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組織文化の変容プロセス

 最後に、組織文化が変容していくプロセスについて考えてみたい。これまでも、デザイン思考の浸透にはデザイナーとの協働が必要になることなどが指摘されてきた。しかし、デザイナーと協働することで、具体的に組織文化の何がどのように変化するのであろうか。

 先行研究では、体験の共有に伴う暗黙知の移転や、成功の積み重ねによる信頼関係の構築など、個人レベルで起こる意識の変化については言及されてきたが、組織文化自体がどのように変容していくのかについては明らかにされてこなかった。ここでは、そのメカニズムを、新制度派組織論の「制度ロジック(Institutional logic)」や「制度ロジックの多元性(logic multiplicity)」などの考え方を援用しながら推察してみたい。後述するように、制度ロジックと組織文化は異なる概念ではあるが、ここでは両者を類似のものと見做して、研究成果を活用していく。

  制度ロジックとは、Friedland and Alford(1991)によって提唱された「パラダイム」や「組織文化」に近似した概念である。より正確には「社会的に構成され、歴史的にパターン化された習慣、前提、価値観、信念、ルールなど」であり、「人々の認知や行動に影響を与え、日々の活動の組織化原理を形成するもの」と定義される(Thornton and Ocasio,1999)。また、そこから派生した制度ロジックの多元性とは、組織に対して複数の制度ロジックが影響をもたらしている状態のことを指している。例えば、多くの大学組織は、真理の追求や研究者コミュニティ内での承認という「科学ロジック」に支配されている。その一方で、多くの企業組織は、利益の創出という「事業ロジック」に支配されている。その両者が産学連携を行う場合、科学ロジックと事業ロジックという制度ロジックの多元性が発生する。

  これまで何度も取り上げてきたメイヨー・クリニックのケースでは、このような制度ロジックの多元性が発生していると考えられる。そこでのデザイン思考の導入目的は、病院内にイノベーティブな組織文化を醸成することにあったが、かといって、これまで支配的であった(医学の性格とも深く関係している)統計的な証拠を重視し、リスクを回避しようとする組織文化を変えることまでは望んではいなかった。つまり、既存の組織文化との共存に主眼が置かれていたのである(Dunne,2018)。これを制度ロジックの文脈で言い換えれば、医学界の「科学ロジック」とデザイン界の「対話的ロジック」が組織に対して同時に影響を及ぼしている状態といえる[注1]。支配的なロジックは存在するものの、他のロジックを完全に排除するわけではなく、それを受け入れる余地や隙間が残されていたのである。その部分に「対話的ロジック」が入り込んだと考えられる。

  そして、そのような共存が可能であるとすれば、非主流派の組織文化は、まずは上位層からの保護を受けながら生き残り、次第に定着を図りつつ、やがては主流派の組織文化と融合したり、第三の組織文化を生み出したりすることで、全体の組織文化を変えていくことができるかもしれない。特に後者は、主流派の組織文化に変更を加えることはなく、全体の組織文化を変容させていくユニークなアプローチである。既存の制度ロジック研究では、支配的なロジックが必ずしも新しく導入されたロジックを排除するわけではないことや、時には第三のロジックを道具的に活用して、異なるロジック同士が共存を図っていることなどが明らかにされてきた。大学の医学研究科と製薬企業の産学連携を扱った事例では、科学ロジックと事業ロジックに起因するコンフリクトが存在する中で、2つのロジックとは異なる第三のロジック(国家ロジック)が用いられ、コンフリクトが解消されていた(舟津,2020)。つまり、2つのロジックを融合するわけでも、どちらかのロジックに一元化するわけでもない第三の手法が活用されていたのである。

 また、北川・比嘉・渡辺(2020)では、新しく導入されたロジックが、支配的なロジックとの間にコンフリクトを抱えながらも、どのようにして生き延び、定着を図って、影響を与えられる存在になったかが描かれている。彼らが取り上げたのは、従業員200名を抱えるYRK&において4名からスタートした新規事業(UCI Lab.)の事例である。そこでは、既存事業部を支配するロジックを「やりとり(communicative)」、新規事業部を支配するロジックを「対話的(dialogical)」とそれぞれ呼んでいる。前者は、仕事の迅速性やコミュニケーションの効率性を重視するロジックであり、後者は、顧客との対話やそこから生まれる解釈を重視するロジックである。YRK&本体は広告やマーケティングなどを行う会社であるが、UCI Lab.はイノベーション・コンサルティングの会社であり、両社の間では仕事についての考え方や仕事の進め方などが根本的に違っていた。

 UCI Lab.は設立当初、会社幹部からのサポートを受けながら、自律性を確保するために思慮深く立ち回っていた。具体的には、自由度の高い予算を確保する、既存事業部との人事交流は行わない、個別の損益計算書は作成しない(UCI Lab.設立当初の売上の半分は、既存事業部への手伝いなどから得ていたため、それらの数値は既存事業部の損益計算書の中に潜り込ませ、目立たないようにしていた)などである。しかし、そのような閉鎖的で、数字を追わないスタイルはやがて社内からの反発を招き、設立から3年で通用しなくなった。

 そのため、UCI Lab.では考え方を根本から改め、まずは対話的ロジックを活用した稼げるビジネスモデルを構築して既存事業部から関心を引き、そこから相手のロジックを変容していく方針に切り替えることにした。既存事業部の中では数字が絶大な力を持っていたため、それを逆手に取って売上を伸ばすことで相手方の関心を引き、自分たちにとって有利な形で接点を作り出そうとした。つまり、相手を傾聴する状態にした上で、自分たちのビジネスモデルの利点を伝えたり、獲得した知識や技能を既存事業部の組織開発に活用したりする機会を生み出そうとしたのである。ただし、現時点では、未だ事業規模が違いすぎるため、相手のロジックを変容させるほどの効果は上げられていないが、一定の影響を与える存在にはなっている。

 なお、UCI Lab.の事例で興味深いのは、クライアント企業や協力者などの社外の存在の捉え方である。北川・比嘉・渡辺(2020)は、制度ロジックの観点に立てば、社外にいるクライアント企業や協力者は部外者ではなく、同じ制度ロジックを共有する存在として捉え直すことができると述べている。社内では少数派でも、社外に広がるネットワークがあることで、挑戦的な取り組みを行うのに必要な能力をその上で構築することができると考えているのである。つまり、制度ロジック間で生じるコンフリクトの解決には、相手のロジックに働きかけたり影響力を行使したりするだけでなく、自分たちの能力も同時に進化させる必要があることが窺えるのである。その意味では、メイヨー・クリニックのトランスフォーム会議もそれと同様の役割を果たしているのかもしれない。トランスフォーム会議とは、CFIが中心となって毎年開催されるヘルスケア・イノベーションの大会であり、世界中から関係者が集まり経験を共有する場となっている(Dunne,2018)。


 [注1]ここではデザイン界を支配するロジックを「対話的ロジック」と呼んでいるが、この呼び方については北川・比嘉・渡辺(2020)から引用した。彼らは、Ballantyne and Varey(2006)を参考に、それを「関係者の間で集合的な学習と変容が起こることをよしとするロジック」と定義している。



●参考文献
Ballantyne, D. and R. J. Varey.(2006), “Introducing a dialogical orientation to
 the service-dominant logic of marketing.“ in R. F. Lusch and S. L. Vargo
   (eds.), The  Service Dominant Logic: Dialog, Debate, and Directions(pp.224-
   235). M.E. Sharpe.
Dunne, D.(2018), Design Thinking at Work :How Innovative Organizations Are
 Embracing Design. Rotman-UTP Publishing. (菊地一夫・成田景堯・木下
 剛・町田一兵・庄司真人・酒井理訳『デザイン思考の実践:イノベーショ
 ンのトリガー それを阻む3つの緊張感』同友館、2018)
Friedland, R. and R. R.Alford. (1991), “Bringing society back in: Symbols,
   practices and institutional contradictions.“ In W. W. Powell and P. J. 
   DiMaggio (eds.), The new institutionalism in organizational analysis (pp.232–
   263). University of Chicago Press.
舟津昌平(2020)「制度ロジック多元性下において科学と事業を両立させる組
 織の対応:産学連携プロジェクトを題材として事例研究」『組織科学』第
 54 巻、第 2 号、 48-61頁。
北川亘太・比嘉夏子・渡辺隆史 (2020)『地道に取り組むイノベーション:人
 類学者と制度経済学者が見た現場』ナカニシヤ出版。
Thornton, P.H. and W. Ocasio. (1999), “Institutional Logics and the Historical
 Contingency of Power in Organizations: Executive Succession in the Higher
 Education Publishing Industry, 1958–1990.” American Journal of Sociology,
 Vol.105, No. 3, pp.801-843.


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