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『裏読み:実物とNFTのどちらに価値があるのか?ダミアン・ハースト氏の実験は狙い通り』~【新しいWeb3ビジネスのアイディアのタネ】2022.8.13

■アートとNFTめぐるダミアン・ハーストの実験 4800人が作品燃やし、NFTでの保有を選ぶ

今年7月、ハースト氏自身が制作した1万点の作品をめぐる、6年を費やした壮大なプロジェクトが閉幕した。ハースト氏は2016年に1万点もの作品を制作しながら、作品現物を1点も販売しなかった。代わりにネット上で販売したのが、各作品の所有権の証明となるNFTだ。

そのうえでハースト氏は、斬新なしかけを持ち込んだ。販売条件によると、購入者たちは今年7月の期限までに、ある決断をしなければならない。NFTを所有し続けるか、それともNFTを手放すことと引き換えにアート現物を入手するかという選択だ。

6年かけて1万点の「実物」のアート作品を制作、7月の期限日までに

A. 「実物」の作品を受け取る代わりに、NFT版の作品をBurnする
B. 「実物」を物理的にBurnする代わりに、NFT版の作品を持ち続ける

の2択を迫るという、この選択までがアート作品という実験が行われました。

結果、おおよそ半々に分かれたそうです。

プロジェクトのウェブサイトによると、結果はほぼ拮抗したようだ。全1万点の作品のうち、物理的なアート作品との引き換えが申請された作品数は、5149点となっている。残りの4851点のオーナーたちはNFTを引き続き保有することを選んだ。

このことを以て記事では「現物が消滅したアートの所有権(=NFT)に、価値はあるのか」と問うています。


記事を通してこの疑問を読者に投げかけたことも含めて、作者のダミアン・ハースト氏の意図にまんまと乗せられたな、と感じました。というのも、「実験」と称していますが結論はある程度最初から見えていたのではないかと思うのです。

NFTが選ばれやすいと初めから考えていただろうし、NFTを選んでほしいとも願っていたのかもしれない。ざっくり半数くらいが実物を選ぶだろう、くらいは予想できていたと思うのです。


■なぜNFTを選ぶ人が半数もいるのか?の問い自体が違う

まず、記事は「実物にこそ価値がありNFTは所有権のみなのだから実物より価値がない」という立場から書かれています。

しかし今回の実験はそもそも最初「NFTを売る」ことから始まります。実物作品を後からNFTに交換するという手順はなく、NFTを買えない人は最初から相手にしていません。

そして期日までに実物かNFTかを選ばせるプロセスを入れることで実物 vs NFTと比較対象として相対化して見せています。

そしてBurnというNFT界隈の用語と物理的な作品のBurnを掛詞にしています

これらすべてがNFTに関心がある層にこそ響くマーケティングになります。

NFT民にNFTが最も届きやすい宣伝手法を採った、と見えるのです。

作品に対応するNFTは、デジタル上の所有者である証であり、いわばアート本体あってこそNFTの価値があるともいえる。したがって、作品が燃やされることを知りながらそのNFTを所有するという選択はナンセンスともいえるだろう。

これはむしろ逆です。
NFT民にとってはアート本体がBurnされたという物語性によってNFTである意味を付与されたわけですから、最初からデジタル作品として販売されたNFTよりも価値を感じるはずです。

NFTとしての価値が高まったので、NFTが売れた。これはナンセンスなことではありません。


■実物とNFT、価値があるのはどっち?の問いも違う

NFTでの保持を選択したオーナーたちは、今後もこの価格が維持され上昇することを見込んで選択したとみられる。仮にそうなれば、もはやこの世に存在しない作品の所有権だけが高値で取引されるという、なんとも不可解な状況へと突入する。

実物のアート作品が本体であってNFTは所有権の証明書でしかない。実物がなくなり権利書だけが値付けされ売買されるのはおかしい。

という記事の筆者のような立場から見ていると「なんとも不可解」なのかもしれませんが、実物とNFTの「どちらが」価値があるのか、と比較すること自体が誤りだと思います。

実物だから価値があるのか、権利書でしかないNFTに価値があるのか、と比較することこそ、作者のダミアン・ハースト氏の意図通りの反応です。

NFTは単なる権利書ではありません。実物がBurnされた結果生み出されたという文脈を楽しむアート作品です。

対してここでいう実物のアート作品はNFTと比較する実験として1万点も量産された中の1点であり、渾身の1点モノとは違います。1点モノしか価値がないと言いたいわけではありませんが、実物作品の方もNFTプロジェクトの文脈の中で生み出されたものであり、その文脈を省いてしまうと1点1点にどれほどの作品としてのパワーがあるのか、と考えるわけです。

つまり同じ作品文脈なわけで、実物とNFTのどちらに価値があるのか?と比べること自体がナンセンスだと感じるのです。感覚的にはどちらも同じ作品群であり、同じ価値を持っている、と思います。

ただし価格で表現される価値には違いが出ると思います。


■価格の付き方は別の理由で違いが出る

暗号資産関連のニュースを報じるクリプト・ニュースは、作品のNFTが発売された際、1点あたり2000ドル(現在のレートで約27万円)の価格設定だったと報じている。その後の個人間取引で価格は上昇し、現在では4倍の約8000ドル(約107万円)で譲渡されることもめずらしくなくなった。

価値を比べる相手は、この作品群の中で実物かNFTか、ではなく、ほかのアート作品、ほかの作者の作品と比べるべきなのだと思います。

作者のダミアン・ハースト氏のアート的試みがどのくらい価値を持つのかで値付け相場が決まるのが本質です。

そして前述の通り本質的なアートの価値は実物でもNFTでも文脈的には同価値だと思うのですが、NFTだから高いとか安いとかいうものとは異なる値付けがされるはずです。

まずシンプルに、NFTは売りやすい
OpenSeaで二次流通に乗せてしまえば世界中の人がクリックだけで買えます。

物理作品は売ろう・買おうと思ってもマーケットが限定的ですし、輸送コストも別途かかり割高です。購入後の保管コストもかかりますので、基本的にある程度価格価値が確定している作品向けの売買方法になります。買う時も売る時もコストをかけて、それでも利ザヤが取れるかを考えなければいけませんので。

投機目的で買う人にとっては物理作品は今回のケースだと買いづらい作品に見えます。新規プロジェクトでありNFTありきで価値づけされる文脈だからです。

長期的な価値を持つかはわからないので、早めに売り抜けられそうなNFTの方を投機家は選ぶ人が多そうな気がします。

加えて、ETH建てでの取引なら(最近かなり値を戻していますが)ETH自体に割安感があることもNFTでの購入を後押しします。

そしてボラティリティ(価格の変動幅)の大きさも魅力かもしれません。物理的な作品は価格相場が可視化されづらく、価格変動にも時間がかかります。短期売り抜けを考えたらOpenSeaで価格が即時反映されるNFTの方がわかりやすい。

もちろん値下がりも一気なのでリスクはあります。長期的に価値を持つと考えるなら実物を選ぶ人もいると思いますし、ダミアン・ハースト氏のアーティストとしての価値を高く評価する人にとっては実物作品の方が安定感があると感じるかもしれません。

本当に今回のプロジェクトやダミアン・ハースト氏に価値があると考えるなら、最善策はNFTと実物の両方を持っておくのがいいんじゃないでしょうか。だから今回の実験結果が半々になっていたりして。

ちなみにOpenSeaでの二次流通ではロイヤリティが継続的にダミアン・ハースト氏に入りますので、実物アートよりNFTが売れた方が作者的に旨味があるということも忘れてはなりません。


■NFTに価値があるのか実験は今しかできない

NFTに懐疑的な人がまだまだ多数いる今しか、この手の「NFTに価値があるのか実験」は成立せず、将来NFTの使い方や価値評価が(良くも悪くも)確定した後ではこの実験はできません。

6年前の2016年からNFTと実物の価値を比べさせるところに着目していたとすれば相当な先見の明です。

時代の流れが速いデジタル業界で6年越しという長期スパンのプロジェクトを企画する難易度の高さがNFT1点100万円を超える価値を生み出したとも言え、ダミアン・ハースト氏が6年前から仕込んでいたということに一番の価値があるのかもしれません。

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