クリエイターフェス
「クリエイターフェス?」
「ええ。この町じゃね、十月はクリエイターフェスってお祭りをやっとるんですよ。生憎もう月末ですから、後少しで終わってはしまいますがね……良ければ、少しでも見ていってくださいな」
仕事がうまくいかず、逃避するようにやってきた一人旅だった。
適当に選んだ町、適当に選んだ宿。
やけに町が賑やかだと思って、宿の部屋を案内してくれたばあさんに訳を聞けば、祭りの最中だって話だった。
今は祭りを楽しむような気分でもない。けれど、宿の部屋でぼうっとしていても、仕事の事ばかり考えて憂鬱になる。暫く迷ってから、結局おそるおそる宿を出た。
クリエイターフェス。
その名前でなんとなくわかってはいたが、どうやら創作の祭りらしい。
各所に貼られたポスターによれば、いろいろなクリエイターによるトークイベントが行われていたらしい。そして町のあちこちでは、個人が自分の制作したものを展示している。プロもアマチュアも参加しているようだ。
プロか。
俺もプロといえばプロなのだ。
小説家。あまり、売れてはいないが。
子供の頃から物語を考える事が好きで、小説を書き続けて小さい賞をとって、夢を叶えて小説家になった。そうだ。この仕事は夢だった。
この仕事が……嫌になった訳ではないけれど。
スランプ……というほど立派なものでもない。……いや。筆がうまく進まない俺の現状はまさにスランプと言うべきなのだろうが。そういったフレーズはもっと、仕事のできる人間に似合うのじゃないかと。俺は、ただ、才能もないのに騙し騙し小説を書いているだけで。その騙すのも最近はうまくいかない。
町はこんなにも創作物で溢れているというのに、俺は。
ふらふらと展示物を眺めていく。
本を出している人もいれば、手芸作品なんかもある。料理の良い匂いもどこからかする。向こうに飾られているのは写真か。イラストもあるな。
皆、創作している。自由に。
俺は。
ふらふらと。
ふらふらと、俺は、宿に戻った。
もしも俺が小説の主人公であったならば、ここは、他者の創作に刺激を受けて自身の気力を取り戻す場面だろう。
でもここは現実で、そう都合良くはいかない。
俺は宿の部屋で寝転がり、天井を眺めた。天井には何の創作物も飾られていない。ここは、クリエイターフェスの対象外だ。
安堵する。
寂しさもある。
創作が嫌いな訳じゃないのだ。俺は。
体を起こす。
自分の荷物に手をのばし、鞄の中から、ポメラを取り出した。ああポメラってのはデジタルメモってやつで……俺が小説の執筆に使っている物だ。
仕事から逃避する為の一人旅。
仕事道具なんか、持ってくるつもりじゃなかった。
でも、気の迷いで、俺はこれを旅行鞄に入れてしまった。
ポメラを開いてキーボードを打つ。言葉をいくつか入力し、全部消す。別の言葉を書いてみて、また消して、最初に書いた言葉をまた入れる。
クリエイターフェスで。
他者の創作に触れて。
やる気になった。なんて、都合の良い前向きな話ではないのだこれは。
これはそんな前向きな感情じゃない。
執着だ。
俺は小説を書く事に執着している。
才能もねえのに。
言葉を書く。消す。言葉を書く。消す。言葉を書く。消す。言葉を書く。消す。
言葉を書く。
文章を書く。小説を書く。書いて、消して、書いて、消して。
不格好に小説を執筆していく。
自由さも、何もない。
祭りの喧噪の外側で、俺は拙く言葉を綴っていく。
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