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フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督「善き人のためのソナタ」

2007年、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督「善き人のためのソナタ」を観ました。
刺さりました。泣きました。言葉が出ません。
なら、書かなくてもよいのでは、と思いますが、書いていますw
今回は、ボクの思考訓練!?も兼ねてw映画の画像なしでお送りしますw
まぁ、これが本来の映画評の姿ですし・・・
つまらなかったらごめんなさい。。。

主人公ヴィースラーの遅れてきた青春

1984年、東西ドイツ統一5年前の東ドイツ。
映画は、主人公ヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエさん)の冷酷な尋問シーンから始まる。
問いただす言葉の中で、尋問される側の家族背景が想起される部分を巧妙に突いていくので、観ているこちらも強烈に胸が痛む。
ある意味、実直に自分に与えられた職務をこなす。
勤勉で生真面目なドイツ人の典型的イメージ通りの人物とも言えるし、その職務に対する姿勢は、日本人の気質にも似通ったところを思い起こさせるのではないだろうか。
その冷酷さを「怖い」と思いながらも、「そうそう、こういうヤツ、いるよね!」とも思わされる。

この映画は、その非人間的ヴィースラー大尉が、いかに人間性を取り戻すかについての映画であり、その対義的関係にあるものとして、劇作家ドライマン(セバスチャン・コッホさん)による「舞台芸術=芸術」がある意味「答え」として描かれている。

ただ、この映画は、「国家体制」と「芸術」、その2つの直接二元論的な対立を単純に描いたものではないところがミソである!

社会主義国家体制に対して忠実であり、自分の職務に対して忠実なヴィースラーは、ある意味、思春期前の少年のような、純真な心で職務に臨んでいた。
しかし、ヴィースラーが気付くと、周りには、上司のヴォルヴィッツの「出世欲」やら、党の大臣ヘムプフの「情欲」やら、純真さとは真逆の、個人の世俗的な欲望が渦巻いている。

世俗的な欲望の世界も、まぎれもなく大人の世界である。そして、ヴィースラーの現在の立場からすれば、その欲望のままに生きた方が、もしかしたら「楽」な生き方かもしれない。
この映画では、そのヴィースラーが、自分の部屋にコールガールを呼ぶという、ある意味リアルできわどい部分まで描き出す。
そこまでしながら、ヴィースラーは、その生真面目さ故に、欲望に埋もれない、理想、憧憬を自分の手で選ぼうとするのである。

この映画は、ヴィースラーの「遅れてきた青春」の過程を描く物語でもあるのだ。

語弊があるかもしれないが、思春期における成長を文字通り「人間形成」の時期とするならば、人間は思春期において異性(同性でもよいが)との恋愛経験を踏まえながら成長をするのである。
とはいえ、思春期における経験など、失敗の連続であり、ましてや、全員が充足する恋愛経験ができるものではない。
その思春期において、芸術体験(絵画・音楽から、文芸、アニメや漫画なども含む広義な「芸術」という意味で)により、その恋愛経験を補完しながら、思春期時期に、今後自分が進むべき可能性があるたくさんの道筋を、できるだけ多く思い描きながら、その中で一つの道を自分の意思で選ぶ体験をすることこそ、人間形成において非常に重要なことなのだと思う。

芸術文化に国家の検閲がかかった東ドイツにおいて、感受性が旺盛な思春期に文化芸術活動との関りが欠如してしまうことは、想像に難くない。
しかし、思春期の人間形成不全は、旧東欧諸国や、社会主義国家に限ったことではなく、日本や欧米諸国においても、現代においてますます大きな問題になっていることである。

映画では、ヴィースラーが、ドライマンの家から、劇作家ブレヒトの本を持ち帰って読むことで、「青春を取り戻す決定的な一作品」を象徴的に描いている。
この映画は、ドイツが統一と同時に、「自由」を獲得した歴史を再認識させる。そして、その自由の中で、表現、広い意味での「芸術」が堕落することなく、「信念」「理想」を抱かせる存在でありたいという願いを描いていると思う。

彼女の悲しみこそ、東ドイツの悲しみ!

とまぁ、主人公ヴィースラーについて書いてきたわけですが、この映画を観て、改めてボクは、映画ではまず女優さん、ヒロインに目が行くわな、ということを再認識したのですが、この映画のヒロインは、劇作家ドライマンの恋人で、舞台女優でもある、クリスタ・マリア・ジーラント(マルティナ・ゲデックさん)。

まぁ、何というか、正直「ドイツ人!」という感じの、体格の良さ!
そして、ヒロインと言えるかどうか、設定的にも、決して若いとは言えない年代です。
この映画には、クリスタ以外、ほぼ女性は描かれません!なんという潔い設定!
しかし、ドナースマルク監督の決意を感じます!
東ドイツのリアリティが彼女に集約されている!

これが、もう少し若い女の子で、周りからちやほやされているようでは、このストーリーは成り立たないのですな。
「東ドイツでの人気女優」という地位が、如何に不安定なものか、その象徴でもあるわけです。
彼女が欲する「不法薬物」がどのようなものか不明ですが、薬物に頼りながら、そして、恋人であるドライマンの愛に頼りながら、それでも、やはりこの国で全てを握る「国家」というものにも擦り寄ってしまう、不安定さ。

彼女は、観客の期待も裏切ります。
ヘムプフ大臣を「嫌い」と言っていながら逢瀬を重ね、ドライマンを愛しているかと思えば、自分の薬と女優という地位のためにヴォルヴィッツに協力し、常に不安定で信頼と裏切りを繰り返す。

しかし、いつの間にか観客は、彼女の不安定さに同情せずにはいられなくなる。本心がどこにあるのか?観客もわからないけれども、彼女本人にもわかっていないことが観客には身に染みてよくわかる。。。

だからこそ、彼女の最後は、涙無しには見られない。
泣いた。
本当に泣いた。
痛すぎる・・・涙涙涙

もしかしたら、彼女にとってハッピーエンドが訪れるのか!と思っていた観客の心を、最後に見事に裏切ってくれる!
この悲しみこそ、東ドイツの悲しみなのか!と、観客は映画で追体験することができるのである!

2000年、ボクはドイツに降り立った

1989年、東西ドイツ統一。
その時、ボクはまだ小学生だったけれど、ブランデンブルグ門の前で、ベルリンの壁につるはしを打ち込むベルリン市民の姿、溢れるトラバント(旧東ドイツ車)の列、歓声、花火!
そのニュース映像は、平和と未来への希望に溢れたものとして、ボクの心をとらえた。

その後、高校、大学を通して、ドイツをはじめ、ポーランド、チェコ、ハンガリー、ルーマニアの東欧革命をテーマに自主的に勉強を続けてきた。

元々、クラシック音楽が好きだったし、その後は、クラフトワークから入って、ドイツテクノに心酔してクラブに通った。

中学の時、ゲーテ「若きウェルテルの悩み」で恋を知り、ヘッセ「車輪の下」で大人になり!?、大学時代は第二外国語でドイツ語を習い、ゲーテ「ファウスト」の原文を読もうと試みて、途中でくじけたwww

映画で言えば、何と言っても1987年ヴィム・ヴェンダース監督「ベルリン天使の詩」である。
ボクは、「ベルリン天使の詩」は、東西ドイツ統一後、高校時代に初めて観たのだが、その幻想的ストーリーと、統一前の暗く歴史の渦巻くベルリンの街の光景にただただ心を打たれた。

そんな思いを持って、ボクは2000年オランダアムステルダムから南ドイツを回り、最後はベルリンに長期滞在する、約1か月の旅の中で、初めてドイツの地を踏んだ。

Brandenburger Tor

まだこの頃、ポツダム広場は大工事中であった。

Potsdamer Platz
東西ベルリンの検問所Checkpoint Charlie跡

最初の旅は西側が中心だったが、社会人になってからの2回目、3回目の旅行で、旧東側もたくさん訪問したし、同じ旧東側のチェコにも後年行った。

旧東欧諸国の街には今もなお、社会主義時代の名残がかすかに残っている。
街には明るい色の看板やネオンサインが少なく、暗く灰色な印象の一方で、店や劇場の家具や装飾品は、ロココ調の華美な装飾がなされていたり、逆に旧東ベルリンのテレビ塔やPark Innホテルに代表される、過剰に巨大だったり高層だったりする、前時代の近未来感を漂わせる建築物等。

「善き人のためのソナタ」で描かれた、飾り気がなく、だだっ広い街並みや、主人公ヴィースラーの住んでいる高層マンション。

その自宅高層マンションのエレベーターで、ヴィースラーは子供と出会う。
「シュタージ(東ドイツ国家保安庁)は、友達を刑務所に送る悪い人だってパパが言ってた」

ヴィースラーは、職務的にその子を名前を聞こうとしながら、結局、見逃します。
映画の最初と最後でヴィースラーの目が明らかに違うような気がします。
この映画の舞台は1984年。
ヴィースラーは、社会主義国家に忠誠たろうとした人間だったのですが、そのほころびに、東ドイツの社会のほころびを重ねずにはいられません。

今から見ればあと5年!!とはいえ、その5年の間にも、東ドイツという国家に捉えられ、あるいは、翻弄され、クリスタのように最悪、死に至った人も多くいるのだと思うと胸が締め付けられます。

自分の国の歴史の暗部に対しても、目を背けず、リアルに鋭く描き、名作映画に仕上げたことに感服します。

「善き人のためのソナタ」本当に観てよかったです。
この主人公ヴィースラーを名演した、ウルリッヒ・ミューエさんは、この映画公開後すぐの2007年7月に54歳の若さで亡くなられていたことを知り、非常にショックで残念に思います。
ご冥福をお祈りいたします。


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