独りと二人のマロンケーキ
「本を読むと別世界に行きますね」
マロンケーキを頬張りながら彩香は呟いた。
僕と彩香のデートというか二人の過ごし方も色々あるんだけれど、こうやって喫茶店でケーキを頬張りながら、コーヒーを飲み、ひたすら本を読むというのも僕らのデートの定番の一つだった。
喫茶店はよくあるようなチェーン店ではなく、マスターと呼ばれるおじさんが一人で経営しているお店だった。
喫茶店には本も置いてあり、自由に読むことができた。
少し暗めの店内に各テーブルには仄かなランプのような電灯が付いていて、本を読むにはちょうどよい光源となっていた。
そこで日替わりのケーキを頼みコーヒーを飲み、本を読む。
僕らにとっては天国のような時間でもあった。
彩香は読んでいた本をそっとテーブルに置き、極上の笑みでケーキを頬張った。
「二人の甘い時間に甘いケーキに、甘い本。最高ですね」
彩香はそういってコーヒーカップを手に取り、口に運んだ。
「彩香はなに読んでいるの?」
「お!りょうくん聞きたいですか。と言うか、よくぞ聞いてくれました!。最近発売された、佐野先生の新刊。喫茶店を経営する男子達の恋と友情と愛の物語です」
むふーと鼻で自慢げに息を吐いているのが目に見えるようだった。
彩香はBLが大好きで、世間一般で言う・・・いややめておこう。
僕は異性愛者なのでBLの世界がよく分からないのだが、彩香の部屋にはそれ系の本がたくさんあった。
でもがっつりエロではないので僕でもそれなりに読むことができた。
「りょうくんもこっちの世界に来ましたねぇ」
嬉しそうに彩香は微笑んだ。
その笑顔が何よりも僕は好きだった。
「りょうくんはなにを読んでいるのですか?」
「う~ん、なんだろう。エッセイ集なんだけれど、孤独だけどそれが楽しいみたいな本だよ」
「りょうくんは私という彼女がありながら、孤独が楽しいとか思っているんですか?」
ちょっと拗ねたように彩香はぷいと横を向いた。
僕は笑いながら彼女のほっぺにそっと触れた。
孤独イコール独りが良いというわけではないと僕は思っている。
独りの時間も大事だし誰かと過ごす時間も大事なのだ。
そのバランスが大事だと思っている。
でも彩香はどちらかというと寂しがり屋で誰かと一緒にいると安心するタイプだった。
その気持ちもよく分かった。
誰かと繋がることで安心できる世界がある。
逆に誰かと繋がらないことで安心できる世界があることも僕は知っていた。
「孤独が分かるからこそ、誰かと居ることに安らぎを覚えることもあるんだよ」
「じゃありょうくんのケーキを食べさせてくれたら許します」
少し意味が分からなかったので僕は思わず苦笑してしまった。
「姫の仰せのままに」
僕のケーキは生クリーム付きのチョコシフォンケーキだった。
僕はシフォンにたっぷりのクリームを付けて彼女の口に運んだ。
あ~ん
と僕のシフォンケーキは彩香の口に入っていった。
「りょうくんの愛情と甘さが伝わってきますね」
そういって彩香はまた本に目を通し始めた。
僕も珈琲を口に流し込む。
苦みとそしてほのかな酸味が口に広がってきた。
孤独は苦みでもある。
でもその苦みの中に味わいもあるのだ。
僕はまた本の世界に身を投じる。
そういえば小説家の瀬戸内寂静さんが自分が孤独だと感じたことのない人は、人を愛せないと言っていたことをふと思い出した。
深い苦みを知っているからこそ甘いものの深みも味わえるのだ。
そう僕は思って彼女の顔を眺める
あぁそう、間違いなく僕の愛する人である。
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