【短編小説】ミルク好きの殺し屋
ミルクってのはどうしてこんなにもうまいんだろうか。ほのかにただよう甘い香りになめらかな舌触り。そして、すべてを包み込む、まるで女神の抱擁のような優しい味わい。今のはちょっとわかりづらかったか。要するにミルクってのは最高だってことだ。
オレはミルクを愛している。ミルクもオレを愛している。朝目覚めてから晩眠るまで常に愛し合う仲だ。エッグトーストにはもちろんミルクだし、サバ定食にだってもちろんミルクに決まっている。オレの体内には血の代わりにミルクが流れているといっても過言ではない。仲間や女からは、ガキっぽいだの、飲みすぎは毒だの、気が狂っているだのと言われるが、そんな戯言に耳を貸すつもりは毛頭ない。純愛に口を出すんじゃねえってこった。
今日もオレは仕事前の一杯をぐいっと飲み干す。一瞬にしてミルクパワーが全身を駆け巡っていく。
あ、ちなみに仕事っていうのは殺しだ。この道20年になるがオレは一度たりともヘマをしたことがない。この世界で知らない奴はいない、絶対に失敗しないミスターMとはオレのことなのだ。まあこれもミルクパワーのおかげってわけさ。
さあ、老いぼれの議員先生なんぞサクッと殺っちまって仕事終わりの最高の一杯を楽しもうじゃないか。オレは拳銃に弾を込め、ジャケットに袖を通した。その時、カランと何かが落ちる音がした。床には、あれまあ、袖のボタンが転がっているじゃないか。ちと嫌な予感がする。
職務を放棄しやがった糸がちろちろとわずらわしい気はするが、直している時間はない。オレはそのまま家を出た。
<バン!>
ありゃあ、嫌な予感ってのは当たるもんだな。鉛の弾丸がぶち抜いたのはオレのドタマだった。仲間だと信じ切っていたKがまさか裏切り者だったとは。
オレは地獄に落っこちちまう直前に、なにか唖然とするKの声を聞いた。
「白い……」
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