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第27話「兵馬俑」

上野の森に「兵馬俑」を見に行った。

上野に来るのは、久しぶりのこと。
街が綺麗に変わりつつある。

「死ぬまでに行きたい」と
思っているところの一つに、西安がある。

始皇帝のお墓と言うか、
「兵馬俑」を見に行きたかったのだ。
8,000体もの兵馬俑の隊列を観たいと言うのが、
正確な思いかも知れない。
でも、今、中国には行きにくそうで、
『兵馬俑展』に足を運んだのである。

そもそも、中国の歴史を僕は好きだ。

小学生の頃、吉川英治の『水滸伝』と『三国志』を読んで、
登場人物の、義に厚くまっすぐだけど
不器用な彼らの生き方に憧れ、
今の人格ができてしまったのかも知れない。

社会人になって、
春秋戦国時代の英雄である『楽毅』を
辛い時に何度も読み返し、
その時代の人の強欲さや、不誠実さと
それに全く反する誠実な生き方を通そうとする人達に、
生きる光明を見た思いがする。

展示されていた秦の時代の「兵馬俑」は、
数体であったが、身長は僕より高く、
かつてはここに色が着き、
目が入っていたことを思うと、
正に春秋戦国時代に、自分がいる様な思いになる。
また、馬の大きさとリアル感は、
今から魂が入って走り出しそうであった。

あの混沌とした時代、
自分に誠実で義に生きようとすればするほど、
狡猾な高官や金持ちの迫害に遭い、
どれほど多くの人が弾き飛ばされたか?

権威や目先のお金のために、
安易に意思を曲げる人が増え、
強盗や殺人が起こる世の中であったのだが、
ふと思うと、今も「闇バイト」などが蔓延り、
政治家は、不誠実で平気でシラを切り、
若者が年寄りや弱いものからお金を巻き上げ、
いわんや殺人まで厭わない。

末期の始まりの様な気がする。

そんな世界だからこそ、
自分の生き方が窮屈だけど、
間違っていると思うことには曲げられないものだ。

上野から線路に沿って、
アメ横を抜けて秋葉原まで歩いて行った。

線路の高架下に、洒落た面白い小さな店が沢山できていた。
大儲けはできなくても、
自分がやりたい仕事をしている人がここにいる。

悪いニュースを目にすることが多いけれど、
野には小さくとも多くが芽生え、花が咲き始めている。
世の中はやはり、捨てたもんではない。


森の黒ひげ塾
塾長 早川 典重

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