林間学校

 R君が小学生だった頃。
 彼の通う小学校では、五年生時に林間学校が行なわれていた。
 行き先は、空気が綺麗な山間地域。ハイキングやバーベキュー、キャンプファイヤーなどをして親睦を深め、夜は十人ごとに一部屋で雑魚寝する。一泊二日の楽しい行事だ。
 
 R君も五年生のとき、林間学校に出掛けた。
 いつもは学校でしか顔を合わせない友人たちと、ずっと一緒。山の空気は清々しく、苦労して起こした火で焼いた肉は美味しい。星空の下でのキャンプファイヤーも盛り上がり、おおいに楽しんだという。
 
 そして夜。割り当てられた和室に入ったR君たち。さすがに昼間の疲れが出て、さっさと寝ようという話になった。
 布団を敷いていると、N君が
「おれ、寝相が悪いみたいなんだよね」
と、少し遠慮がちに言い出した。
「自分じゃわからないんだけど、すごい寝相だって。迷惑かけるかもしれないし、皆と離れて寝たほうがいいかも……」
 とはいえ、十人が詰め込まれた和室には、空きスペースなどない。どうせ皆疲れていて爆睡だし、少しぐらい押されようが叩かれようが構わないだろう、ということで、普通に布団を並べて横になった。
 
 深夜。R君は胸が苦しくて目が覚めた。起き上がるのが億劫で、手探りで胸の上を確かめると、なにやら腕が乗っている。ああ、Nだなと思い、隣の布団に押しやって寝た。
 しかし少しして、またしても苦しくて目が覚めた。今度は足のようだ。胸の上を横断するように、でん、と大胆に乗っている。仕方なくまた隣に押しやって寝た。
 また目が覚めた。今度は腕と足が乗っている。しかも、腕は首を圧迫するように、足は腹を押し潰さんばかりに重みをかけていて、非常に苦しい。急いで脇に押しのけてから、流石に文句のひとつも言ってやろうと、上半身を起こした。
 電気を消した和室の中は暗い。しかし、先生たちが夜通し生徒の様子を見るために、廊下には明かりがついている。その光がドアの隙間から細く差し込み、目を凝らせば物の輪郭を捉えられるくらいには明るさがあった。
 N君の肩を揺すろうと隣の布団を向き、R君は、えっと小さく声をあげた。
 N君の頭が見当たらない。押しのけた腕と足がここにあるのだから、頭もすぐ近くにあるはず。なのに、見当たらなかった。腕と足だけが布団の上に伸びている。
 そんな馬鹿な、と視線をさまよわせると、N君の頭が見つかった。隣の隣の布団、O君を向こうへ押しやるようにして寝ている。N君は背中をこちらに向けている。そして、その両腕と両足は、O君のめくれた布団に巻き付いていた。
 まさか。じゃあ、この腕と足はなんだ、とR君は見下ろした。だらんと投げ出された腕と足。その先を目で辿る。それらは、N君の空っぽの布団に伸び、布団の上を長く横断し、通り越し、さらに隣の布団にいるN君の肩のあたりまで続いていた。そのあり得ない長さ。そして、N君の肩から出る、二本の腕と一本の足。
「おい、N!」
 思わず呼ぶと、んー……? と向こうでN君が寝ぼけた声をだした。もぞもぞと身動きをしているようだ。
 と、R君の近くで、ずる、と音がした。畳を擦る音だ。見下ろすと、腕と足が畳の上を這うようにN君の方角に動いている。ずる、ずる、と隣の布団に乗り上げる腕と足。
「んー……ねむ……」
 向こうでN君が体を起こそうとする。
 同時に、腕と足が一度震え、急にスピードを上げて動き出した。スルスルと巻き取られるような速さでN君に近付いていく。見る間に遠ざかり、N君の肩に吸い寄せられる。肩まで辿り着くと、吸収されるように一体化し、跡形もなく消え去った。
「なんだよぉ……」
 N君が体を起こし、顔を擦っている。もうどこにも変わったところはない。
「いや……、自分の布団に戻れよ」
 R君は呆然としながらそれだけ言った。
 N君は、あー……と自分の状態に気付いたように声を漏らし、のそのそと布団に戻った。寝直しながら、小さく「ありがとう」と呟く声が聞こえた。
 R君は、うんと答えた。それが精一杯だった。
 それから朝まで、今度は何事もなく寝たという。

 N君とは小学校を卒業以来、付き合いはない。しかし、たまにあの時のことを思いだして考える、とR君は言う。
 今でも彼の寝相は悪いのだろうか?
 それが、ふと気になることがあるのだという。



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