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小説「人間の一生」 第十三章

友人との会話

 ジロウは海外布教伝道部(現海外部)に勤める友人と久しぶりに会った。彼と雑談はするが、あまり天理教の信仰については話したことがなかった。

「どう?元気にしてる?海外出張にも、よく行くの?」
「たまに出張とかで、行くよ。」
「そりゃ、いいね。語学もさびれずに済むし、やりがいもあるだろうし。」
「いや、そうでもないよ。やはり翻訳の仕事もしているから、天理教の歴史なども、いろいろ調べることがあるんだけど、おかしく感じることも多いよ。」

 ジロウは思いがけない彼の言葉に驚いた。やはり海外の天理教のことに関わる仕事をしているから、いろいろ調べているのだろうと思った。ましてや翻訳もしているとなれば、深く教理の面でも研究しなくてはいけないことも出てくるだろうと思った。少し突っ込んだ話をしても大丈夫かと思ったジロウは思い切って、話してみた。
 
「俺、今の天理教って、おかしいと思う。伝道部に勤めるお前に言うのも変だけど…。」
「おかしく感じることは多いよ。もっと勉強しなくちゃと、個人的にもいろいろ調べてきたけど、本来の天理教とは違うと感じる部分も多いと思う。」
「へえ、そうなんだ。」
「文化や習慣も違うから、誤解の起こらないように通訳や翻訳も気を付けているけど、そもそも根本的な教え自体がゆがめられているのではないかと思うこともあるよ。」
「驚いたね。お前の口からそんな言葉が出るとは思いもよらなかったよ…。」
「天理教はもともと天啓を伝える宗教だったけど、一派独立後は違うし、終戦後の復元も違う…。」

 
 話し続ける彼の言葉を、ジロウは黙って聞いていた。海外伝道部はいろいろな課があるが、翻訳や通訳を主にする「翻訳課」や海外から帰参する人の世話どりをする各言語の「地域課」がある。翻訳課は海外の大学にも留学させて語学のスペシャリストとして育成しているそうだ。

「海外伝道部って、何か、頭のいいエリートしか行けないようなイメージあるけど…。」
「いや、いろんな人がいるよ。もちろん優秀な人もいるけど、熱心な人ほど離れて行くように感じるね。」
「えっ、どういうこと?」
「優秀な人ほど研究熱心で、いろいろ調べて、だんだん実情がわかってきて嫌になるってことさ。」
「ふ~ん、そんなものかなあ。」

芹沢光治良の本

 天理教に限らず、宗教というと、何かしら戒律やら厳しい教えがある上に、制約があったり、献金しなければならないといったイメージがつきまとう。宗教の勧誘を受けて、本物の宗教かどうか見分けたければ、「貧乏で金がない」と言えば、わかる。金づるになる人間だと思えば、熱心に家にも通ってくるが、金がなければ尤もらしいことだけ言って、連絡もしてこなくなるものだ。しかし、カルトと言われる団体は利用価値があるかどうかで、巻き込もうともするから注意が必要だ。

 天理教の教祖である中山みきは谷底から助けたのではないのか。難儀不自由している貧しい困った底辺の人から助けようとしたのではないか。だからこそ、人類の母親たる資格があり、苦労に苦労を重ねた50年にわたる“ひながた”に心を打たれ、我が命を捨ててでも、ついていく人があったのではないだろうか。ジロウは友人にまた聞いてみた。
 
「お前、芹沢光治良の本、読んだことある?」
「いや、名前だけは聞いたことがあるけど…。異端とかじゃないの?」
「異端じゃないよ。文学賞をいくつももらうような小説家だよ。」
「天理大学に宗教学で芹沢先生って、いたけど…、関係あるのかな。」
「芹沢光治良の弟さんだよ。光治良は2番目で、芹沢茂先生は末の弟さんだったと思うよ。」

 
ジロウは言葉を選び、彼の反応を見ながら、更に続けた…。

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