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【読書感想】「わからない」の肯定ー橋本治著『「わからない」という方法』を読んで

橋本治著 集英社新書 2001年出版

 図書館で本棚みていたら、出会った。最近気が付いたのだが、私がよく行く図書館は、なぜか橋本治の本の揃えが良い。予約していた本以外に本を借りれるときは、だいたいエッセイのコーナーで彼の本を物色している。

 私は、「わからない」と思うことが多い。年取ったらそう思うことが減るんじゃないか、と思っていたけど、一向に減る様子はない。日々「わからない」にあふれている。この本のタイトルに出会ったとき、「わからない」は方法か、と漠然と思った。そこで読んでみることにした。

 「二十世紀は理論の時代で、「自分の知らない正解がどこかにあるはず」と多くの人は思い込んだが、これは「二十世紀病」と言われてしかるべきものだろう。「どこかに”正解”はある」と思い、「これが”正解”だ」と確信したら、その学習と実践に一路邁進する。」p. 21 これは正しいと思った。たしかにどこかに正解があるはずと思いこんでたけど、そんなもんはないというのは最近分かってきた。そして、私は正解が見つかっても本当なのかな、と疑いいつまでたっても確信できないでいるな、と思った。そこで、橋本治はどういうふうに「わからない」を生きているのか参考にしようと思った。

 この本の前半は、彼が1983年に執筆したセーターを編む本について述べられている。どうしてこの本を執筆しようと思ったのか、と言ったことから始まり、世の中の編み物ができない人の「わからない」ということにとことん向き合って執筆された。この本に掲載された彼の編み物の始めの目の作り方の図解が載っているのだが、ほんとにわかりやすくて次はこの本を借りようと思った。後半には、彼が全く何の知識を持たない絵画についての美術ドラマの脚本を執筆する過程が書かれている。普通、このような知識をどうやってドラマ化するんだろう、とかそこらへんで書ける書けないとか考えるだろうが、彼はそれはなんでもないという。そういうところに橋本治のすごさを感じた。感じつつも、絵の知識が何もなくても、ルーブル美術館にいって、この絵とこの絵は似てるとあてずっぽうにいっても当たってるところなんかは、やはり、彼が子どもの頃授業中暇つぶしで、似顔絵を描いてたなんてことに関係してて、そういう直感的なところは、人って信じて生きていていいんだな、となんとなくこの本読んでて思ってしまった。

 「わからない、からやってみる」という姿勢は私も同じである。橋本治の本を読むと、結構自分と似ていて読んでて爽快感がある。だけど、確かに説明するところはこれでもか、というくらい言葉を費やす。くどい、と言われることもあるそうだが、それも私に何となく似てて、ますます好感がもてる。橋本治は私にとって、話しやすいおじさんである。


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