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【読書感想】ニコラ・ブリオーの初の翻訳本ー『ラディカント』を読んで

ニコラ・ブリオー著 武田宙也訳 フィルムアート社

 ニコラ・ブリオーの初の翻訳本。『関係性の美学』が翻訳される前にこの本?と思ったが、何も翻訳がないよりましだと思い、とりあえず「よかった」なんだろうが、世の中の評判はどうなんだろう。

 ブリオーが手掛けた展示に関連する書物となっている。タイトル『ラディカント』とは訳者概説にも引用されていた部分を引用すると、

「ラディカントは、地面への根ざしによってその発達が規定されるラディカルとは逆に、みずからが前進するのに伴って根を伸ばす」

p. 70

 とあるように、根っこの意味から来ているらしい。一見、「根」といえば、ドゥルーズのリゾーム的な思想なのかなと思えるんだが、そうでもない。この本に何度かドゥルーズも出てくるのだが、それとは結びつけられていない。

(...)主根のかたわらに側根を伸ばす。ラディカントはそれを受け入れる地面に応じて発育し、その渦巻きにしたがい、地質の構成要素や表面に適応する。それはみずからが動き回る空間の用語に翻訳されるのだ。動的(ダイナミック)であると同時に対話(ダイアローグ)的なその意味作用によってラディカントという形容詞は、環境との結びつきの必要性と根こぎの力とのあいだで、グローバリゼーションと特異性のあいだで、アイデンティティと<他者>を見習うこととのあいだでさいなまされる現代の主体を形容するものとなる。それは主体をさまざまな交渉の客体として定義するのだ。

p. 70-71

 この本を読んでいくうちにもうちょっと明確に「ラディカント」とは何かとはっきりしたものが浮かび上がるかと思ったけど、1回読んだだけでははっきりしなかった。ブリオーさんの本って結構どれも簡単に分かるって感じではない。『関係性の美学』もそうだったが、彼が取り上げる膨大な作家の名前と作品からどういうこと言っているのか理解しようと思って、作家を調べるんだが、この翻訳本は作家の名前に注がついてて、親切に説明してくれている。

 とはいっても、ブリオーの作品解説からなにか読み取れるものはないか、と思って、読んでいっても、自分でその出てくる作家を調べると違った印象を受けることもある。『関係性の美学』で取り上げられたリクリット・ティラワニも初めて調べてた時、出てくる写真がなんともないただの雑多としたスタジオの写真でどう解釈していいのか分からなかった。ブリオーがいうリレーショナル・アートは観ただけでは解釈することが難しく、言葉が必要なのは事実だ。この本にも、ティラワニは何回も登場してくるブリオーお気に入りの作家のよう。

 「ラディカント」と同時にこの本で重要になってくる単語は、「不安定性 précarité」だろう。

不安定、「それは取り消し可能な承認によってのみ存在する」……。あたかも現代の作品は身分の取得に関していかなる絶対的な権利も受容していないかのようである。それは芸術に属するのか、属さないのか

p. 150-151

 「美学的不安定性と放浪する形態」という章にこの語が多用されるのだが、この不安定性をフランシス・アリスなどの作品に当てて説明している。この語はどちらかと言うと分かりやすい。

 私は在学中、この「précarité 不安定性」ってなんだろう、ということずっと考えていた。そしたらブリオーは次々と先へ進み、芸大の講演会では「l'anthropocéne人新世」について語っていたではないか。このフランス語を聞いたとき、なんか分かるようでわかんないんだが、翻訳者が「人新世」と言ったときは、は?となった。当時は、こんな聞きなれない単語をきいて、なんなんだ、と思い、ブリオーさんについていけなくなった。というか、やはり「現代」のこと研究してると、どんどん議論が移り変わっていくので、アップデートしていかなきゃいけなくて、そこら辺の困難さを感じた。

 うむ。今回翻訳されたこの本読んでみたら、やはり分かるようでわからんと思った。メタファーが多すぎてわからん。原書で読んでた時は、メタファーとあんまり意識しないで読んでたが翻訳書読んで、ああこれ、メタファーだったんだな、という発見も多かった。

 訳者解説にあるように、「既存の構造に一時的にとどまるなかで主体は、これまでの移動の痕跡を現地の言葉に翻訳することと、自我を環境に翻訳することという二つの意味で翻訳行為を行う。ラディカントな主体は、この仮説的なアイデンティティ間の果てしない交渉/翻訳の過程としてあらわれるわけである」p. 288 というお言葉でこのブリオーさんの本についての感想文を終わりにしようと思う。

 とにかくニコラ・ブリオーは『関係性の美学』が翻訳されなければならないのは確かだ。


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