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小噺「結婚の条件」

「私達きっと、うまくいくわ。貴方のこと、そんなに嫌いじゃないの。でも大好きって訳でもない。貴方もそんな感じでしょう?なら、うまくいくわ、きっと。」

だから結婚しましょう。
そう口元だけ微笑んで、手に持ったグラスを傾ける目の前の女性に愛は必要無いそうだ。利害が一致して、お互い憎からず思ってさえいるのならば相性がいいだろうと、想定外の逆プロポーズをして来た彼女と僕は、そもそも友人ですら無い。知人のまた知人だ。顔を合わせるのだって、今日で二回目の、お互いの名前程度しか理解していない。

「君の名前しか知らないのに?」
「貴方が知りたくなったら教えてあげるわ」
「結婚してから知っていくの?」
「それで十分よ。知っていく楽しみがあるもの」
「僕のことを好きじゃ無いのに、知りたいことが何かあるの?」
「あら。私、貴方のことは嫌いじゃないのよ」

楽しそうにくすくすと喉を鳴らして笑う彼女は、つい先程運ばれてきたばかりの食後のデザートに目を落とすと、不意に表情から笑みを消して、こう僕に問い掛けた。

「ところで貴方、甘いものはお好き?」

その問いに素直に頷けば、「なら問題ないわ」とまた楽しそうに喉を鳴らす。デザートにフォークを向けて薄っすらと笑みを浮かべる姿は、そう言えばこの会話の一番最初にもしていたっけ。
どうやら好意が無い訳では無いらしい。

僕は手元のコーヒーを片手に、彼女に何を質問しようかぼんやりと考えてみる。すると意外にも、幾つか候補が出て来た。そこで「あぁ、成程」と思った。いつの間にか、彼女が問いに対して何と答えるのかが気になり始めている僕がそこにはいた。
こんな始まり方も有るのかも知れない。そう思いながら、彼女の目が再度僕に向けられるまでの間、僕はもう一度、彼女の問いについて考えてみることにした。

次にどんな鈴のような声が聞こえるかを、楽しみにしながら。

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