったりお買いあげになった品を写真に撮る。そこにエピソードをプラスして、ついでに目白マップをつけてできあがり。

 ところがこの「店取材」がなかなか辛かった。というのも、お店側は特別のお客様にまつわる取材のせいか、無意識に私たち取材チームにまで大サービスをしてくれるのだ。和菓子屋さんに行けば、
「〇宮様が召し上がったものだけでけっこうです」
 と何度も言っているのに、その店の自慢の創作和菓子に始まって、前日から特別に作った色とりどりの和菓子をズラリと30個ほども、並べてしまうのだ。

撮影が終われば
「ぜひ召し上がってみてください」
 と、熱心に撮影した和菓子をどっさりすすめられる。甘いものが苦手な私がどんなに丁重にお断りしても、店の人たちは許して(!?)くれない。同行したカメラマンに助けを求めても
「オレ、二日酔いだから」
 と冷たく言い放ち、お茶をすするのみ。必死で3コ食べた私に残りの和菓子27個を「おみやげに」と包んでくれる親切心がうらめしくて仕方がなかった。

 すぐに編集部に戻れる日なら、その和菓子は徹夜で原稿を書くスタッフに歓声とともに迎えられるのだが、その日は夜中過ぎまで取材や別の仕事が続き、結局、和菓子の包みは取材中に炎天下に放置されたカメラマンの車の中であたたか~くなっていた(号泣)。

 かと思えば、新品のテーブルクロスをおろし(たぶん宮様のときもそうしたのだろうが)ほかの席にはない花を飾り、1客2万円くらいするコーヒーカップを使って、なんてことはないただの「ブレンド」コーヒー・400円を、すっばらしく飾り立ててくれる喫茶店……。

 お寿司屋さんでは "背景用に" と、豪華な刺身の舟盛りまで出現して腰が抜けそうになった。これも撮影後に "ごちそう" されてしまった。さっきまで二日酔いだったカメラマンは、寿司をみたとたんに豹変し、ガツガツとトロだのあわびをむさぼっている。

 それを横目に私はといえば、編集担当者や先輩にキツく
「材料費(つまり撮影した料理代)はお支払いするように」
 といわれていたので(たいていどの店も受け取ってはくれなかったが)、もしも、「お支払いします」といったとき、きっちり料金を請求されたら、編集部で前払いしてもらったお金で足りるのかが心配で心配で(結局されなかったけれど)、お寿司の味などさっぱりわからなかったのだった。


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