ミルクを大事に

 ミルクのせいで今この酒場で人が死んだ。原因はミルクを馬鹿にしたせいだ。
 ここはいわゆるこの地区に憚るならず者達が気晴らしや待ち合わせ、打ち合わせに使う酒場で下品な悪態が日夜飛び交う空間だ。そのおかげで一日に出る怪我人は一桁で収まれば誰かが「運が良い」と勝手に解釈してギャンブルに行ってくる程だ。だが死人は出さないルールだ。
 変な巡り合わせで、今死んだのはそのギャンブラーだ。今日は一年に一度有るか無いかの怪我人ゼロの日−そうなればこの店では翌日は全品半額になるのだ−になり得たのにこいつが口を滑らせたお陰でパーだ。
 さて、なぜミルクを馬鹿にしたせいで死人が出たか。君は自分の好きなモノを馬鹿にされたら怒るだろう?そりゃ、酒場でわざわざミルクを頼む奴なんて居るわけがない。皆から笑い者にされてからかわれるし、なんなら喧嘩ふっかけられて身ぐるみを剥がされるだろう。だが、相手が悪かった。
 今、カウンター席にて飲んでいる例の男はミルクを敬意を持って礼儀正しく、待ち焦がれた故の豪快さを両立させて口から通して喉に流入させた。男を馬鹿にしてたならず者達がミルクを飲む行為を羨むような目線を男に集中させている。

 「さて、この場でミルクを飲む行為は場違いなのに許容してくれてありがとう。ミルクへのリスペクトは大事だ。俺たちの今までの生活に根を張っていてくれているだけにな。さてそこの。アンタはミルクを敬意を持って飲むことは出来るか?」

 指名されたのは私だ。たしかにミルクはデザートを作るのによく使う。毎朝飲んでいるしスムージーにも使う。そうだ、私が一番ミルクへ敬意を表すべきなのに何故それを今まで意識せずにいたんだ。

 「アンタそんな当たり前が出来なかったら、どうなるんだろうな?神を飲み干すつもりでイケ」

【続く】

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