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【読書感想】なんでもない恋愛話ー長嶋有著『泣かない女はいない』を読んで

長嶋有著 河出文庫 2007年出版

 何かの本読んでたらこの本がとても良い、と言っている人がいて、著者のことは全く知らなかったが読んでみた。

 何でもない話なんだが、読後なにか熱いものがこみあげてくる作品だ。表題になっている「泣かない女はいない」という作品の設定も、事務をする普通の女性の話で、同僚の違う部署で働く男性を好きになるのだが、その恋は実らず終わる。というか、告白できないで別れる。でも、一方で、同棲中の男性には、好きな人ができたと報告し破綻する。この人、どうなっちゃうんだろう、とすぐ頭をよぎるが、物語が終わるところで、どこかその女性が好きになる樋川さんがすごくいい男なので、この人が幸せになればいいな、となぜか主人公の幸せより、相手の男性の幸せを思う。今までいろんな小説読んだけど、こういう気持ちになった作品はあまりない。

 舞台となっている大宮も、なんもないところだろうな、と思うのだが、見かける落書きや公園の桜の描写などを挟み、自分が普段見ている何気ない風景をみて逐一心の中で思うことなどを、誰かに話す時の喜びを描写するのにぴったりの場所となる。

 なんか特別な事件が起きるわけではない。確かに、会社が合併され、事実上親会社に吸収され上司が変わり、職場環境が変わるのだが、そこに、事件があるわけではない。確かに、男性はそれで辞めることを決意するが、その間に女性がふとその男性に心動かされるところが、とても気持ちよく書かれていて、相当不器用な女性なんだろうな、と思うんだが、人を好きになるということが、余すとこなく描かれている小説。

 読了後にこみあげてくるこの熱いものはなんだろう、と考える。涙というか、潔さというか。それは、この本に収められている「センスなし」という短篇の読了後にも同様にやってくる。女性の生き方が淡々と書かれていて、特に悲しいお話でも、むなしいお話でも、うきうきする話でもないんだが、こういうふうに女性は生きていくんだ、と思える。若いころは結婚して子供を持って、幸せな家庭を作って、ということが当たり前のように思っていたが、あまりにも当たり前に思っていたことを何一つ達成しないまま40代になった私は、こういう小説読むと、離婚もするし、相手がいる人好きになったりするし、それでも、「私」が豆腐買って、自分のためにご飯食べて、高校時代の友達との思い出を思い出して、また朝がやってくる、というなんでもない話をとても現実的に受け止める。

 この本は今の私に、ごく当たり前の現実を見せてくれた恋愛小説だったように思う。

 ALL REVIEWS に豊﨑さんの書評が載っていたので、貼っておく。


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