創作教室

 創作教室へ行った。
 プロを何人も輩出しているらしい。

 半年間、隔週土日のスクーリング制だ。教室に入ると、すでに半分近く席が埋まっている。
 学校の制服を着た若い人からお年寄りまで、様々な人がいる。

 私が適当な席についても、パラパラと人が絶えずにやってきて、5分もしたら部屋はいっぱいになった。

 時間になる。正面上のスピーカーから、チャイムが鳴った。
 学校みたいだ。

 やってきた講師の人は、スリーピースのスーツに、色の薄いサングラスをかけた中年の男だ。
 ネットで見た顔だ。
 やや猫背、目が据わって、全体的に淀んでいる。
 たばこの煙が充満する編集部室から出てきましたという感じだ。
 これが、プロの迫力。

 周囲は静まり返っている。
 みんな先生の言葉を聞き逃すまいと構えている。
 そんな中、先生はさっと我々の顔を見渡して口を開いた。

「創作に必要なこと、それは健康です」

 ざわ

 空気が動いた。

 先生は窓際にいたスーツを着た中年女性を指差す。

「あなた、立ってください」

「はい」

 さされた彼女は、すぐにそう言って立ち上がる。
 その様子から、彼女が先生のどんな指示にも従う気でいることがわかった。

 それから先生は、無作為に教室の生徒を立たせていく。
 見る限り年齢も性別も様々だ。

 何が始まったの?
 これは何なの?

 誰も喋らないがそんな声が聞こえてきそうだ。

 選ばれるといいことがあるのか?
 まさか、才能を見抜いている?
 いや、そんなはずはない。
 だってなにも審査になるようなことはしてないのだから。

 それでもいつまでも選ばれない者たちの顔には徐々に不安が表れていく。

 だが立っている者だって別に自分が特別だなんて思っちゃいない。
 それは自分が一番よくわかっていることだ。

「はい。あなたも」

 そう言って先生が指さしたのは私だった。

「はい」

 声が裏返らないようにしながら、私は言われた通り立ち上がる。

 50人くらいの教室で20人くらいが立たされただろうか。

「あなたたちは寝不足と栄養不足なので、今日はもう帰って寝てください。来週のこの時間も家で寝ていてください。普段過ごす時間も夜更かしせず、ちゃんとした物を食べて、ちゃんと寝てください」

 一瞬の空気の揺らぎ、

「―――はい」

 だが、そう言って荷物を持って先に出て行ったのは、一番初めに指名された中年のスーツ女性だった。

 それを皮切りにみんな教室を出て行く。もちろん、私もだ。

 帰りの廊下では、誰も喋らなかった。

 つかつかとハイヒールが鳴る音だけが、頭の中で印象的に響く。

 私はなんにも考えられなかった。
 これから輝かしい将来に向けて有意義な時間を過ごすはずだったのに。

 でも私はビルを出てすぐ地下鉄に入ってそのまままっすぐ家に帰ろうとしている。

 そしてそれは周りの生徒たちもだ。誰かと仲良くなって帰りにスタバ行きましょうなんてことにはなってない。

 地下鉄に揺られ、半覚醒のまま自宅の駅で降り、自分の家に行って化粧を落としてパジャマになり、布団を敷いて寝た。
 午後3時だった。

 あくる日も、私は寝た。

 そのあくる日も。なんだか寝ても寝ても眠い。
 むさぼるように私は眠り続けた。

 午後9時に寝て、7時に起きた。

 ご飯は三食、言われた通り野菜と魚と肉を中心にバランスよく食べた。

 仕事はしていない。
 創作で食べて行けばいいと思っていたからだ。

 一週間も続けていると、いつも冬の満員電車みたいにもやもやしていた頭が、朝どれレタスみたいにしゃっきりとしてきた。

 身体もなんだか調子がいい。創作し続けていたせいで、肩や腰がだいぶ硬くなっていたようだ。
 それが和らいでいる。

 私は部屋を掃除し、さらに二週間同じ生活をした。

 そして再び創作教室に行った。

 まだ授業が始まる前だというのに、みんな熱心に自分の創作に向き合っている。
 見知った顔もちらほらいる。あのスーツの女性もいた。

 自然と身も心も引き締まる。

 チャイムが鳴る。

 先生がやってきた。

 静まり返る教室。
 緊張、それからあふれる先生への信頼、期待。
 先生は、初回と同じように生徒たちを見渡し、それからやはり同じように何人かの生徒を立たせていく。

 私と目が合う。

「君も立って」

「はい」

 私を入れて10人の生徒が立っている。ただ教室の中にこの光景を見て動揺する者はいない。

「みんな、合格だ」

 合格。

 意味が分からなかった。
 立っている他の者だってそうだろう。

 だけど

 スーツの女性が泣いている。
 気づけば、そこここからも嗚咽する音が聞こえる。

 私だってそうだ。目から涙があふれていた。

 合格。

 創作活動をして、いままでそんなこと言われたことなんてついぞない。

 すべてが徒労。

 何カ月、何年作品と向き合い、中には発表しないまま消したものもある。
 そんな中で完成した作品を賞に送っても、何の音沙汰もない。

 合格。

 そう。私は合格したのだ。

「はい、泣くのをやめてください。では次の課題です」

 先生の声が教室に響き渡る。

「なんか運動をしてきてください」

「「「はい」」」

 止まらない涙を何回もふきながら、10人は声を揃えそう言って、勇んで教室を出て行く。

 それから私は一週間、ウォーキングをして、時には筋トレをした。もちろん今の生活を続けながらだ。

 でも先生はなかなか合格をくれなかった。
 生徒さんの中で進んでいる人は、合気道を習い始めた者や、スイミングスクールに通い始めた兵もいるという。

 中でもトップは、働いているらしい。
 創作教室に通いながら習い事をし、さらに働いているだなんて。
 そんな超人みたいな人が同じ教室で創作を学んでいるなんて。

 私もこうしちゃいられない。

 創作教室で学ぶ半年、私の人生はとんでもなくいい方向に向かっていくだろう。

 日々、そんな確信が強まっていくようだ。

 創作が好きでよかった。

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