無題

2020年代の大学は何を教えるのか? 『ROBOT-PROOF』(ジョセフ・E・アウン著、1月刊行)訳者解説

今年もあと数日。2019年は「入試制度改革」にまつわるニュースを多く耳にしました。それ以外でも、ここ数年は「教育改革」が話題に上ることが増えています。とくに、AIやロボット技術が急速に社会を変えていくなか、大学などの教育機関は何を変え何を守っていくべきかといった議論は、ますます熱を帯びてきているようです。

2020年1月(下旬)刊行予定のROBOT-PROOF:AI時代の大学教育』(ジョセフ・E・アウン著)は、これからの大学のあるべき姿を考えるヒントが詰まった一冊。訳者代表の杉森公一先生(金沢大学准教授)もまた、日本の高等教育改革の第一線で奮闘されているお一人です。以下では、杉森先生による「訳者解説」を、本書刊行に先駆けて公開します。

ヘッダ

『ROBOT-PROOF:AI時代の大学教育』訳者解説

著:杉森公一(金沢大学国際基幹教育院准教授)

何度目かの人工知能(AI)ブームが起こってしばらくたつ。

進化を続けるAIに対抗する能力を、大学教育はどのように身につけさせることができるだろうか。本書は、米国で経験学習を推進してきたノースイースタン大学のアウン学長が、このテーマを正面から論じた一冊である。ウォーター・プルーフ(防水加工・耐水性)をもじってつけられた書名ではあるが、防水加工を施すがごとくに、防AI加工・耐ロボット性を学生へ装着させることは簡単ではないだろう。しかし、アウン氏の筆は力強い。ノースイースタン大学での取り組みを下敷きにしながらも、テクノロジーと人間の関わってきた歴史を紐解き、未来に求められる人間の新しい能力への展望を大胆に描いた本書は、「ハーバード大学の有名教授が薦める2018年に読むべき1冊」(ビジネス・インサイダー)にも選ばれている(*1)。

*1 Business Insider, “The one book every student should read in 2018, according to Harvard professors”, https://www.businessinsider.com/harvard-university-professors-book-recommendations-2017-12

大学経営者という立場と、言語学者としての立場の両方のレンズを通して編まれた本書は、日本の読者にも、AI時代の高等教育に必要な要素について概観を与えてくれるだろう。過去から現在にかけての技術的変化と大学の役割(第1章・第2章)、三つの新しいリテラシー・四つの認知能力と経験学習の提言(第3章・第4章)、未来への示唆(第5章)を論じた各パートは、それぞれ興味深く読むことができるが、全体を通して、ノースイースタン大学における大学経営戦略の理論的背景が透けて見える。概念だけを輸入する傾向の強い、日本の高等教育政策にあっても、異文化の文脈を受け入れたうえで機敏に考え直すこと、つまり本書でいう「異文化アジリティ」のような新しい能力が大学教育関係者にも求められているのではないだろうか。

日本においては、AIブームを発端に、近年、既存の産業の枠組みに代わって、第四次産業革命が起こるという見通しと、それに乗り遅れてはいけないという危機感から、ソサエティ5.0などの掛け声のもとに次世代技術革新やイノベーションの政策誘導がなされている。AI狂騒曲とも言えるような状況にあって、大学教育においても、学生がAIに対抗する力をいかに身につけていくかが至急の命題となっている。データサイエンス系学部の創設や、データサイエンスや統計学をすべての国立大学において必須の科目としようとするなど、矢継ぎ早の動きが見られる。新しい素養としてデータを扱うスキルをもったAI技術者養成が求められるとはいっても、やや短絡的とも見える直接的な政策立案の連続には、文系廃止論争における「大学教育は社会の役に立っているのか」という問題提起、「教科書が読めない子どもたち」(新井紀子)、古くは「分数ができない大学生」(岡部恒治ら)に見られる、読解リテラシー、数理リテラシー(本書でも概念拡張がなされているが、そもそも〈リテラシー〉とは識字、読み書きの力を指す言葉である)の見た目上の低下、高校全入・大学全入時代にあって選抜性が損なわれ、偏差値輪切り型、パターン化してしまった大学入試選抜制度への反省があったものと思われる。とはいえ、現在に至っても上記の論争に決着がついたわけではなく、中央教育審議会による答申の連続、矢継ぎ早の教育改革政策に見られるように、むしろ焦燥感は強まっている。学校教育と大学教育は、アクティブラーニング導入と高大接続改革の流れの渦中にある。

さて、産業構造の転換に起因する大学進学者の急増と、大学教育の質的転換の必要性については論を待たないところであるが、アメリカでは、1980年代にはすでに大学教育の大衆化の荒波が到来していた。さまざまな大学が、独自の制度改革と教育改善に取り組んだが、そのなかで生まれたものの一つが、企業との新しい連携教育であるコーオプ教育である。かつてアメリカの教育哲学者、ジョン・デューイが提唱した経験主義・進歩主義教育に端を発する「経験教育」は、座学で得られる知識にとどまらず、活用と探究を基本とした教育方法である。ノースイースタン大学のあるマサチューセッツ州ボストンは、ハーバード大学・マサチューセッツ工科大学(MIT)をはじめとする研究大学の集積地であるが、実は工業社会に対応した現代学校制度とペーパーテストの発祥の地でもある。そしていま、ここではAI時代を見据えた新たな大学改革が進行しているのである。現地で何が起こっているのであろうか。

訳者の一人である杉森は、2018年9月から2019年3月まで、ボストンでのサバティカル研修の機会を得て、タフツ大学の教育学習改善センター(Tufts University, Center for the Enhancement of Learning and Teaching)の客員研究員として滞在し、近隣大学への視察調査を行うことができた。本書でもたびたび登場する、SAILアプリを開発したノースイースタン大学の教育学習センター(CASTLR)へも訪問し、コーオプ教育を支える教育研修の取り組みについて聞き取りを行った。訳者が訪問した際には、SAIL(Student Assessed Integrated Learning)の名称を、Self-Authored Integrated Learning:自己記述型(あるいは自己決定型)統合学習と改訂したばかりであった。インタビューに応じてくれた Hilary Schuldt 博士によると、学生と大学教職員・企業担当者・アカデミックアドバイザー・コーオプ教育スタッフが多様に関わり合うシステムの実態を反映し、「Student」から「Self」へ変えたそうであるが、SAIL(帆船の帆)の語のイメージをさらに発展させて、学生自らが舵を取るように意図しているようにも思える。アメリカの大学のほとんどは、学生の学習への意欲的な関わり(エンゲージメント)と成功のために、その多様性と包摂を使命に掲げており、高等教育によってテクノロジーと知能機械に対抗していくというスローガンが受け入れられやすい文脈のもとにある。単なる知の伝達から、多様な経験に基づく知の創造へ、「知識革命の時代」へのパラダイムシフトの時代を迎えようとしているのが感じられた。

こうしたアメリカ大学教育における経験教育などについて紹介している数少ない日本語文献に、たとえば『カレッジ(アン)バウンド』がある(*2)。また、SAIL同様にコンピテンシーをもとにした大学教育としては、ミネルバ大学の取り組み(*3)などが参考になる。

*2 『カレッジ(アン)バウンド―米国高等教育の現状と近未来のパノラマ』ジェフリー・J・セリンゴ著、船守美穂訳、東信堂、2018年。Jeffrey J. Selingo, College (Un) bound: The Future of Higher Education and What It Means for Students, New Harvest, 2013.
*3 『世界のエリートが今一番入りたい大学ミネルバ』山本秀樹著、ダイヤモンド社、2018年。

第3章の少ない紙面で触れられていた、システム思考の初中等教育への導入については、ごく最近、大きな進展があった。『学習する学校』(*4)の著者であるMITのピーター・センゲが、2019年1月に国際バカロレアの初中等教育の教師を対象にした初回のワークショップを開催し、私(杉森)も参加することができた。システム思考と社会情動的スキルの育成(*5)をともに教育へ導入しようとする試み(*6)は、本書で言うヒューマンリテラシーの開発とも呼応していて興味深い。具体的な教育プログラムに昇華する試みの途上ではあるが、テクノロジーの発展に人間のマインドセットがついていかないという現状にあって、ハードウェア・ソフトウェアに関するリテラシーを超えた、人間に関する〈ヒューマンリテラシー〉の育成こそが、まさに必要であるという本書の著者の主張は、傾聴に値する。これからの大学教育を設計し、次代の学生たちとともに社会を形成していかなければならない、私たちの課題であろう。

*4 『学習する学校―子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する』ピーター・M・センゲほか著、リヒテルズ直子 訳、英治出版、2014年。Peter Senge, Nelda Cambron-McCabe, Timothy Lucas, Bryan Smith, Janis Dutton, Art Kleiner, Schools That Learn: A Fifth Discipline Fieldbook for Educators, Parents, and Everyone Who Cares About Education, Nicholas Brealey Publishing, 2011.
*5 Daniel Goleman & Peter Senge, The Triple Focus: A New Approach to Education, More Than Sound, 2015.
*6 Center for System Awareness, https://www.systemsawareness.org/

出典:『ROBOT-PROOF』訳者解説

***
『ROBOT-PROOF:AI時代の大学教育』ジョセフ・E・アウン(著)、杉森公一・西山宣昭・中野正俊・河内真美・井上咲希・渡辺達雄(共訳)

[原題] Robot-Proof: Higher Education in the Age of Artificial Intelligence (by Joseph E. Aoun)

AIとロボットの時代に、大学は何を提供するのか?

人工知能(AI)とロボット技術の進化は、「ホワイトカラー大失業」の時代をもたらすといわれる。産業構造の大変革に直面した人々を助けてきたのは、いつの時代も教育だった。
AIとロボットが席巻し始めた現在、「大学」には何ができるのか? 大学はいかにして、AI化・ロボット化した社会・経済を闊歩できる人材、つまり「ロボット・プルーフ(Robot-Proof)」な卒業生を輩出できるのか?

この挑戦で先陣を切るのが、アメリカ東海岸の名門校、ノースイースタン大学だ。従来の専門知識に加え、大学で身につけるべき「新しいリテラシー」を定義し、とくに実世界に出て行う「経験学習」を重視。世界中の130か国・3000社以上の企業に学部生を送り出す「コーオププログラム」、分野の垣根を越えた高度な専門科目を学べる生涯学習プログラムなど、先進的かつ大胆な同大学のアプローチは世界中からの注目を集めている。本書では、その先頭に立つアウン学長が、アメリカ建国以来の大学制度の歩みを踏まえたAI時代の大学像を提示し、同大学の取り組みを紹介する。

――芯のある教育改革のための、パイオニアからの提言。

「AIに代表される急速な技術革新が進む現代、この変化を難題とするのか好機とするのか――高等教育はその岐路に立つ。人間ならではの教育とはどうあるべきか、創造性やアントレプレナーシップ、経験学習、異文化アジリティ、生涯学習など数々の鍵となる概念を軸に、高等教育がどう変わるべきかを具体的かつ堅実に論じ、価値を発揮していくための方向性を指し示す。自分には遠い話…と思う人にこそ手にとって欲しい。」――栗田佳代子(東京大学 大学総合教育研究センター 副センター長)

「大学が歴史に残る転換期のただ中にいることにどれだけの人が気づいているだろうか。AI時代を生き抜く学生を育てる場に大学は変われるのか。どのような能力をどのような方法で教えるのか。あなたがこれから5年以上大学で教え続けるのなら、この問いと真摯に向き合わねばならない。本書は、AIの可能性と限界を冷静に描くとともに、この問いに向き合う意欲的な大学事例を情熱とともに紹介している。未来の大学教育のあり方を考えるヒントに満ち溢れた一冊だ。大学関係者のみならず、今の大学教育に満足できない大学生、これから大学を選ぶ受験生・保護者・高校教員にも読んでほしい。」――佐藤浩章(大阪大学 全学教育推進機構 准教授)

「本書は、高等教育が進むべき次のステップに関する卓越したモデルを提示し、行動を喚起する。AI経済のなかで我々はいかに自らを再教育するかについて、前向きで、なにより現実的なビジョンを示している。」
――ジェフリー・ボーンスタイン(ゼネラル・エレクトリック副社長兼CFO)

「この、独創的、刺激的で時宜を得た一冊において、アウン学長は高等教育が人工知能時代についての考え方を変え、それに備えるよう促す。」
――ヴァータン・グレゴリアン(ニューヨーク・カーネギー財団会長)

【目次】
第1章 ロボットがもたらす未来への懸念
第2章 経営幹部からの視点:雇用者は何を求めているか
第3章 未来の学びのモデル
第4章 経験がもたらす違い
第5章 人生を通じた学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?