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小噺「梔子」

君の一日が少しでも幸福なものであれば良いと願って、僕は今日も瞼を閉じる。

まるで花が咲くように微笑む君の顔が瞼の裏できらきらと輝いているのが見える。思いを寄せるようになってから一年が経った。好意を口に出して伝えられた事は今までに一度も無い。意気地の無い僕の心を余所に、今日も屈託の無い笑顔を僕に向けては鈴のような声でコロコロ笑っていたのが随分と眩しかった。
折角君が話しかけて呉れていても、話下手な僕は女の子が楽しめる話の一つも出来ない。的外れな回答をしてしまうのが怖くて口を噤んでしまう僕はなんとも、みっともない。

ただ好きでいるだけで幸せだ、なんて机上の幸福論は浮かんですら来ない。人を好きになる事で自分の惨めさを思い知る羽目になるとは思わなかった。
片思いなんてするものじゃない。
そう悲観する僕の好意になんてちっとも気付かずに、昨日もうまく話せなかった僕に君は穏やかに微笑みながら、今日も他愛無い話を口にする。

「おはよう。今日も暑いねぇ」

僕の口はまた動くのを出遅れて、ただ「うん」と返すだけが精一杯だった。
君の前では言葉が出せない僕は、いつまで経っても口無しのまま。明日はもっと話せるようにと願いながら、今日もゆっくりと眠りに落ちていく。

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