見出し画像

【読書感想】根底に流れるものーー小川洋子著『博士の愛した数式』を読んで

小川洋子著 新潮文庫 2005年出版

 話題になっていた時は読まなかったが、小川洋子の小説に、はまってしばらくたってから、この小説を読んだがすごく良い小説だった。最後に涙がほろり。

 家政婦とその子供と老人のお話なのだが、子どもと老人のやり取りがなかなかよい。小川洋子はこういうなんでもない女性と、子どもと、ずっと年の離れた老人の関係を小説にするのがうまい。そして、ちょっと不気味な感じもやはりある。その20代後半の家政婦と彼女が世話をしている老人が、恋愛関係にはならないんだが、なんとなく、愛情というか嫉妬というか、そういう微妙な感情が出てくるのが読んでいて伝わってくる。そんな女性と老人が恋に落ちるわけねえじゃん、と思うんだけど、男女関係にならないのも、おかしいよなとどこかで思ってしまい、そういう男女間で生じる普通の感情の動きを、期待してしまう読者のありきたり気持ちを見事に裏切る。裏切るというか、もやったまま、ちょっとあぶねえな、と感じて、なんか気持ちの悪いような気もするが、後味は悪くない。多分、小川洋子のこの小説は間に子どもが入っていることが重要で、子どもの無機質なコミュニケーションが家政婦と老人の関係の間にあって、より不気味さが醸し出される。

 老人がケーキ落として失敗するとこなど、どことなく切なくて、そういう年配の人のダメなところが簡単に書かれてて、なんかやるせなくなったり、そういう微小な心の動きの表現がうまいな、と思った。それと同時に子どもが老人に対して全く物怖じしないで交流していく姿はとても微笑ましくて、涙がこぼれる。

 結局、小川洋子のどの作品にも不気味な雰囲気が漂っているんだが、それはどういうことなのか考えるのが、私にとっての探究であるのは間違いない。子どもが大人っぽいというというわけではない。大人が子どもっぽいというわけでもない。子どもと大人の境目がないというか、普通の売れてる小説に比べて極端な感情の動きが登場人物に感じられない。それは村上春樹の小説にも通じるが、両者に共通しているのは翻訳されて外国でもそれなりに売れている作家ということである。それがなんか関係あるのかなーと思うが、小川洋子の小説の方が、私にとっては読みやすい。そして、不気味度も高い。

 この小説は彼女の小説の中でも、そんな不気味度が一般的に均されてる感じがして、ほんとによい小説である。いや、彼女の初期の頃の作品だから、というのが正しいのかもしれないが、彼女の他の作品をいろいろ読んでからこの本を読んだからなおさらこの小説を良いと思った。そして、最後の数学者の解説もとても良くて、小川洋子の科学的なものを素材にして小説という文学にしたこの作品はとても良い。そして、彼女のそういう科学的なものに対する興味のようなものは、彼女が書く文章すべてに現れていて、そこらへんに私は興味がわくのであった。


この記事が参加している募集

#読書感想文

188,615件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?