【内容一部公開】近刊『これからの線形代数―3重対角化,特異値分解,一般逆行列―』
2024年12月中旬発行の新刊書籍、『これからの線形代数―3重対角化,特異値分解,一般逆行列―』のご紹介です。
同書の一部を、発行に先駆けて公開します。
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はじめに
線形代数は微分積分と並んで、数学を用いるさまざまな場面で非常に多く現れる。そのため、理工系のような数学的知識が必要とされる分野を志す学生は、大学入学後の早い段階で線形代数に関する授業を履修するのが常である。通常、1年かけて行われる入門的な線形代数の授業であれば、行列の計算、連立1次方程式、行列式といった行列に関する基礎的内容のほか、やや抽象度の高い、ベクトル空間、線形写像、正方行列の対角化といった内容を扱うだろう。とくに、対角化に関しては、対称行列の直交行列による対角化を最終目標とすることが多い。さらに線形代数について学ぶのであれば、ジョルダン標準形や正規行列の対角化のほか、双対空間やテンソル空間などについて理解することが目標となる。このような発展的内容についても、程度の差こそあれ、その先の数学を理解するうえでほぼ必須のものであるといえる。
しかしながら、線形代数は長年にわたって多くの大学などで教えられてきた、こういった内容だけにはとどまらない。たとえば、上述の流れに沿えば、行列は線形写像の表現行列として語られることが多いであろうが、行列は数値として表されたデータを並べたものという側面ももつ。このことから、行列は工学や統計学といったさまざまな分野に現れることになるのであるが、計算機などを用いてデータを分析する際には、計算の速度や精度といった、上述の伝統的な線形代数では触れずにいた観点がとても重要な問題となる。
このような背景のもと、本書は伝統的な線形代数の教科書とは一線を画すこととし、数学の中だけにはとどまらない応用を意識した題材を扱うこととした。本書の内容は、おおむね以下のとおりである。まず、本書に現れるベクトル空間はほとんどの場合、ユークリッド空間かその部分空間であり、また、直交行列はとても重要な役割を果たす。そこで、第1章では準備としてユークリッド空間と直交行列を扱う。続いて、第2章では、直交行列の幾何学的な意味を述べるための準備をするとともに、行列の簡約化や連立1次方程式、さらにQR分解を扱う。続いて、第3章では、正方行列の対角化や対称行列の直交行列による対角化について述べた後、通常の線形代数の授業では扱われることの少ない正方行列の直交行列によるヘッセンベルク化や対称行列の直交行列による3重対角化について述べる。第3章の第2節までの内容は、ユークリッド空間の等長変換やQR分解に関する事項を除けば、伝統的な線形代数でも扱われることが多く、ある程度の知識は前提としており、簡単な復習の意味も兼ねている。第4章では、正方行列とは限らない一般的なサイズの行列に対して、特異値分解の存在を示し、関連する話題として、最小2乗法と主成分分析について述べる。さらに、逆行列の一般化である一般逆行列についても扱う。
3重対角化、特異値分解、一般逆行列などに関する計算は、基本的に人間ではなく計算機が行うものであるが、本書では手計算のしやすさも意識しつつ、関連する問いや章末問題を、巻末の詳細な解答とともに用意した。また、著者本人が線形代数を数学以外の世界で応用する専門家ではないこともあり、本書は基本的な考え方を述べることが中心となっているが、関連する文献も巻末に挙げておいた。これらも積極的に参考にしてほしい。
(後略)
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「授業で習う線形代数」から「工学・統計学で用いる線形代数」への扉を開く一冊。
通常、線形代数の授業では、行列の計算といった基礎事項から、線形写像などの抽象的な内容へと進んでいきます。しかしながら、工学や統計学などの応用分野では、大量の数値データを計算機で分析するために、授業では学ばない手法を用いる場面が多くなっています。
たとえば、計算機を使って方程式を解いたり固有値を求めるような場合、行列を扱いやすい形にしたり、擬似的な逆行列を考えるといった方法をとります。そこで用いるのが、ギブンス行列やハウスホルダー行列を使ったQR分解、ヘッセンベルク化、3重対角化や、特異値分解、一般逆行列です。本書では、基礎事項の復習から始め、これらの概念を丁寧にわかりやすく解説します。
また、具体的な問題と詳細な解答が用意されており、自分の手で計算しながら学ぶことができます。