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解説:日本フライングディスク協会の決算

年度の変わり目、皆さまいかがお過ごしでしょうか。私はコロナウィルス感染拡大の影響で大学院の講義日程が変更されたり仕事の予定が中止・延期になったりと、先行きの見えない日々を過ごしています。

フライングディスク界では、3月24日に衝撃的なニュースが駆け巡りました。「WFDF2020世界アルティメット&ガッツ選手権大会(WUGC)とWFDF2020世界ジュニアアルティメット選手権大会(WJUC)」の中止」「WFDF2020世界マスターズアルティメット選手権大会(WMUC)の延期」です(日本フライングディスク協会HP「世界フライングディスク連盟が2020年夏に開催する国際大会の中止と延期を発表しました」)。

また、日本ではあまり知られていないかもしれませんが、オーストラリア・フライングディスク協会(AFDA)が、コロナウィルス感染拡大による事業延期に伴い、人件費削減を目的とした職員の勤務縮小を実施することを発表しました(Ultimate AUSTRALIA HP「AFDA Employees - Coronavirus」)。

フライングディスクのようなアマチュアスポーツに限らず、プロ野球やJリーグといった興行スポーツもスケジュール変更を余儀なくされており、コロナウィルスがスポーツ界にもたらしている影響は計り知れません。

さて、前置きが長くなりましたが、今回のエントリーでは世間が年度の変わり目(="決算シーズン")を迎えていることを受け、日本フライングディスク協会(JFDA)の決算について解説してみようと思います。先日公開した「スポーツの普及・マーケティング」のエントリーで触れている中央競技団体の経営力の話とも少し関連がありますので、関心のある方はそちらも合わせてご参照ください。

JFDAが公表している決算情報

はじめに、JFDAが公表している決算情報について整理します。JFDAは国が認める一般社団法人ですので、公益法人会計基準に則って決算書を作成し、事業年度終了時にそれらを公表しなければなりません。2018年度の決算書は以下からダウンロードできます。2019年度の決算書は監査を経て5月頃公表されるはずです。2017年度以前の情報を入手したい方は協会HPよりダウンロードできます。

JFDAの決算書は大きく以下の3種類の帳簿から構成されています。

貸借対照表:ある一時点("2020年3月31日時点"など)における資産負債正味財産(民間企業の貸借対照表では「純資産」と表記されます。)の状態を表す帳簿です。資産の部には、高価な機材などの資産価値(評価額)や現金の額などが計上されます。負債の部には、資産を取得するために使用した財源(借入金、未払金、前受金など)の額が計上されます。正味財産の部には資産と負債の差分が計上されます。正味財産の額は経営状況次第でマイナス(いわゆる"債務超過")になることもあります。

<図 JFDA2018年度決算書の貸借対照表>

財産目録:貸借対照表に計上されている資産、負債、正味財産の内訳を表す帳簿です。例えば、資産として計上されている「現金及び預金」のうち、「どの口座にいくら入っているのか」などといった細かな内訳を確認することができます。

<図 JFDA2018年度決算書の財産目録>

正味財産増減計算書:ある一定期間("2019年4月1日~2020年3月31日"など)における収入(経常収益経常外収益)と支出(経常費用経常外費用)の状態を表す帳簿です。経常収益・費用とは、競技会や講習会の開催などの通常の営業活動に関連する収益・費用のことです。経常外収益・費用とは、臨時に発生する収益・費用のことです。資産を売却した際の利益もしくは損失や、災害による損失などが該当します。

<図 JFDA2018年度決算書の正味財産増減計算書>

JFDAの経営状態は良いのか悪いのか

私は会計士ではありませんので断定はできませんが、JFDAの経営状態は、

"決して良いとは言えない"

と考えます。ここからは、その根拠となるJFDAの決算の特徴を解説していきます。

特徴① 一般正味財産期末残高がマイナス
JFDAの過去の正味財産増減計算書を見ると、2016~2018年度の3ヶ年において一般正味財産期末残高がマイナスになっています。端的に言うと"赤字"なわけです。一般正味財産期末残高は来期へ繰り越されるため、このような経営が長く続くと累積赤字の拡大につながる恐れがあります。累積赤字の拡大は、いわば”損失の先送り”です。そのような負のスパイラルは直ちに断ち切るべきでしょう。

JFDAは3年連続で赤字なわけですが、なぜ経営破綻していないのでしょうか。そこには会計処理の"トリック"があります。正味財産増減計算書に計上される収入および支出は、「発生主義」と呼ばれる会計原則に沿って計上されます。発生主義とは、現金の出入りに関係なく、収入あるいは費用が発生することが確定した時点でその金額を計上しなければならないという決まりのことです。例えば、「2020年度中に100万円の支払い契約を結んだとしても実際に現金として口座から出て行くのは2021年度以降になる」といったようなケースがあります。このようなケースでは、正味財産増減計算書上では2020年度に費用が発生したことになりますが、口座上では2021年度に費用として現金が出ていったことになります。このように帳簿上の計上の仕方と実際の現金の出入りとの間にタイムラグがある関係で、"帳簿上は赤字でも資金は手元に残っている"という現象が起こるのです。そのため、「赤字決算だからすぐに経営破綻する」とは限らないのです。ちなみに、現金の残高は「キャッシュフロー計算書」という別の帳簿で管理されます。

特徴② 固定収入と固定費用がほとんど等しくなっている
固定収入とは、事業規模に関わらず発生する一定額の収入のことです(例:会費収入、賃借料収入など)。反対に固定費用とは、事業規模に関わらず発生する一定額の費用のことです(例:人件費、地代家賃、水道光熱費、広告宣伝費など)。一般的に、固定収入が固定費用を大きく上回っている状態=経営の安定性が高い状態と言われています。そのような経営状態を保つことができていれば、例えば、昨今のような感染症の拡大によって事業を中止せざるを得なくなったとしても、その事業からもたらされる収入に関係なく中央競技団体として最低限の機能を確保することができます。もし事業の中止によって損失が発生した場合でも、固定収入が十分に確保できていればそれを補填することもできます。

JFDAの場合はどうでしょうか。JFDAの決算書からは固定収入と固定費用を明確に区分することが難しかったため、収支項目を独自に分類し、それに基づいて決算書を分析してみました。

・固定収入:会費・登録料・認定料収入
・固定費用:管理費+事業費のうち広報活動分+事業費のうち都道府県協会関連活動分

この区分に沿って計算した2018年度決算書における固定収入と固定費用の差額は、942,727円になります。固定収入が約3,200万円であることを踏まえると、固定収入の3%ほどしか資金の余力がないという状況です。この結果を見ると、わずかながら固定収入が固定費用を上回っているので「経営状態が悪い」とまでは言えませんが、決して「経営状態が良い」とは言えないのではないでしょうか。

<図 JFDA2018年度決算書における固定収入と固定費用の状況>

これを見ると、AFDA職員の勤務縮小も他人事ではないでしょう。極端な例ですが、コロナウィルス感染拡大の影響で年度内に開催予定だった競技会がすべて中止になり、さらに使用予定だった一部の会場からキャンセル料を請求された場合、それを補えるだけの余力が約100万円しかないということです。もしキャンセル料が100万円を超えてしまった場合には、固定費用を削減して資金を捻出しなければならなくなります。上にも書いたように、固定費用とは人件費、地代家賃、水道光熱費、広告宣伝費などのことです。個人的にはこれらを右から順に削減していくことが妥当ではないかと考えますが、そう考えると「職員の勤務縮小によって人件費を削減する」という決断に至ったAFDAの経営状況の深刻さがわかると思います。

おわりに

ここまで「JFDAの経営状態は決して良いとは言えない」という考えの根拠を並べてきましたが、毎年度の会計報告は適切に行われ、大きな損失も発生していません。これもひとえに、JFDA事務局が少人数ながら業務に真摯に取り組んできた賜物だと思います。これには感謝しかありません。

一方で、近年のフライングディスク競技を取り巻く環境の変化を踏まえると、変化に対応していくための"基礎体力"をつけることが必要です。現在のような経営状態では、環境の変化に耐えることができるかどうか若干の疑問が残ります。しかし、3月に「協会ガバナンス強化プロジェクト」が始動するなど、JFDAにも変革の時が訪れようとしています。私も理事という立場上、他人事では済まされません。現状を正しく理解したうえでこの変革をリードするくらいの気概を持ってこれから待ち受ける壁を乗り越えていきたいと思います。高ければ高い壁の方が登った時気持ち良いので。

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