神さまからの試練
今日から入院です。
入院すると外に出られないんですね、忘れてました。外に出ようとして怒られました。
母と仲間がお見舞いに来てくれました。すごいなーーーめっちゃありがたいなあーー。
今回の試練をわたしは神さまからのメッセージだとしか思えない。
色々と思考を巡らせる時間を与えてくださった。
メッセージには色々な意味があって
「ゆっくり休みなさいー」だったり
「自分と向き合いなさい」だったり。
一番大きなメッセージは
「人の痛みの分かる人間になりなさい」
「自分を、人を信じて任せよ」
この2つだと思う。
「人の痛みの分かる人間になりなさい」
人の痛みの分かる人間になりたいって中学校くらいのときからずっと思っていて。
心の闇に気づける人間でありたいし、痛みを完全に分かることはできないけれどその人のつらさやしんどさ、がんばりを認められる、受け止められる人になりたいと。
今回はそのための試練だ。
本当にすごいな、神さま。分かってくれてる。
わたしがわたしに出す試練では絶対にできないことを神さまは与えてくださる。
ちゃんと乗り越えよう。
「自分を、人を信じて任せよ」
信じて任せることってわたしにとってはそうそう容易いことではなくて。
だからこうして信じて任せなければならない状況をつくってくださったのだと思う。
まだ信じて任せることへの恐怖心が消えなく、人に甘えることができないせいでお父さんに電話であたってしまった。
お父さんはこの年末にかけて仕事が忙しいのに(しかも働いている理由は大半わたしのため)わざわざ休んで色々と手続きをして明日仙台まで来てくれる。
それなのにわたしは
「なんでもっと早く来れないの?手術の時間に間に合わないかもしれないじゃん。今から他に保証人なんて探せないよ。」とぶつけてしまった。
電話を切ってからめっちゃ後悔した。
ただの感情の暴力だ。不安なことを不安だと、怖いことを怖いと、寂しいことを寂しいと言えればいいものを。
人に対して出しにくい感情がわたしにはあるなあ、本当に弱ったときに甘えたり、頼ったりするのが本当に苦手だ。(前よりはましになったと思いたいけど)
ちゃんと手を差し伸べてくれる人に感謝をして、手を取り、前に進まねば。そして感謝の気持ちを還元したいーーほんとにはやく。
最近、わたしの周りには人がいるという感覚がすごいあります。わたしを気にかけてくれる人がいる、なんてありがたいことだ。
わたしは元気になってやるべきことがあるー、まだ死ねないーーーやらないといけないーーーー。
そのためにも明日先生方にお任せする。手術が無事成功することを意識がない中だけれどたたかうつもりです。
いつも見守ってくださりありがとうございます。それだけでうれしい。サポートは誰かの応援につかいます。