半グレ(草下シンヤ)

最近出版されたノワール小説としては、初めて面白いものに出会った気がした。
近年、ノワールが低迷期ですからね…かつて栄華を誇った馳星周や新堂冬樹といった面々も、今ではノワール書いてた事が無かった事になってるかの様ですし。

そして現代的。正に、現代の黒社会を描いたノワール。
最近は暴力団に入らず、半グレのままでいたがる者が多い、半グレは上下関係が曖昧、カタギと裏社会の境界は曖昧、といったルポでも読んだ事のある知識が、説明口調ではなく物語として上手く落とし込まれている。

主人公の真が半グレとして成り上がって行く姿が、大切なものを失い虚構を得る姿として描かれており、その過程には胸を締め付けられるような切なさがある。

たとえそれが怪しげな会社であったとしても、金が必要だからと真は就職し、やってきたわけです。
妹の学費のため、そしてくも膜下出血を患った母親の負担を減らすために…

元々の真は、早くに父親を亡くしたために貧しくはありましたが、それでも仲の良い温かな家族、そして恋人や親友にも恵まれていました。

しかし半グレの経営する会社で働き、そこのトップである乙矢に心酔し始めた事から、彼の目的は乙矢に褒められる事、認められる事にすり替わってしまう。
そうしているうちに恋人や親友は離れていき、更に真が特殊詐欺に関わった事が警察沙汰になり、それが母親に伝わった事で、心労による負担がかかり症状が悪化。

しかしこの頃の真には、母親の命よりも乙矢の歓心を買う事の方が大事になっていました。
乙矢の保身のため、真は母親を見殺しにし、家族と訣別します。
そして真は、これまではどれだけ贅沢な物で身なりを着飾っても、絶対に外さなかった亡くなった父親から貰った腕時計を外し、高価な腕時計を身につけるようになりました。

半グレになった事で真が失ったものは仲間、家族、恋人、得たものは金と見せかけだけの仲間。
半グレは「仲間」という言葉が好きだと、聞いた事があります。それがこの作品では物語として分かり易く描かれている。
しかし実態は信頼関係が微塵も無く、誰かが自殺したり消えたりしても、すぐに皆忘れ去ってしまえる、そんな希薄な人間関係。

この希薄な人間関係、そしてそれに縋る彼らの姿が、以前読んだ歌舞伎町ホス狂のルポを思い出させました。

この著者は歌舞伎町をネバーランドと形容しています。大人になれなかった子供たちの世界。
半グレの世界も同じ、ネバーランドなのだなと。そんな事を思いました。

かつての仲間が次々とネバーランドを出ていく中、真はピーターパンである乙矢に心酔し、彼に夢を見続けた。そして夢を失った彼は、その虚像に成り代わる。

カッコイイ閉め方をしているのだけど、読者は真がそこへ至る経緯、失ったものや切り捨ててきたものを知っているんですよね…ネバーランドを出た人間、入らなかった人たちの真実輝ける人生も。

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