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デザイン思考と組織文化PARTⅣ

 本編⑱のところで見たように、Dums and Mintzberg(1989)やCooper, Junginger and Lockwood(2009)は、デザイン思考にとっての理想的な組織文化とは「組織全体にデザインの考え方が浸透した状態である」と述べているが、これは言い換えると、デザイン思考がロジカルシンキングのように当たり前のノウハウとして組織内で広く認識され、多くの人々がそれを使いこなすためのスキルを持ち、職種を越えてそれを共有することができるような状態にあることである。

 ただ、デザイン思考は形式知であるとはいえ、それほど簡単に修得できるものではない。本編⑤のところで見たように、それを修得するには持続的で反復的な訓練が必要であり、数日間のブートキャンプや一度きりのワークショップの受講などでは難しいとされている[注1]。つまり、それを浸透させるにはOff-JTだけでなく、OJTが必要になるのである。また、本編⑩のところで見たように、形式知化されたといっても、デザイナーの仕事ぶりのすべてが形式知化されたわけではなく、感性のようにデザイン思考を機能させる重要なパーツであるにもかかわらず、暗黙知のまま残された部分もある。そのため、そのような知識の移転には、デザイナーやデザイン思考を良く知る人物とチームを組むなどして、経験を共有することが必要になる(Eklund, Aguiar and Amacker, 2021)。

  ここでは、そのようなOJT型のデザイン思考の実践や、チームによるデザイン思考(以下、チームデザイン思考とする)を取り上げたいくつかの先行研究に注目してみたい。それらの研究には、組織文化に関する言及はないものの、チームデザイン思考に取り組む際の注意点や、その貢献や限界などを窺い知ることができる。

  まず、Seidel and Fixson(2013)では、デザイン思考に不案内な人々が集まる学際的なチームが果たして、デザイン思考を使いこなすことができるのか、あるいは、どのようにそれを活用しようとするのかが検証されている。彼らが行ったのは、大学生を使った長期間(3-4カ月)にわたる大規模な実験(参加者の数は時期によって多少変動はあるものの、概ね60-70名程度)である。異なる複数の学部(少なくとも3学部以上)から学生をピックアップしてチームを組ませ、デザイン思考に不案内な学際的なチーム(n=14)を作成し、彼らにコンセプト作りの課題を与えた。そして、そのプロセスと成果(拡張性や革新性など)を教員と学外の専門家が主観的に評価した。その結果、やはり不案内者だけのチームでは、デザイン思考を使いこなすことは困難であることが明らかになった。

 その中でも、特に問題視されたのが、ブレインストーミングを実施するタイミングとその回数についてである。初心者にとってブレインストーミングは楽しいようで、本来必要のない場面でもそれに頼ろうとする傾向が見られた。その結果、使用過多なチームでは、逆にパフォーマンスが低下する傾向が見られた。ただし、作業途中で新たなメンバーが加わるような場合には意思疎通に役立つため、逆効果は緩和された。また、ブレインストーミング単体での効果は低く、他の方法と結びついた時に効果を発揮していた。さらに、アイデアの変更やコンセプトの練り直しなどの省察的な活動部分にも落とし穴が見られた。それらの活動の増加は、コンセプトを広げる段階では有用だが、コンセプトを収斂する段階では非効率になる場合が多く、あまり有用でないとされている。

 次に、Nagaraj, Berente, Lyytinen and Gaskin(2020)では、新製品開発にチームデザイン思考(ユーザーへの共感、多様な情報のインプットとそれらの合成、実験行動、チーム内外でのプロトタイプの活用など)を用いることで、どのような効果が得られるかが検証されている。なお、ここでいう効果とは、製品の使い勝手と革新性の2種類である。検証の結果、チームデザイン思考を用いれば、基本的には両方の効果が得られるものの、条件次第ではほとんど効果が得られない場合もあることが分かった。まず、製品の使い勝手に関しては、どのような条件下でも効果が得られた。しかし、製品の革新性に関しては、馴染みのある(familiar)問題に対処する場合には効果が得られたが、初めて直面するような不慣れな(unfamiliar)問題の場合には効果が得られなかった

 Nagaraj et al(2020)によると、不慣れな問題の場合に革新性が得られなかったのは、チームデザイン思考では問題を理解することに時間をとられ、革新的なソリューションを生み出すところまで手が回らなかったためと推測されている[注2]。そのため、不慣れな問題に対処する場合には、別の方法(与えられた自由度の中で対処可能なレベルにまで問題の多様性を減らす方法)を用いた方が良いとされている。このような主張は、番外編②のところで見た「デザイン思考から生まれたソリューションは意外としょぼい」という問題とも一部重複する。ただし、そこでは、革新性の有無はそれほど問題ではない(むしろ、ユーザー自身も気づいていない問題を探し当てることの方にこそ価値がある)とされており、その是非については別途議論する必要があるのかもしれない。

 最後に、吉岡(小林)(2021)では、チームデザイン思考によって、組織であることの弱みを回避できるだけでなく、強みをより強化できる可能性が示唆されている。組織になると、様々なメリットを享受することができる反面、組織ゆえの弱みも抱え込んでしまう。例えば、そのうちの一つに、情報伝達効率の悪さがある。戦略の策定者と実行者が異なる場合、現場が持つ情報を戦略策定者に正確に伝達することは難しい。特に言語化することが難しいような情報の場合は、より伝達効率が悪くなる。しかし、両者がチームを組んでデザイン思考に則った顧客観察を行えば、情報共有が容易になる。また、集団で意思決定を行う場合は、どうしても無難な方向へと結論を向かわせる同調圧力がかかりやすくなるが、そのような時にもデザイン思考の考え方を援用することで、それを回避することができる。デザイン思考が提唱するように、良いアイデアにたどり着くまで試行錯誤路を繰り返し、合意形成やアイデアの選抜を先送りすることで、集団的意思決定の弱みを回避することが可能になるのである。

 さらに、チームデザイン思考を活用することで、組織であることの強みをより強化することもできる。例えば、解決策の発見や仮説検証を行う際には、多様性のあるチームで取り組むことが有効とされているが、デザイン思考が提唱するプロトタイピングは、その有効性をさらに向上させる。プロトタイプは直に見て触わることのできる共通言語として、異なる知識背景を持つ者同士を結び付けるだけでなく、コミュニケーションも活発化させ、チームの創造性を高めるからである。さらに、創造性の高まりはアイデアの実現可能性も高め、ひいては採用可能な選択肢の幅を広げるかもしれない。


[注1] 『AXIS』「デザインシンキングなんて糞食らえ。ペンタグラムのナターシャ・ジェンが投げかける疑問」

[注2]ただし、Nagaraj et al(2020)の「問題を理解することに時間をとられ、革新的なソリューションを生み出すところまで手が回らなかった」という分析には、個人的には疑問を感じる。なぜなら、デザイン思考では、問題の発見と解決が逐次的に行われるのではなく、それらが同時に達成される場合が多いからである。「問題発見に時間をとられ、ソリューションを考える時間が足りなかった」という言い分はおそらく、暗黙の裡に問題の発見と解決が逐次的に行われることを前提にしており、デザイン思考の考え方と相容れない。なお、問題発見と問題解決が同時実現するという考え方は、経営学では「ニーズ・ソリューション・ペアズ(need-solution pairs)」と呼ばれる(von Hippel and von Krogh,2016)。


●参考文献
Cooper, R., S. Junginger and T. Lockwood. (2009), “Design Thinking and
 Design Management: A Research and Practice Perspective.” Design
 Management Review, Vol.20, No.2, pp.46-55.
Dums, A. and H. Mintzberg. (1989), “Managing Design Designing
 Management.” Design Management Journal, Vol.1, No.1, pp.37-44.
Eklund, A.R., U.N. Aguiar. and A. Amacker. (2021), “Design thinking as
 sensemaking—Developing a pragmatist theory of practice to (re)introduce
 sensibility.” Journal of Product Innovation Management, Vol. 39, No.1. pp.
 1-20.
Nagaraj, V., N. Berente, K. Lyytinen and J. Gaskin. (2020), “Team design
   thinking, product innovativeness, and the moderating role of problem     
   unfamiliarity.” Journal of Product Innovation Management, Vol.37, No.4,
 pp.297–323.
Seidel, V. P. and S. K. Fixson. (2013), “Adopting design thinking in novice
 multidisciplinary teams: The application and limits of design methods and
 reflexive practices.” Journal of Product Innovation Management, Vol.30, 
 No.1, pp.19–33.
吉岡(小林)徹(2021)「デザイン思考の効果と限界」『一橋ビジネス・レビュ
 ー』2021年春号、152-159頁。
von Hippel, E. and G. von Krogh. (2016), “Crossroads-Identifying viable “need-
 solution pairs”: Problem solving without problem formulation.”
 Organization Science, Vol.27, No.1, pp.207-221.

●参考Webページ
『AXIS』「デザインシンキングなんて糞食らえ。ペンタグラムのナターシ
 ャ・ジェンが投げかける疑問」
 (https://www.axismag.jp/posts/2018/10/99156.html)2022年1月12日閲覧。


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