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2024.03.23 角野隼斗ピアノリサイタル in森のホール21~百万通りの色彩があふれる音色~

角野隼斗のピアノリサイタル全国ツアー「KEYS」の千秋楽は、出身地である千葉県森のホール21で行われた。
バッハの「イタリア協奏曲ヘ長調」から始まり、心地よい音のシャワーが続く前半。
後半は一転して、グランドピアノ、アップライトピアノ、チェレスタ、グランドピアノの上のトイピアノと鍵盤ハーモニカがコの字型にぐるりと角野隼斗を取り囲む。
ボレロが始まると、ベースとなるリズムを機械のように正確に刻みながら、目まぐるしく楽器を変えて弾いていく。
普通なら何種類もの楽器で奏でるオーケストラの音を、1人でくるくる向きを変えながら一音のミスもなく、子どもがキャッキャッと遊ぶように弾きまくる姿はまさに神業。
いろんな音が耳に心地よく、弾いている姿は目に気持ちよく、会場全体が渦を巻いているよう。
壮大な音の物語で観客の心をつかむ、これぞまさにエンターテインメントだ! 
 
熱気が頂点にまで達した会場。
鳴りやまない拍手。
その拍手に答えるために角野隼斗は静かに「ノクターン(夜明け)」を弾き始める。
優しく懐かしく、どこか憂いを帯びた音色に、いつもは記憶の底に沈めた不安、後悔、恥辱、悲嘆、思い出したくないこと…その一つ一つの記憶が意識の中にふっと浮かび上がり、ふわっと消えていく。
音で浄化され、慰められ、受容されるような愛のある演奏。
音には百万通りの色彩がある。
音の記憶によって、今まで経験してきたさまざまな感情を思い起こした濃厚な2時間だった。
全体を通して知りたかったことがある。
鍵盤を弾く手はあくまでも正確に、精密機器のように音を繰り出すのに、弾き手の感情があふれ出してきて、こちらの感情まで揺さぶってくるのは、どういうバランスの脳内感覚なんだろうか。
感情に流されて曲のテンポを変えたくなったり、気持ちに寄り添い過ぎて1人よがりになったり、高ぶる情感に雑なタッチが現れてもおかしくない気がするが、そういうことが一切ない。
ここはこういう音で聴かせたいという計算と狙いを狂うことなく再現しながら、何百回何千回と練習したであろう曲をルーティンにならずに、新鮮な感覚で弾いていく。
角野隼斗は完璧な技巧をストイックに追求してきたスペシャリストだが、それと同時に「自分が誰よりも一番楽しみたい」という少年のようにピュアな遊び手のスペシャリストなのかもしれない。
 
私がピアノを習っていた子どもの頃は、練習が嫌で、ただ親に言われるから弾いていた。
だがピアノを通して泣いたり笑ったり、作曲家の感情を追体験できることを知っていたら、もっと興味深くピアノに接することができたはず。
今は黒い置物と化している実家のアップライトピアノだが、久しぶりにほこりを払って弾いてみようか。
昔より指は動かなくても、心が動くのを体験できるかもしれない。
 



 


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