きっかけぶ

 きっかけさえあれば人は何にだってなれるという勧誘の言葉で迷わず僕はきっかけ部に入った。
 自己紹介が済むと、部長が僕ら新入部員(30人)に順に目標を尋ねた。
 みんな口々に自分の目標を言う。曰く学年一位になる、クラス一位になる。いい会社に就職する。自分の店を持ちたい。株でひと山当てたい。…
 スポーツ系の望みを言う者はいない。そんな人たちはみんなその運動の部活に入るから。だがそれはちょっともったいない気がする。
 だってきっかけさえあれば、甲子園に行ってスカウトされてプロになることだって夢ではないのだ。

「宇宙飛行士になります」

 僕はそう言った。
 他の一年たちはちょっと驚いて僕を見た。

「うむ、いい心がけだ。きっかけ部のことをわかっているね」

 部長にそう言われて、僕はやはりこの部に入ってよかったと思った。
 自己紹介が済むと、僕らはきっかけを待つことになった。
 29人がその日のうちにきっかけをつかんで部を去って行った。
 彼らの大半は勉強で成果を出したいという者たちだった。
 部長が言うには、すでに学校に入ったことが十分そのきっかけになっているので、後は各々の目標に応じて勉強すればいいとのことだった。
 理に適っている。
 残りの者は、そのことを本気でやりたいという意思のある者たちだ。
 部長は彼らの話を聞いて、ネットでその職業なり、夢の叶え方なりを調べ、プリントして進路指導の先生の元へ行くように言った。
 すごい。人がきっかけをつかんだ瞬間をこんなに矢継ぎ早に目にすることができるなんて!
 きっかけ部の名にいつわりなし。
 僕は心の中でそう叫んだ。

 僕と部長の二人だけが部室に残された。

「君は」

 と、部長は言った。

「宇宙飛行士になろうなんて思ってないよね」

 僕はうなづく。一ミリたりともそんなことは思っていない。正直うまいラーメン屋ととんかつ屋と、夕方に六割引きセールを敢行するスーパーがあるこの住み慣れた地元から一歩たりとも出たくない。

「じっくりいこう」

 僕の肩に手を乗せ部長はそう言った。
 僕はうなづく。

 もちろん僕はこれから行われるであろう部長の宇宙飛行士への提案をことごとく跳ね除けるつもりだ。
 宇宙になんて絶対に行きたくない。訓練だってしたくない。ついていける体力なんてそもそもない。
 きっかけ部は、そんな僕を宇宙に向かわせられるほどのきっかけをもたらしてくれるのだろうか。

 ワクワクが止まらない。明日は何が起こるのか、毎日が楽しみな学校生活になるかも知れない。身体が熱い。どんどんやる気が湧いてきて宇宙にでも飛んで行ってしまいそうになる。



 あれ?




 僕いま、ちょっと宇宙行きたくなってないか?

 続き


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