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第九回 イノベーションとデザイン(4)   組織文化の重要性

 前回は、デザイン思考などのデザイナー的思考や手法が登場した意義について述べた。その最大の功績は、通常では見えにくいデザイナーの働きを可視化し、それを組織全体で共有可能なものにしたところにある。しかし、現場では、せっかくデザイン思考を導入しても、機能不全に陥ったなどの声がよく聞かれる。その原因には様々なものがあるだろうが、ここでは組織文化に注目してみたい。

 近年、デザイン思考を機能させる基盤として、組織文化に注目が集まっている(Elsbach and Stigliani,2018)。特にデザイン思考と親和性の高い組織文化は「デザイン態度」と呼ばれ(Michlewski, 2015)、それは、①不確実性や曖昧性を積極的に受け入れる、②深い共感に従う、③現実を審美的に理解しようとする、④遊び心を持つ、⑤複雑な状況にも意欲的に立ち向かうなどの5つの特徴を持つとされている。

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 これは裏を返すと、曖昧性を嫌ったり過度に客観性を重視したりする組織文化では、デザイン思考は上手く機能しないということである。また、両者の関係をコンピュータの仕組みに例えると、デザイン態度がOSで、デザイン思考はその上で動くアプリケーション・ソフトということになる。したがって、デザイン思考が組織に正しくインストールされるには、それ以前にデザイン態度がきちんと形成されている必要がある。

 それでは、そのような組織文化はどのように形成すればよいのであろうか。現時点で明確な答えはないもの、経験的には大きくトップダウン型ボトムアップ型の2つがありそうである。前者のトップダウン型はその名の通り、経営トップが強力なリーダーシップを発揮して、自ら組織文化を創出・変革していくやり方であり、中小企業(特に同族企業での経営トップ交代時)などに多く見られる。

 一方、後者のボトムアップ型は、現場にデザイナーや「デザインシンカー」と呼ばれるデザイン思考の実践者を増やすところから始まる。例えば、日立製作所では研修などを通じて、2022年までにデザインシンカーを500人育成する計画を立てている(日経クロストレンド)。また、IBMではIBM Designのフィル・ギルバート氏の指揮の下、デザイン事務所の積極的な買収を通じて、3年で1,000人以上ものデザイナーを雇い入れた。デザイナーの比率を一気に高め、組織文化の変容を促そうとしたのである(Biz/Zineセミナーレポートa)()。

 ただし、トップダウン型でも従業員を巻き込んだり、ボトムアップ型でも経営トップが関与したりするなど、いずれにおいてもバランスが重要になる。

注) IBMでは、デザイン事務所の積極的な買収に先立って、ある事業部での成功体験があり、買収は確信をもって進められた。その事業部はかつて、エンジニア1,000人に対してデザイナーが数名だけという状態であった。それを800人のエンジニアと100人のデザイナーという構成に変えただけでなく、非デザイナーにはデザイン思考を学ばせた。その結果、事業部の売上は2倍に増加した(Biz/Zineセミナーレポートb)。


参考文献
『Biz/Zineセミナーレポートa』「IBM、日立、パナソニック、富士通のUXリ
 ーダーが語ったデザイン思考による組織変革とは?」(http://bizzine.jp/
 article/detail/2210)
『Biz/Zineセミナーレポートb』「IBMは組織に「デザイン」をどのようにイ
 ンストールしたのか――IBMデザイン思考の3原則」(https://bizzine.jp/
 article/detail/2209)
Elsbach, K. D. and I. Stigliani (2018) “Design Thinking and Organizational   
 Culture: A Review and Framework for Future Research,” Journal of  
 Management, Vol.44, No.6, pp.2274-2306.
Michlewski, K. (2015) Design Attitude, Gower Publishing Limited, England.
森永泰史(2021)『デザイン、アート、イノベーション』同文舘出版。
『日経クロストレンド』「日立が熟練デザインシンカーを500人育成 顧客
 企業のDX支援」(https://  
 00002/)


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