森 テイゴのプロフィール

幼少期〜学生時代

 1977年香川県産まれ

小学生から愛媛県に移住

中学から横浜に移住。(父親が転勤族だったため)

 高校3年の夏、部活を引退するまではサッカー中心の生活を送っていた。

 

運命の出会い

 

 ある日、買い物がてらに原宿をフラフラしていた時にラフォーレ交差点で一人の女性に声をかけられる。

 

メンズヘアカタログのサロンモデルの依頼を受けたのだ。

そのサロンはカラムといい表参道から少し入った路地にある個人経営のお店。

決して有名店ではなかったが私にとって「こんなおしゃれな世界があるんだな!」という衝撃があった。

 

撮影の時もヘア、メイク、カメラマン、照明さん、雑誌の担当の方。全ての人がカッコよく見え、モデルよりも作品を作る側の方が魅力的に感じた。

 

私は19歳の10月。ヘアーメイク カラムで見習いとして美容師人生をスタートさせた!

 

 

アシスタント時代

とにかく出来は悪かった!笑

 

何せシャンプー練習に合格するまでに半年かかった。そんなアシスタントはこれまでに見たことがない。

 

それでもコツコツと練習。そして練習台になってくれるモデルさん探しを頑張り、三年半でスタイリストデビュー!

 

今思えば各メニュー項目の合格ラインは相当高かったと思う。

当時は大変だったが、今の私が美容技術に対してある程度の自信を持てているのはカラムでのアシスタント時代、先輩方に徹底的に厳しく教育していただいたおかげだと思う。

 

スタイリスト時代 

晴れてスタイリストデビューを果たしたが当面はアシスタントも兼任しながらのサロンワーク。

 

カットモデルからお客さんになってくれた方や友達を呼んでスタイリストの仕事をしていた。

 

それだけでも十分楽しく仕事をしていたがもっと沢山の方をカットしたいという思いは強くなっていく。

 

悩んだ末、地元の横浜青葉台に新しくオープンしたサロンへの移籍を決意。

 

カラムのオーナーには申し訳なかったが快く送り出してくれた。

驚いたことに退職金まで頂いた。本当に感謝しかない。訳のわからない予備校生をスタイリストにまで育てて頂いた恩は今でも忘れていない。

 

特に、自分が美容師になるきっかけとなったモデルさんを呼んでの作品撮りを定期的に行えたことは非常に勉強になった。

 

横浜 青葉台での仕事

24歳。正直、十分通用すると思っていた。

 

自分は原宿で頑張っていた!という奢りは少なからずあったが、ベーシックカットは徹底的に取り組んだし、デザイン性やアーティスティックな部分も負けないと思っていた。

 

しかし「メンズの刈り上げ」と「ヘアアレンジ」この二つで完全につまずいた。

 

原宿ではあまりいなかった男性のお客様のスタイル。そして結婚式前のヘアアップの予約は都内の行きつけのサロンより地元のサロンで予約する方が多いのだ。

 

今では二つとも問題なくこなせるが環境を変えたことで技術の幅が広がった。

 

 

店長に就任

前任の店長が退店して29歳の時に店長を任された。

 

お店の売り上げや人材の育成の難しさに苦労するもやりがいはあった。

 

自分がアシスタント時代に教わった技術を沢山の若い美容師に教える事が先輩達への恩返しになると考え、教育に時間を費やした。

 

同時に集客活動にも邁進。セミナーや講習。自己啓発本も読みまくった!

 

 

ディレクターに就任

33歳。経営陣の交代などがあり事業が一新され、店長からディレクター職へ。

 

店舗展開や業務の見直しなど幅広く活動。サロンワークと経営視点の両立に苦しみながらも新しい事案を成功させた時の喜びにやりがいを見出す。(もちろん失敗も沢山しているが。。。)

 

フリーランス美容師

38歳でフリーランスとして独立。今は肩の力も抜けてベストワークライフバランスを満喫中。

 アーティストとビジネスマンの間の「心地よい場所」でユルく、熱く活動中。

フリーになってから美容業界を違う視点から見れるようになり、業界の問題点などの解決に取り組む仕事にも興味が出てきた。

 

充実した日々を過ごしております。 

 

 

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