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年年歳歳旅宿相似 歳歳年年旅人不同

2018年12月1日発行 OTARU Ture*Dure 8号 より。

「また来ますね」
そう不確かな約束を言い残して、今日も人々は旅立っていく。今度はいつ来てくれるのだろうか?もう二度と会うこともないかもしれない遠い国から旅してきた人も少なくない。
そんな出会いと別れを日々繰り返し、僕が営む宿も二〇年目になった。

この小樽でバックパッカーズの宿を始める数年前、妻と二人でニュージーランドを一年間旅して回った。そのとき利用した宿がバックパッカーズホステルと呼ばれる安宿だった。
旅も後半にさしかかった頃、とある湖畔の小さな宿の手伝いをしながら、なんとも豊かで贅沢な時間を過ごしていた。
その宿には、レストランもなければ、食事の提供もない。温泉もないし、バスタブもない。卓球台もないし、カラオケだってない。売店もなければフロントもない。自動販売機もテレビもない。そのうえ、窓は仮止めで、いくつかの部屋のドアもない。作りかけの不完全な宿だった。
宿のある小さな村には、小さな八百屋兼雑貨屋とドライブイン兼パブ兼ガソリンスタンドが一軒ずつあるだけで、前日予約しないとシャトルバスも来ない。
それでも、その宿には毎日旅人が来て、その小さな村で過ごし、お店で食材を買い、パブで村人とビールを酌み交わし、夜は宿で出会った旅人と語らう。
そして翌朝「また来ます」と言って去って行った。
ひと月ほどその宿にいて、旅立つときに妻が言った。
「こういう宿は日本にないよね?」
「あるかもしれないけど、知らないね」
「たくさんあったらいいのにね」
「じゃあ、無いなら作ろう!」
いつも始まりは単純な思い付きからだった。

引き算する。

たとえば、温泉ホテルを思い浮かべてもらおう。そのホテルに入ったら、広いロビーにくつろげるソファーがあり、お土産屋やコンビニのような売店もある。もちろん温泉もあって、プールもあるかもしれない。卓球台やゲームセンターもあるだろう。大きなレストランがあって、カフェやバー、カラオケルームもある。ハワイアンダンスショーやイベントも多彩で、部屋には茶菓子があり、アメニティも贅沢で、窓からは花火が見られるかもしれない。そのホテルに入ったら外に出ることなく何不自由なく、そこで過ごすことができる。それはそれでいいのかもしれないが、その温泉街歩き回ることなく旅は終わるかもしれない。そういう宿泊施設ではなく、町にあるものは宿から取り除いたらどうだろう。お土産を買いに町に出て、歯ブラシを買いにコンビニに行く。晩ご飯を食べにどこかのお店に入り、ビールを飲むために居酒屋に行く。イベントも何か無いかと情報を集めそこに足を運ぶ。コーヒーを飲みにカフェに入ったり、銭湯に行ったり、見晴らしのいい高台で港を眺めながら本を読む。町には全てがあるのだから宿には必要ない。旅人を町に誘う。そのために宿はできるだけシンプルでいい。無いから宿を作ったように、そこにあるならそれを使う。宿は町の一部であり、町全体がこの宿であると思えばいい。それに町もわずかではあるが潤うかもしれない。
この宿は旅の目的地ではなく、目的地にある宿でありたい。その木のある森ではなく、森の中にある一本の木。この宿はそんな感じでいいと思っている。

日日是旅。

宿を始めた当時、自分が旅に出られないと苦々しく思ったこともあったが、今までの自分の旅を思い返したとき、その町に着き、その町を歩き回り、宿で一緒になった旅人と語らい、また次の地へと旅立つ。今は宿にいる自分が移動しないだけで、本質はさほど違いない。これも旅の一部だ。と、あるとき目からうろこが落ちた。それ以来、無理に旅に出たいという渇望は薄らいだ。
休みがほしいからと従業員を雇って宿を任せたいと思ったことがない。また、何度かそういう話はあったが、別館や二号店も興味がない。この二〇年はほとんど休むことなく年中無休でやってきた。基本的に一人でやっているので、宿に来た全ての旅人と挨拶を交わしている。もし、この宿に来た旅人と会うことがないなら、それはもう自分の宿ではないし、僕の旅ではない。

オープン当時、北海道にはバックパッカーズホステルと呼ばれる宿は全くなかったが、この二〇年で日本中に同じようなタイプのゲストハウスが増え、民泊も急増してきた。この宿のように古民家をリノベーションもした宿も増えた。それがホテル並みの設備だったり、カフェやバーを併設したり、イベントも盛りだくさんの宿も多い。町に宿が増え、そのスタイルも多様化し、旅人が選べるということは素晴らしく豊かなことだ。時代は移り変わり、新しい主流が生まれ、町も変化していき、さらに多くの旅行者が日々行き交うようになったが、この宿は何も変わらず、最初のシンプルなスタイルで旅人を迎えたい。
「また来ました」と、いつの日か遠くの国から旅人が戻ってきたときに「なんにも変わらないね」と笑顔で言われたい。
だから、この町でこんな宿をこれからも続けていきたい。

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文:おたるないバックパッカーズホステル杜の樹 家代 原田正樹

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