推しと本命
もっと前から「推し」という言葉が普及していたら良かったなと思う。
小学生や中学生の女子は、とかく「ねぇねぇ、誰が好き?」みたいな話が好きだ。
少なくとも私が子どもの頃はそうだった。
「くうちゃんは誰が好き?」と聞かれても、決して本命の名を口にすることはなかった私。
小中学生の頃なんて、だいたい数名の男子に人気が集中していた。
私も例にもれず、モテる男子のうちの一人のことが好きだった。
小学生のときは、同じ人のことを好きだと言ってしまった後の女子どうしのイザコザが面倒で、それを避けたいがために違う名前を言った。
中学生のときは、○○くんのことが好きだと判明した後の付き合うとか付き合わないとかが面倒で、それを避けたいがために違う名前を言った。
違う名前と言っても、好きな男子であることに違いはなく、嘘をついているつもりもなかった。
いつも、今で言う「推し」の名前を答えていた。
中学生のときに推していたクロイワくんは、小顔で透き通るような肌の男子だった。
いかにも繊細そうで、星の王子さまのよう。そう、憧れの王子さまだった。
学校を休みがちだったクロイワくんがその日登校していると知ると、わざわざ教室まで覗きにいった。
わりと熱心に推し活していたから、森木空瑚はクロイワくんが好きだと知る人も多かった。
けれど、私の本命は決して王子さまではなく、
いつも身近にいて気軽に話せるムロナカくんだった。
小中高大から社会人になってもずっとムロナカくんのことが好きだった。
20代半ばのある日、ムロナカくんから「結婚することになったんだ」と言われた。
「ずっと好きだったんだ」とついポロリと言ってしまって、過ぎし日の両思いが判明した苦い思い出。
それに懲りて、というわけでもないけれど、もう20年以上、推し活はしていない。
ところが、である。
先日、食料品の買い出しに出かけた近所のスーパーで、クロイワくんにそっくりの若者に出会ってしまった。
おそらく新入社員と思われる彼をチラリと見ただけで、キュンとなった私。
そしてつい「この前○○スーパーに行ったらね…」と友人に話してしまった私は、
もしかしたら中学生のときと何も変わっていない。
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