村のし





 夜。戸のすき間に、何かが駆け抜けていく。
「コヤーン……コヤン……」
 空に何筋も尾を引くのは、きらめく髪。弓弼の失った制空権を、新手が握ったか。

「んふ。毎晩毎晩、うっせ……」くつくつと、娘の声。
「うーん寝つかれね。田畑は大丈夫だすべか」家の者のうち、老婦が聞いた。

「太平ならでは。いよいよには、俺が出向く。寝よ」僧は言った。思い思いに、また寝入っていく。



 遠い話し声。
「……困ったのがおらたち、居残った者さ。シナズだらけで、何ともならね。おらは、言うだけ言ってみた……『柵の丸太んぼうでもって、いかだをこさえたらどうだべ?』って。したら、大野木のあんちゃんまで言うでねか……『上から見た時、川筋が通ってあった』ってよ。そいじゃ、試すだけはあるべぇと……」
 娘の武勇伝のようだ。ふと、色彩と香りが起こる。僧は思い出す。日に一度の、今は朝食時だった。

 僧の口元に、布目が当たる。
「おう、おう。こぼれとるど。寝るだけつまんねかったらしい」娘の手で。
「さには……あらず」僧はおしぼりを取り、自身で拭いた。

 見ると娘のお膳は、つるりと食べきっている。家の者は片づけを終えて、藁を叩いたり、鎌を研いだり。


 僧は左の目を押さえる。傷はふさがったが、時々に眠気がひどい。

 娘が僧を見ていた。それも、何かじれったげに。
「……まだおかしいか。言ってくれ」僧は聞いた。
「なも。大事にな」娘は食器を灰で洗って、片づける。


 僧が箸を伸ばすと。山菜には、羽虫が一匹。手つかずの食事に……、あるいは僧自身にか。
 僧はつまみ、箸で振るった。羽虫は空中で立て直し、外へ逃げて行った。



 弓弼の居ない荒れ山が、祭りに湧く。
懺悔さいぎ懺悔、六根懺悔……」登山客が練り歩く。金属の太鼓や杖を鳴らし、お経や念仏を上げて。神聖な存在を広める旗、服装からわかる宗旨や教派。しゃくなげで飾られた祭壇と、帰らない者への叫び。しかしまた、汗を落とすといって風呂小屋が、清めといって料理が、お札と並んで麦粉や珍しい石が売買される。元々この土地は、一通りではない。

 白い湖を背に、地蔵菩薩、薬師如来、観音菩薩……仏像たち。石像を、一度は踏みにじった千手教徒たちが洗い、仮設の堂を組む。千手教の残党で、僧のすすめに応じた者たち。


 僧が山道を外れると。地面で巫者が、仕事を取る。
「いやお客様、そればっかしは。降ろしたくねぇです」「そこを何とか。千眼様とは、会えずじまいだったからよ」客が頼み込む。
 僧は義手を叩いた。音あって、二人が気づく。

 巫者がぶつくさと。
「あのお人に、お大事許しえいぎょうきょかをだした覚えは無ぇし。祭文の一つも、ろくに唱えね。神ごとは、教えたってしたがらね。おら事は山小屋さ放り込むし、全く……」「時に。神とは?」僧は千手教を連想して、口をはさむ。
 巫者は木箱を、中から人形を取り出す。男女一対で、雛人形にも似る。「帰命頂礼きみょうちょうらいさぶろうぞうや。オシラサンです」飾りの束が振られた。巫者は、紙の着物を直すと、またしまい込む。
「……なるほど。得心した」僧は、わからないままに言った。

 僧の頭に、ぺたぺたと手が触る。
「あはあ。いつだかの、三助どの」客の老人のしわざだ。僧はやり返して、「茶々をば。また」と。老人がくすぐったがり、笑った。


 波打ち際に、卒塔婆の群れ。中心に、弓弼の切り株。巨大な幹の内部は、犠牲者の腕が掴み合って支える。それも不死に食われ、今は骨ばかり。
 僧が切り株に近づくと、参道から上がってくる物がある。木造の大きな腕と、運ぶ木こりたち。

 大腕は切り株の上に、立てられた。木こり衆がしめ縄を巡らす。代表の杣頭が、酒と米をそなえ、手を打ち鳴らす。
 僧は目撃した。遠く湖岸で、矢を構えた教徒を。

 僧は杣頭の元へ。走り、矢の先に滑り込んで、払った。
 片足で僧は止まった。杣頭がもう、敵に目を付けている。するり、まさかりが抜かれた。
「しばしぞ!」僧は止めた。杣頭が力みなぎって、待つ。まるで、後足をずる猪のように。


 遅れて僧も、湖岸を見る。他の教徒が、撃った者を取り押さえていた。
「……あのゆえに。供養に来たのであろう?」

 杣頭が、斧を一振り。空を切って、納めた。

「んだ。山を切っとると、神の木、つう物がある。まず無礼はなんねぇし。切ったら必ず、トブサを立てる」切り株に枝先を立てる事で、次の芽を願う。そうやって木を弔うのだという。
 杣頭が言葉に詰まる。卒塔婆たちがそれを待つ。教徒の名も一揆衆の名も、ただ待っていた。
「……弓弼は仇だ。討つべく、討った。それが為に、大勢死んだ。もう、他の木と同じにしてやるべ」

 木こり衆たちがまた、神式に祈る。僧も同じく祈った。その後に、知っている経典を捧げた。



「おばりょ。おばりょー……」声だ。ほの暗い夜鳴きのような。登山客たちが黙って姿を消す。

「何事ぞ」木こり衆と残されて、僧は問う。
「祟りの母かあだ……」と、物陰から返事。

 ばさあ。風が吹き抜け、風車を回す。僧たちが見ると、ぼろ着の女。
「でけぇど」杣頭が知らせた。猛禽のように歩く女は、確かに巨大。肌には毛羽が生えて沈み。頭の代わりに、二羽のふくろう。異形ぶりから、不死である。

「客らしい」僧は弓杖を振り出して構える。横で杣頭が、斧を置く。
 杣頭は丸腰で進み出る。「何を……!」皆の反応。


 不死が背から、包みを回す。「負ばれよう」聞いて杣頭は、腕を開く。

 瞬間、不死が包みで、殴りつけた!
「ほー。ほー?おもよのー?重よのー……!」混ざったふくろうが、交互に渦巻く。押し込まれた包みの、中身は岩。布からして、圧死者の遺品だ!
 さらに一押し!あわれ杣頭が、腕から地面にめり込んでいく!

「お……」返事があった。杣頭は大股を開き、すれすれで耐えていた。反対に、持ち上げ始める!「い……!」
 押し返されて不死が、毛羽を羽ばたく。力のつり合いを、「……せっと!」杣頭が外した。包みは転がるように、杣頭の腕に収まる!

 登山客たちが驚いてから、はやし立てる。見事な力試しでも見たように。
 だが今度こそ、杣頭は無防備となった。僧は割り込む構えでいる。


 不死は空いた手をふるわせて。崩れた顔を覆ってしまった。
「あがこ。あがこ。かいなに玉の。地にかえすれどいとけなく。このもろそでしぼらせつる子。あえなく石にはべりけるか?」くぐもった問い。杣頭は包みを肩に抱いて、「……石で無ぇ。寝とるだけさ」くびれを叩いた。

 不死がまた手を伸ばす。杣頭も胸元で持った。
「なれば、ちょうじょー……」もし赤子なら産毛のあたりを、かぎ張った指が撫でていく。


 不死の全身から、ふくろうが飛び立った。ぼろ着だけが、風にさらわれる。

 誰もが空を見た。
「……退治ておらぬぞ」僧はあえて言った。「せば。何べんも持たねばな」杣頭が事もなげに言った。


 木こり衆の中に、千手教を抜けた武器職人がいた。武器職人は僧のために、風呂敷をひも解いた。
 出てきた短杖を、僧は義手にはめた。「樫か」「「んだ」」材料を選んだ木こりと、削り出した武器職人が、確かにうけ合った。僧の選んだ、一揆の報酬だった。

 振り心地を試して、
「十二分じゃ」僧は山を後にした。




 僧は素振りをしていた。相手はござに敷いた、麦穂。両手には二節棍のような……農具。遠心力を乗せての、脱穀であった。
「なぜ俺が」僧は薄々の思いを言った。「全くだす!とんでもね!」隣で、同じくブリを振る村おさ。

「お花のやつ、のぼせ上ってますべ!?面倒みた麦が、豊作だからって!わしや、坊ん様まで、こき使って!」村おさの声には、籾殻を外す力がこもってしまう。

「そこ、ぶつくさ言うでね。結いっこたすけあいだど」畑の中、牛からの声。牛の後ろで、娘が犂を押さえ、麦の刈り後を掘り起こす。牛は、娘の相続した財産である。


 山ぎわでは木こりたちが、木を焼いてそばを撒いていた。この焼畑も、娘が持ちかけた。言わく、そばは収穫が早く、荒れ地でも実がついた。食料と耕地を確保する、いい手立てらしい。

 僧たちの次には、村人が、箕で選別している。
「なして麦など!わしら百姓、稗ばかり育てとりゃ、間違ぇ無ぇモンを!」村おさの気は収まらない。言わく、稗は安定して獲れ、長もちもする。
「若い衆に死なれて、畑地が泣いとった。おらはなるたけ耕して、肥やしも入れといただ。したらほら、人が戻ってきたべ?」娘が言うのは、木こり衆たちが移住してきたこと。事実、裏作麦だけでなく、表作の稲などを作るのにも、彼らの働きが大きかった。

「したって、こんなに実がつくはず無ぇ!」村おさは山積みの仕事を前に、言った。娘は牛を折り返すたびに、「まず、麦、やるにいい所を選んで、深く鍬入れた。稲済んだら麦で、厚くまいた。霜で浮いたら、ザクザク踏んだ。草生えるたびに、引いた」
 言わく、麦には水のもたない土が合うので、土地の競合はしない。深く耕すほど良い。稲刈りを終えたら、麦蒔きの好機が来る。密にまいて、茎を分かれさせない。麦踏みをし、高く伸ばさない事で実が増える。草むしりを丁寧にする。などといった知識が、僧の耳の間を抜けていった。

「見てたべよ?やっただけだ」「……!……!」村おさはとうとう、黙って農具を振った。牛が、もうー、と代弁した。



 板の間で、冷麺をすする音。ひたしたつゆには、くるみが振られている。
「旨え。……手間ぁ、かけさしただけある」娘は村おさの設備、立派な石臼や台所を拝んだ。小麦を食べるには、食用部をさらに粉にして、何かでこね、蒸したり茹でる。稗などはもっと、口に入るまでが早い。「んだな」村おさがようやく、首をうんと振った。


 娘と村おさは昼食を終えて、話し始めた。婚約の相手探しについて。

「どうだ?木こりのヤツら」村おさが聞く。「まあカケアイで、仲良くはなった」娘が答える。

 僧は問う。
「その、かがいと言うは……。誰彼となく、番いを成し」
「あー……坊んさん。やらしい集いだと思っとるな?」「いや……うむ。そう伝え聞く」僧は認めた。
 娘は、びしり、と手刀。「こら。そっつらヤンチャに見えっか?おらたちが」

 実情を聞くと。山中の夜会で、手を取り合い、輪になって踊る。歌をかけ合って遊ぶから、『かけ合い』と呼ばれる。恋愛関係のようになるが、歌う間だけにすぎない。他村の異性と交流する場だという。


 さて娘は、木こりの杣頭について。
「あんちゃん――大野木常盤おおのぎの ときわは、何つっても木こりの親分だ。ちょいとそそっかしい所も、支えがいがある」「高給取りで、まず安泰だ。あの若モンにすんべし」村おさがすすめる。

 事務方の木こり。
舎人扶とねり たすけは、書き物のくせで、ピチッとやる。仕事と結婚しとるから、おらの事はまあ第二夫人だな」
「何した、そんだ者」村おさが話を切って。「やっぱし、お頭より無ぇ。今のお前だば、人気に物言わしてよ」「や、や、皆まで言わしてけろ。どいつにしたって、ちゃんと好きになりてぇでねか」娘が話を引っ張り戻す。

 製材役の、周防香市すおう かがち
「あいつは、かなりの伊達っこきだど」「んだ、んだ。こだわりすぎて、ままならね」村おさが下げに回ると、「んだすけ、ハンパな木は出さね、とも聞いた。格好もええにはええし、良えかもな」と娘。

 運搬役。
服部了枝ふくべ れいしは……何つうべか……ケチつけようがね」「良えんでねか?歳は行っとるども」「いや、それも良えだ。ただ、ああまともだと、おら方が気おくれすんだよな……」

 加工役の、鹿庭紙造かにわ こうぞう
「そいつ、色を巻いた棒を贈ってきただ。何かと作って来て、面白ぇヤツだよ」「何のつもりだ?」「さあ。機織りに精出せって事か……?」二人は首をひねった。

 飯炊きの、筑紫孝六奈つくし たこうな
「家事労働、あらかたしてくれる。気のつくヤツだ」「稼ぎがな……」「そこで無ぇ。ちょっぴし家仕事を、鼻にかけてんだよな。こう……同んなじでねか?裏返しなだけでよ」


 ここまで聞いていた僧は。
「これ、と思う相手がおったか」間食の干し栗を取る。
「ははん。坊んさんも、嫁こ取りたくなったんだべ?」娘も、囲炉裏の鍋に手を伸ばす。「シナズとっちめるだけの者は、ざらに無ぇ。どうすべ……おら、もらわれちまう」娘が、ほっぺが落っこちないようにして、僧の事を流し見た。

 僧も栗をむく。すかすかだった。
「一緒にせぬでくれ。俺は俗世におらぬ」皮ばかりを、火に返す。
 娘は大きく伸びて、あくびを一つ。
「じゃ、あんまし細かに言えねぇよ。あいつら、真剣なんだ」「そうよの」


 娘が、どくだみ茶を一服。
「村から礼をせねば……、って所は、冗談でもねぇ。何にしてもまず、言ってみてけろ」
 僧は、「雨風しのぐ、こも一枚」と。次に、「経典をしまう、蔵」とも言った。最後に、「欠けた五器おわんにも都合がつけば、申し分なし」

 娘は指折り数えていたが、
「村さ、住みてぇのけ?」



 くちゅん!くしゃみが聞こえた。「休息万命おだいじに!」娘が言った。くしゃみの主は、庭にいた。なじみの犬が舌を出して、室内を見ている。
 すると村おさが、「そだそだ、犬だ、お花や。破談となってからでは、遅ぇど?」娘に言わせたがる。


「コイツ近ごろ、くさめばっかりだ。相当噂されとるに違ぇねぇ。なんせ……」話によると、この犬は作物を食い荒らした。夜間の見張り役に見られたし、前からいたずらが多かったらしく、とてもかばいきれない。

 くちゅん!またくしゃみ。「おだいじに!」娘たちが笑う。くちゅん、くちゅん!くちゅん!くちゅん!くちゅん!くちゅん……笑みが引きつってくる。



 見張りは目覚めた。明かりが格子。蔵の中だ。腕が前に出ない。柱に縛られている。
 正面に一人。「いくつか確かめたい。応じてもらおう」影になって、僧が言った。

「何と、ご無体を。なしておらが?」見張りは上目をつかった。
「一つには、犬の悪さ。ひとに聞いたように言うが、出どころがお前さんしか居らなんだ」

 と、窓から煙が入ってくる。見張りは異臭に咳き込んでしまう。
「えっ、えほ。見当外れだ。あの坊さん、無ぇ所ばかり探す。皆の噂になっとりますよ?」見張りは否定を強くした。
「二つ目じゃ。耳が速すぎる。俺が聞き込みをしたは、お前さんを縛ってからよ」煙の中の僧が言って、紙きれを抜く。

 紙きれには、八方に犬。図の中心で狐が追い詰められている。見張りは身の毛がよだつのを感じた。
「みんな、犬など嫌いだ!居ねば、と思っとるど!」
「俺が違う。三つ。皆が云々と、相手を説き伏せてから言え」僧が紙きれを、見張りのひたいに貼り付けた。それから、「よいぞ!」と叫んだ!



 ばう、ぎゃうわうあう!犬の声が飛び込んでくる。全方向から!
「吐け、何者の命か。全頭けしかけるぞ!」僧は責め立てる!

「お首御前ごぜん様ーっ!」見張りが、いや、その腹中に巣食う何かが、叫んで飛び出した。
「そこ!」僧は指先を固めて、打つ。土壁に這う黄金色を、針が打ち抜いた。まるで、狐の尾先だけが独り歩きした……不死である。もだえるが、針は外れない。


 入口をまくり、
「どうなった!?」娘が息荒く、顔を出した。手にした鹿の骨に、犬が元気よく跳びつく。走り回って、数をごまかしたのだ。
 続いて飯炊きが、うちわを持って来た。こちらには、不死の嫌う香木を焚かせた。
「始末がある。今少し出ておれ」僧は答えた。

 手伝い二人が、うめく見張りを解放する。半年で心が食われ、手遅れになる所であった。




 僧の堂が建った。木こりの製材役たちが、村大工もしてくれた。
 堂には初め、不死と会った村人が。さらには療治客は、村外からも。


 中には深手を負い、立ち上がれない者、生死の危ない者もいた。僧は彼らを、廃屋に泊めていた。並ぶ寝具から、うめきや感謝が上がる。
「いかに見る」僧は、連れてきた事務方に問うた。事務方が耳から炭を取り、裏紙に計算する。
「入りと出が合わね。患者減らすか、銭こを多く取ってけれねか?」「時は限ったが」僧は実際にみきれなくなっていた。とはいえ、瀕死の者が来たら別だ。

 事務方が、苦い顔で。
「まあ、良えんだす。治ったヤツには、体で返させっから。半分、村の事業みてえなモンとします」「相すまぬ」

 僧は事務方にも、具合を聞いた。彼の浅黒の肌は、不死の血で染まったもの。寺の集めた知識にもない例だった。
「体がほかほかするす。ちょこっと握を込めただけで……」事務方が、砕けた筆記具、曲がった尺を見せる。「……田、やる分には良えども。鋤は踏めるわ、大足は踏めるわで。馬みたく、引く手あまただ」
 事務方が踏んでみせると、一帯が揺れる。ざわつく病室に、事務方は咳ばらいを一つした。僧は、「手に余るようならば、言ってくれ」


 他には、薬も問題だった。僧が持ち込みの薬は、すぐに底が見えた。飯炊きや見張りが、調達に走ってくれた。
 寺の流派では、調薬にも肉を断つ。材料は草の根や樹皮、水草の花粉、可食の実やきのこに、珍しい香や鉱石。日の下に干し、臼でつき、鮫皮でおろし、さじ先にあぶって、加工した。米粒で練ると丸薬に、薬研にすり潰すと粉薬に、油で溶くと塗り薬に、精製して洗い薬に、湯で煮出すと飲み薬に、仕上がっていく。
 僧は手作業を代わられ、指南役のようになった。人手が増えたが、知識の出し手は一人だ。



 笈にはめ込まれた、薬箪笥。
「これを二、これを二、これは一と半。これは今時分なら三、冬には加減し……」僧はひきだしを開けては閉める。

「解熱と消炎の方。やってみい」「「んだ」」飯炊きと娘が、僧に続く。床には冊子、寺の知識に図解が付け加えられたもの。しかし二人は閉じたまま、記憶を出し合う。

「終いだべ。どうだ?」娘が聞く。彼これ、三十種近く出題した。「可」僧は許した。二人は正座を崩し、尻もちをつく。

「……おらたち、半人前でしたべ?」飯炊きが、自分の肩をほぐしほぐし、聞く。
「意見を違えるは、良し。どちらかが的を得る」僧は言った。「……当たれば、なお良し」「やっぱしなあ~」娘が冊子をめくって、悔しがった。



 日が沈んだ。魔よけの大草鞋は、村境を示す。その手前にお堂が見えた。
「着いたど……!」旅人はもう一人を励ました。内臓がこぼれないようにして、なんとか連れて歩いた。

 重傷者をわら山に預け、旅人は堂を確かめる。障子に破れ目があり、明かりが漏れている。
「頼ん……、!?」旅人は絶句した。

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坊主が妖怪に毒を食わせて殺す話

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